永遠にも続きそうな変化のない時間の中で、唐突に彼がボールを投げる手を止めた。
 ボールを投げるために頭上で軽く腕を折った状態で、しばらく何か考えていたかと思うと、静かにボールを地面へと置いた。
 それから、ゆっくりと後ろを振り返る。遠く離れていてその表情は分からない。ただ彼がゆっくりと歩き出すのだけが、分かった。
(え? え? え?)
 彼の歩が、こちらへ向かってくる。
 いや、「こちら」ではない。「こちらの方」だ。面識がないのだから、わざわざ私の方へ来る筈なんてない。
 分かってはいても、盗み見していることが後ろめたくて、慌ててしゃがんで身を隠す。
 長身に似合うどっしりとした足音が近付いてきて、そして、止まった。
 背中に当たる壁が冷たい。心拍数が上がっていく。まるで自分の全身が心臓にでもなってしまったかのような感覚。
 激しい緊張に、押し潰されそうになるのを何とか堪える。

「なぁ、お前、いつも見てるよな?」
「!?」
 頭上から降ってきた声に、思わず私は身を飛び上がらせる。
 しかし、私と彼は面識がないのだから、私に向けてではない筈だ。きっと近くに彼の友人がいるのだろう。
(私なわけがない、私なわけがないよ!)
 自分を落ち着かせるように、まるで呪文のように唱え、ゆっくりと視線を上げる。
「なぁ、何してんだ?」
 そして、息を飲む私と、小首を傾げる彼の視線が合った。
 彼が見つめているのは、他ならぬ私で。その瞳に映っているのは私だけで。
「――ッ!?」
 私は、声にならない叫びを上げ、ただ瞠目する。
 どうして、彼が目の前にいるのか。どうして、私なんかに話しかけているのか。
(どうして? どうして? どうして? どうして?)
 頭の中では、たくさんの疑問符が飛んでいて。ただ、この状況に頭が追い付かなかった。

 彼は、私の反応に、わけが分からないといった表情をしていた。
 だが、しばらく首を捻っていたと思えば、唐突に何かに思い当たったように頷いて、
「バスケ、してみたいのか?」
 そう、尋ねてきた。バスケ好きな彼らしいと言えばらしい問い。
「あ……えっと、でも、私……体が弱くて……」
 私は、混乱した頭でなんとかそれだけを絞り出す。
 その言葉で彼は、バスケをしてみたかったが体が弱くてできないから見ていた、と勘違いしたようだ。
 勘違いということもないのだけど、少しだけ後ろめたい。今は彼を見ていた、だなんて。
「大丈夫だって! 教えてやるから来いよ」
 そんな私の胸中など知らない彼は、バスケ好きな同士だということが嬉しいのか破顔する。
 まるで太陽みたいに眩しい笑顔に、私は息をするのも忘れて彼を見つめた。
 それは、ずっと私が憧れていたものだった。私が、遠くからただ見つめることしかできなかったもの。
 そんな私に、彼は大きな掌を差し出した。これは、この窓を越えて来いということだろうか。
 戸惑いながらも、私は彼に手を引かれ、窓を飛び越えた。


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