箱庭世界に静かな終焉を




 明かりも付いていない薄暗い部屋、その窓辺で少女は椅子に座っていた。
 少女を照らすのは、窓から差し込む仄かな月明かりだけ。漆黒の服に身を包む少女は、そんな僅かな光では闇に溶け込んでしまいそうだ。
 小さな窓から空を――大きな空のほんの一部を見上げる少女は無表情で。そこに何の感情も見えない。何も感じていないようにも見えた。
 まるで人形のようだった。レースとリボンで飾られたドレスに近い服と、整った顔立ちが更にそう思わせた。

「………遅い」
 部屋の中に誰かの気配を感じて、少女は咎めるように呟いた。
 振り返ればそこにいたのは予想通りの人物。ここへ来て少女に話し掛けるのはただ一人、この男だけだった。
「別に約束した覚えはねぇけど?」
「なら契約なさい」
「後悔するぜ?」
「しないわ」
 男に返す少女の言葉には、微塵の迷いも感じられない。
 少女は待っていたのだから。詰まらない世界を変えてくれる存在をずっと待っていた。
 閉じ込められたこの部屋で、あまりに狭く閉鎖的な空間で。この詰まらない日常から抜ける事だけが願いだった。
 だから構わない。どうなろうとどう変わろうと。現状以上に詰まらない事などないだろうから。






 ほんの悪戯心だったのだと少女は言った。
 屋敷の書庫に古い本を見つけ何となく惹かれ、誘われる儘に開けばそこにあったのは難解な文章。かろうじて魔術書なのだという事だけが分かったのだと。
 その本の中に、悪魔を呼び出す方法というものを見つけて心が踊った、と珍しく笑ってもいた。この詰まらない日常を壊してくれるかも知れない、と。
 何処か普通から逸脱した笑みで笑っていた。壊れた、と言ってもいいかも知れない。

 悪魔と契約するのは禁忌だとも、その代償に魂を明け渡さなければいけない事も知っていたが、何でも良かったらしい。ただこの狭い世界に閉じ込められている事に飽きていたのだ。
 少女はあまりに強大な魔力を持つ為に、恐れられこの部屋に幽閉されていた。偶に部屋から出る事はあるものの、屋敷から出る事は許されてはいなかった。
 この狭い部屋とその窓から見える景色が自分の世界だったのだ、と忌々しげに言っていた。だから自由を求めるのは極自然な感情なのかも知れない。


「レンドリア、どう? 気に入った?」
 用意したらしい服をレンドリアに着せて少女は満足げに微笑んだ。僅かに弧を描いた口元、笑みには遠いがそれだけでも一瞬にしてその場が華やかになる。
 少女に言われる儘、レンドリアはその場で軽く手足を動かしてみた。その度に付けられた装飾品が擦れ合い音を奏でる。ジャラリジャラリと、閉ざされた部屋には鎖の音が響く。
「………やっぱり貴方にはこういう服の方が似合うわ。これからはこういうのを着てね?」
「分かったよ」
 満足そうに微笑む姿に、出会った時の事を思い出す。今思い出しても苦笑が漏れるが、あの時、に何故そんな格好なのかと真剣な表情問われた。
 着ていたのは動き易くラフなものだったのだが、それだけの為に少女はレンドリアが悪魔だと信じなかった。
 絵本などの挿し絵にあるように、悪魔は皆がゴシック調の服を着ているものだと思っていたらしい。何とも偏った見解だ。


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