レンドリアは馬鹿らしいと笑ったが、しかし少女は至って真面目だった。自分でわざわざ着替えを用意してまで、気に入らないから着替えるように言って来た。
 実際、わざわざ着替えてやる事もないのだが、少女の表情が少なからず変わる事が面白いのでレンドリアは言われる儘に従っていた。こうして、彼女が用意した服を着るのは幾度目になるだろうか。
 少女は大した表情の変化も感情の変化もなく、作りものの人形のようだったが、それでもレンドリアに向かう時だけは多少の変化がある。全てに飽き諦めていながら、それでもそれだけではなかったのだ。
 それが面白い、と思った。人間に何か感情を抱いたのは初めてだった。

 悪魔にとって人間は、契約によりその魂を奪うだけのもの。力や命を手に入れる為に利用するだけの存在。
 だから奪う事に何の感情もない。奪う為だけの存在なのだから。偶に暇つぶしに使って、己の欲を満たすだけのもの。
 少女に興味を抱いた最大の理由は、やはり破壊願望があったのだろう。諦め切れず足掻いている少女を壊したらどうなるのか、壊してみたい、と。

 ――それでも。……否、それなのに、いつしか壊したくないと思い始めてしまった。これ以上壊れて欲しくはないと。
 元々、常軌を逸脱しており何処か狂気を孕んではいたが、これ以上壊れていく姿などを見たくはないと。
 酷く滑稽な話ではあるだが。常に破壊と混沌を好み、人間を玩具程度にしか思っていない悪魔がそんな事を思うなんて。
 悪魔最強と恐れられ名を馳せた自分がこんな有り様だなんて、嘗ての取り巻きが知ったら嘆くだろう。

 それでも、少女は甘い毒のようだった。
 じわりじわりと浸食し、やがてはその全てを手にする。理解しながらも逃れようがない。一度捕まってしまえば後は真っ逆様に堕ちるだけだった。

「……私の色に染まればいいわ」
 少女は笑う。何もかもに諦めているのに、それでも抗いながら。
 その言葉を言われる度に、少女の声に、言葉に、存在に………どんどん堕ちていく気がした。
 一度堕ち始めた体はその軌道からは抜けられない。逃げられない。
「……ねぇ、早く契約してちょうだい。私は飽き飽きしているの」
 少女にいじられた髪が揺れる。さらりさらりと。心までもが一緒に揺れるような気がした。
 早く早く、と少女の唇が緩やかに弧を描く。その表情に魅せられて目を逸らせられない。
「レンドリア、早く契約して。私をここから出して?」
 奪う事に何ら感情はなかった。奪って自分の力にしてそれで終わり。
 殺した人間の顔など覚えていない。覚えているつもりはなかった。
 その為だけの存在なのだから。奪う為、遊ぶ為だけの。人間など塵のように沢山いる。
「私の魂をあげるから。そんなもの要らないわ、ここから出られるのなら」

 ――だけど、ああ、それでも。
 それでも、特別なのだと思ってしまった。お前が笑うのなら何でもしてやりたいと思うくらいには。


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