キーボードの音が響き渡る、いつものオフィス。
 お昼休みが終わるか終わらないかという時間、そろそろ仕事を再開しようとしていたところだった。

「綾川、今度はミスしてないか?」
 横から掛けられたからかうような声に、私――綾川美咲は、デスクの上の書類から顔を上げる。
「谷口くん!」
 いたずらっぽい笑顔を浮かべる男性と視線が合う。
 彼は、同期の谷口くんだ。
「う、あの時はごめんね。でも、同じ失敗は繰り返さないよ!」
 それは少し前の、私のミスに関してのこと。今回任せられた仕事とほとんど同じ内容だった。
 谷口くんにも関係のある仕事で、その時は随分と迷惑を掛けてしまった。付き合いの長い谷口くんはそれを心配してくれたのかも知れない。
「綾川って、いつも一生懸命だよなぁ。だから、あんまり要領良くないのに安心して仕事任せられる」
 優しい笑みを浮かべられて、え、と思わず彼を見つめる。
 それはとても柔らかい笑みだった。

「あ、そうそう、綾川。久しぶりに今日は飲みにいかないか?」
 谷口くんに食事に誘われることは、別に珍しいことではない。
 お互いに予定が合えば、極普通の同僚として食事もすれば、飲みに行きもする。
 しかし、今日は――金曜日はダメなのだ。
「ごめん、用があるの」
「そっかー。綾川ってさ、最近、毎週金曜日になるとやけに機嫌良くなるよなぁ。少し前まで落ち込んでたから心配してたんだけど、良かった」
 谷口くんにかけられた言葉に、私はきょとんと顔を上げる。
 それほど表に出していると思っていなかった自分の変化を指摘され、ドキリとする。
「え、そう、かな?」
 金曜日は、彼――雄司が家に来る日だ。だから当然嬉しくもなる。
 緩みそうな顔を、曖昧な笑顔で誤魔化す。
「何かあるのか? 男でも、できたか?」
 谷口くんが理由を聞いてくるが、彼のことは言えない。だって、私たちの関係は人に言えるようなものではないのだから。
「う、ううん、別に」
 だから、そう微笑を浮かべて、嘘を吐く。自分達の関係を守るために。


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