孤独な女王




 城の最上階、大きく開いた窓からは、爽やかな空気が入ってくる。視界に広がるのは、澄み渡るような青空。もう少し近付けば、城下もよく見渡せるだろう。
 その窓辺に、黒いドレス姿の女性を見つけて、わたくしは足を止めた。
 後ろ姿では、その表情が分からない。それでも、その人――姉さまは、きっと思い詰めたような表情をしているのだろう。姉さまがここにいるのは、決まってそういう時だから。

「姉さま」
 躊躇いながらも、おずおずと声をかける。俯いていた顔が上がり、金色に煌めく髪が揺れる。
 なだらかな曲線を描く漆黒のドレスを揺らし、姉さまはゆっくりとこちらを振り返った。
 漆黒のドレスは、その豪奢な金髪の輝きを引き立てる。太陽の光を纏うその髪は、まるで金粉を散らしたように美しい。存在感という点では、誰にも劣らない。
 城で色のない黒一色という地味なドレスを着ている女性など他にいない。彩りのドレスで、宝石で、その身を飾るのが貴族の姫君たちの常。だが、そんな色鮮やかな筈の周囲が、姉さまの前では色褪せる。
 姉さまは美しい。色のない黒いドレスを纏っていても、それは変わらない。
 ああ、だけれど、闇のようなその色は、やはりこの彩りの宮廷ではどこか違和感も覚える。
(姉さま、その黒いドレスは喪服のおつもりですか)
 尋ねたことはない。しかし、いつだってその疑問は胸に渦巻いていた。
 いつからか、姉さまは黒のドレスしか着なくなった。赤や青など華やかな色合いのドレスは、沢山持っている筈。それなのに決まって着ているのは、死者を悼むような、色を帯びないドレス。
 勿論、女王のドレスに相応しく、それらにも意匠を凝らした装飾がされている。落ち着きの中には、繊細な美しさと華やかさがある。
 似合わないわけでもない。多彩な色がごったにない、黒一色の飾り立てないそのドレスは、姉さまの美貌を引き立てるのにはとても合っている。
 ――ただ、それでも、やはりそこに意味がないとは、到底思えない。

(姉さまは、出した犠牲をお忘れになれないですよね)
 王として、沢山の判断を下した。国を繁栄させていく中で、出した犠牲もある。その一言で、沢山の民を助け……そして、沢山の民を殺してきた。
 全てを助けようと努力はしてきたけれども、当然何かの犠牲なくしては通り抜けられない場面もある。そういう時は、天秤にかけて、より軽い方を重い方のために切り捨てた。
 姉さまは、それをいつも悔やんでいる。 一つ一つ忘れないように胸に刻み、背負っている。
 天秤にかけて選別するのならば、仕方のないことなのだと割り切ってしまえばいいのに。姉さまが傷付くくらいならば、忘れてしまえばいいのに。
 優しいのだ。王として感情を挟まず合理的に判断を下すのに、心の中ではその感情が暴れ回り、姉さまを傷付けている。
(わたくしは、心配なのです)
 姉さまが、沢山の命を抱えて。沢山の罪を背負って。そうして、いつか、壊れてしまうのではないかと。


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