▼そして妹は違和感と生きる


「目の前に××がいる。信じられない。そうだ、こんな目だった。こんな声だった」
病室にあるのは静かな男の声だ。親友が席を外したこの個室では、増え続ける文字を追う者は読み手である彼と聞き手となる自分の二人しかいない。
「忘れていなかったことにどうしようもなく安堵する。いや、違う、忘れていたけれど思い出せた。なのに名前だけが出てこない。あのときと同じ」
唯一この空間に居てもこの声を聞くことのない一人は、今も静かに規則的な呼吸を繰り返している。閉ざされた瞼はぴくりとも動かず、その意識は今、ここではないどこかにあるらしい。
けれどもここに居る。この手の届く場所に居る。
横たわる妹の手を握りながら、承太郎は男の声に静かに耳を傾けた。










「ってことで、はい、四部以降ね。あ、三部もいる?答え合わせする?」
「今すごい音したけど。っていうか、え、なに、なんで?」
「あんたに必要かと思って。もー、重いんだから。肩つりかけちゃったじゃん。ふう……さて、っと。えっとねー、じゃ、カンペ読みまーす」
どん、とローテーブルの上に積まれた本の山。××はテーブルの空いたスペースに足を組んで座り、ポケットからぐちゃぐちゃになった紙を取り出して広げる。複数の本の山のひとつに肘をついて気だるげに目を細める様は間違いなく緒都の知る××なのに、その行動も、この状況も、全くもって意味がわからない。
「あの、なんでカンペ?」
「さあ?あんたの中で私がそういうキャラなんでしょ。で、注意点いち」
「ま、まってまって、何、意味がわからない。これってどういう状況?私、なんで……」
「まあ落ち着けよ、××。……あ、これじゃだめか、ううん、お互い不便だね。じゃあ、緒都。……ふふ、こんな風に呼んだことないからちょっとキモいね!」
にっと笑った××は一旦本人いわくのカンペを折り畳み、本を支えに頬杖をついて緒都を見た。
「じゃ、解説をはじめてよくなったら言ってね」
どうやら先ほどの「待って」を受け入れてくれたらしい。ぷらぷらと組んだ足を軽く揺らしながらじっとこちらを見るのは、緒都の「解説どうぞ」を待っているからだろう。そうは言われても、いったい何の解説なのかもわからなければ、やはり何より、なぜ今緒都がここにいるのかからわからない。ひとつ深呼吸をして周囲を見回してみたら、ここが見覚えのある場所だということはわかるけれど。
びっしりと本やディスクのつまった本棚、ベッドにソファ、黒いテレビ画面。少し贅沢なくらいに物の揃った部屋は通い慣れたぶん居心地もよくて、こうして状況への混乱を抱えても、持ち直すだけの余裕を作ってくれる。いつかの耐久レースはあのソファに座って試みたんだったか。隣で××がはしゃぐのに、緒都は疲れきって曖昧な返事しかできなかった。どういうわけか××が今テーブルの上に積み上げたのはその続きだろう。「必要かと思って」。先ほどの××の言葉を頭のなかで反芻し、自問自答する。
必要って、どうして。どうしてって、以前もそれが役立ったから。なぜなら、緒都は『あちらで』……。
「……どこからが夢?」
「夢?」
「私……だって……ここに来るまで、どこにいたのか……」
「別にそれ、はじめての経験じゃないっしょ。あんまり気にしなくていいよ。そういうもんだから」
「ええー……」
「で、落ち着いた?もう説明してもいい?」
「……え、う、ううん……じゃあとりあえず、はい。どうぞ」
「オッケー。じゃあ、いち。ご存じの通り、これの中身はアレです」
「ああ、うん、アレね」
「に、あなたはこれを読むか読まないか選ぶことができます」
「はあ」
「さん、これを読むか読まないかの選択はすなわち、あなたが『どちら』の存在として生きるかの選択になります」
「ごめん、3は意味わからない」
「だよねー」
おどけたように肩をすくめて××はポイとカンペを投げる。カーペットの上にひらひらとおちたシワだらけの紙はただの白紙だった。
「まあ、あれだよね。あんたよもつへぐいってちょっと引っ掛かってたじゃない?」
「え?ああ、うん、そんなこともあったかも」
「あれ、あながち間違いじゃあないのよね。つまり、この本はあんたにとっての黄泉の食べ物ってね」
「……えっと、ちょっと待って……あー……つまり、それを読んだら私は××のいる方の存在になるってこと?それってつまり……どういうこと」
どうにか頭の中でまとめてみようと努力してはみたけれど、結局理解が追い付かずに答えを求める。なんもまとめられてないじゃん!と爆笑寄りの呆れ笑いでお腹を抱え、××はばしばしと膝を叩いた。
「今までの緒都は『こっち』のルールで『あっち』を生きていたわけね?」
ふふ、と目尻に涙が浮かばんばかりの状況から一息ついて、それでもおかしい気持ちを隠せないのだろう××のひくつく口端はゆるく持ち上がっている。
しかし目の前で始まる説明には耳を傾けなければならないので、緒都はそのことには触れずにひとまず××の正面にあるソファへと腰を下ろした。少しばかり低くなった目線で続きを待ってみると、××はどこからともなく赤と青で半々に塗り分けられたハンカチを取り出して、マジックでも披露するかのような手つきでそれを己の膝の上に広げる。次に取り出したコインは裏表がハンカチ同様に赤と青に塗りわけられており、どうやらハンカチが世界を、コインが緒都を示しているらしいことはなんとなくわかった。
××はハンカチの青い部分の上に赤い面を上にしたコインを置く。
「なぜって、あのときのあんたはもう見てた。知ってたからね。黄泉の国で煮炊きした食事を体の一部とするように、『あちら』にはあり得ない『こちら』のものを知識としてその身の一部としていた」
