「アルメリアか、どうした?」
 普段は気を張っている顔が、柔らかくほころぶ。優しい瞳で浮かべられた笑み。
 普段は厳しいけれど、こうしてただのガーデニアとして、わたくしの前に姉として立っている時はとても優しい。
「あ、いえ。通りかかったものですから」
 それに、強張っていた体が和らぐ。姉さまの笑顔にほっとしつつも、その顔に隠しきれない疲労の色を見つけ、再び表情が歪む。
「お仕事、最近とても多いのでは? お疲れのご様子です」
「なに、急なものが少しばかり多いだけだ。心配はいらない」
(それは、それでも、姉さまの気を重くさせるものなのでしょう?)
 その相貌からは、もう分からない。ただ、それでも分かる。恐らくはまた何か犠牲が出るのだろう。国を動かすとはそういうことだ。
 心配になる。こうして大丈夫だ、と笑って。全てを一人で抱え込んで。


 わたくしはずっと姉さまみたいになりたかった。賢くて、強くて、一人でなんでも出来て。
 でも、今、思う。それは果たして幸せなことなのだろうか。姉さまは、幸せなのだろうか。
 姉さまは、わたくしを頼らない。わたくしを政治に関わらせない。関わらせたくないのだろう。
 わたくしだけに、ではない。誰のことも頼らない。他者に相談しないのも、自分一人で全てを背負おうとしているから。重荷を、その責任を誰かに押し付けたくないから。汚いことを誰かにさせたくなくて、ならば自分がやればいいと思っている。
 なんでも出来てしまうから、そういう在り方が出来てしまう。そこまで一人で抱え込める人間など、本当に稀有だろう。
 ――それだけならまだ良かったかも知れない。だが、そうではなかった。
 王としては、あまりに優し過ぎた。その優しさはとても分かりにくいものだけれど。
 何かと何かを天秤にかけた時、より重い方を取り、軽い方を切り捨てるが、いつだってそこに苦渋があるのを知っている。毅然とした表情でいても、その心はいつだって傷付き、悲しみに満ちている。
 王として、国にとって最善を選ばなければならない。でも、国にとっての最善は、一人一人にとっての最善とは限らない。
 だから、わたくしは心配なのです。そうして、全ての責任を、罪を背負って、姉さまはいつか一人で全ての憎しみを受け止めることになってしまうのではないだろうか。

「姉さま」
「どうした?」
 どうして、この人が王でなければならないのだろう。感情を殺し、多くを天秤にかけ、苦しまなければならないのだろう。
 どうして、お父さま――前王は、もっとちゃんと政治をしてくれなかったのだろう。そうすれば国だって疲弊しなかった。姉さまの負担だって減った筈だ。
(止めてしまえばいいのです、王など)
 そうすれば、これ以上姉さまは傷付かずに済む。
 姉さまが望むのであれば、わたくしがその責務を引き受ける。王位継承権第一位は確かに姉さまだけれど、わたくしが継ぐことだって不可能じゃない。わたくし以外にだって、王族はいる。
「……い、いえ、なんでもありません」
 しかし、言葉を紡ごうとして、止めた。その瞳に、何も言えなかった。
 姉さまは、全てを分かって、それでもその選択をしているのだから。今更、何が言えるだろう。
 全ては姉さまの意志。わたくしごときが口出し出来ることでも、していいことでもない。
(願わくば、姉さまが幸せになれますように)
 わたくしに出来るのは、ただそう願うだけ。
 誰よりも国と民の幸福を想う人が、誰よりも幸福になれるようにと。

 こんなにも孤独で、優しい人を目の前にして、願うことしか出来ないわたくしはなんて無力なのだろう。





2011.4.11


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