ある日の、セラフィーネと共に廊下を歩いている時だった。
 目の前から歩いてくる人物に、クラウドは背筋を正す。第一王子で、セラフィーネの異母兄弟である人物だった。王に子供は沢山いる。しかし、セラフィーネの上の兄弟は、彼だけだ。
(仲が良いのだろうか? どんな風にしているのだろう?)
 クラウドがセラフィーネと共にいるのは、授業の時間、その合間の限られた特定の時間だけだ。それ故に、こうしてセラフィーネが他の兄弟と共にいる場面を見たことのないクラウドは、少しだけ好奇心が湧いた。
 だが、前から来た王子にに会釈をして通り過ぎようとした時、降ってきた侮蔑を孕む声。
「お前などと同じ空気を吸っていると思うと、吐き気がするよ」
 それは、クラウドに対してのものではない。ならば、セラフィーネに対してのものだ。クラウドは目を見張る。兄が妹に対して、そんなことを言うだろうか。まして、王位継承権第一位の次期王女に、だ。
「申し訳ございません、お兄様」
 しかし、動揺の隠せないクラウドとは打って変わり、セラフィーネはただ穏やかにいつもの笑顔でその横を通り過ぎる。先程の侮蔑の言葉などまるでなかったかのように、何の変わりもなく、優雅に。

「セラフィーネ様……先程の」
 セラフィーネの部屋まで行き、二人だけになってから、クラウドは躊躇いがちに切り出す。
 どう尋ねたものかと言葉を区切ったが、クラウドの尋ねたいことをセラフィーネは理解してくれていた。
「ああ、わたくしの兄のことですか? お気になさらずに、いつものことですよ。一言で済んだだけ、兄の機嫌は良かったのかも知れませんね」
「仲がお悪いのですか」
「ええ、見ての通りです。先生ならご存知じゃありません? わたくしの出自のこと」
 その言葉に、クラウドははたと気付く。
 この完璧なまでの王女は、彼女の立ち振る舞いやその様から全く感じさせることはないが、そういえば下級貴族の出だった。上級貴族や重鎮たちの娘を娶ることが常の王にとって、下級貴族の娘を妃に――それも正室にすることなどありえない。
 そして、先ほどの第一王子は宰相の娘との間の子供である。一般的な他の国で考えれば、どちらが次期王に相応しいかは目に見えている。しかし、この国では正室の第一子が王位を継ぐという慣わしになっているのだ。王子でも、王女でも関係なく。
 とは言え、それがこの国の習わしだとしても、普通ならばもっと反感はあるだろう。しかしながら、この王女だ。セラフィーネの非凡なる才能は誰もが認めるほどだ。あの王子など比べるまでもない。誰よりも優秀で、誰よりも王女らしく王に相応しいが故に、王位継承に関わる者やその恩恵が得られるであろう者以外は反感がない。
 王子としては、妹――しかも下級貴族の出の娘に、王位をとられることがとても悔しいのだろう。その比類ない才能の差が歴然としているから尚のこと。
「ですから、仕方のないことなのですよ」
 セラフィーネのは、そう言って微笑んだ。
 片親でも血の繋がった、たった一人の兄に蔑まれて。疎まれて。
 クラウドと妹の関係を「羨ましい」と言った王女。兄との関係を、妹として扱ってもらうことを望んでいない筈がないのに。きっと夢見ていることだろう。


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