「はあ……」
「つまりあんたは『こちらの住人』として『あちら』を生きてたのね。でもほら、あんたが見た道筋は越えたわけじゃない?おかげでひとつの道筋に対する知識は過去という形であちらにも存在するものとなった。それはもはや黄泉の食べ物ではなくなったわけよ。ま、多少歪みはあれどね。だからあの後、緒都は『あちら』のルールで『あちら』を生きていた」
赤いコインの面が青い面にひっくり返る。青い背景と青いコイン。矛盾のない同一の色は世界と個人が同一の属性であることを示しているのだろう。けれども緒都は首を傾げずにはいられない。終わった、と言ったけれど、そもそも自分はここに来る直前までどこで何をしたのだろう。というか、まずここはどこなのかという疑問も残ったままだ。××の部屋、なんて結論では説明がつかないと頭のどこかでわかっている。
緒都は困り切って××の顔を見上げた。彼女は形のまとまらない疑問をすべて理解したような顔で立ち上がり、テーブルを挟んだ向こう側へと静かに回り込む。そのままローテーブルの下から引っ張り出した大きなクッションの上に座り込むので、緒都も目線を合わせようとソファから下りてカーペットの上に膝を下ろそうとした。すると、こちら側にもいつの間にか同じクッションが敷かれているものだから、この不思議空間にもそろそろ慣れてくる。瞬きをした瞬間に何があってももはや驚くことはないだろう。
そうして山積みの本を左右に除けつつ、テーブルを挟んで同じ目線で改めて向かい合う。テレビ画面を背にした××は平らなガラステーブルの上に先ほどのハンカチを敷き直し、赤と青の色の境目にとんと指を立てた。
「今はこの辺かな?」
「……そうなの?」
「どうかな?」
「どうなの?」
「まあ、どうでもいいじゃん」
「……あなたは××なの?」
「それ、何を基準に判断するの?姿ならイエス、声でもイエス、性格でもイエス。思い出なら……判断基準が存在しないなあ。緒都、私のことなんてほとんど忘れてたでしょ?」
言っていることは残酷なのに、どうにも××にソレを気にした様子は無さそうだ。欠片も傷ついてなどいないのだろうか。名前だって、忘れられたも同然だというのに。
むしろ落ち込んでいるのは緒都の方だ。目の前にいる彼女を呼んでいるつもりでも、それを音として、文字として、名前として認識できない。コレが彼女を示すものだということはわかっているというのに。この不安の形はなんとも形容しがたい。あの夜の公園で、この形の不安を解消してくれた兄はここにはいない。
「……××が自分で名乗ってはくれないの」
「名乗る名乗らないじゃないの。あんたのなかにソレがないから、ここには存在しないってお話なの。私があんたをどう呼んでたのかもそう。……でも、まー、そうだなあ……この場所と私をどうにか説明するっていうんなら、不思議と無意識が7対3くらいかな?」
「……うーん?」
「あんたにとってあちらとこちらを象徴する存在が私だったんでしょ」
「それは、たぶんそうだと思うけど」
なんともふわふわとしてややこしい話だ。緒都は柔らかなクッションの上に拳を握り込んでため息をついた。視線を落とせばテーブルの上に敷かれたままの二色のハンカチが目に入る。
『あちら』と『こちら』があることはわかる。××が言うように、緒都が兄の居る『あちら』で生きながら××の居る『こちら』にしかないもの……すなわちあの本の山の中身と同類のものを持っていたこともわかる。自覚している。そして今ここであの本の山を開くことで、同様の状況に戻ることも、なんとなくわかった。わかったのだけれど……そこでふと別の疑問が浮かんで、緒都は恐る恐る××を見上げた。
「……私は、この部屋を出たら『どっち』に居るの?」
「そればっかりは、誰にもわからない」
頬杖をついてハンカチの端を弄っていた××はあっさりとそう言い切った。
「例えば、そうだなあ……三角形の積み木の上にビー玉を落としても、玉が左右どちらに転がるかはわからない。でしょ?そういう星のもとに生まれたって腹をくくるしかないんじゃない?」
言いながら××はまたしてもテーブルの下から何かを取りだす。何だろうと視線を向けた先には、ビー玉をいっぱいに乗せた浅い皿がふたつ。ぴったりと並べて置かれたそれらで一体何をはじめるのかと興味を持つ気持ちはあっても、××が口にした言葉に対するもやもやとした気持ちの方が勝って、緒都は「それって酷い」と不服を零すしかなかった。××はやはり冷静に「仕方がないよ」と言い切って、一方の皿の端にあるビー玉のひとつに人差し指を重ねて続ける。
「思うにね、あんたは生まれ落ちた位置があまりに端っこだったのよ。だからぽろっと零れてどこか別の場所へと簡単に転がってしまう。きっとそういうイメージだわ」
「……どっちにしたって、やっぱり酷い」
「でも転がってしまえばそうは思わない。世界が辻褄を合わせてくれる」
「……」
「辛くないよ。大丈夫。こっちに転がればあんたの私が傍に居るよ。あっちに転がればあんたのオニイサマが傍に居てくれる」
二つの皿はぴったり隣あう。××は触れていたビー玉を皿の縁同士の上まで乗り上げ、ぐらぐらと両縁の境界で揺らして笑った。恐らく、今揺らされているあれは緒都という存在の例えだ。コインの次はビー玉か、となんてことない感想を抱いたつもりで、その内側では、いつも安定しない、どこかなじめない己の在りかに迷子のような不安が淀んでいる。
「でも、どちらの存在として生きるかは選べる。ここはその岐路」
けれどもまるで励ますようなタイミングで××が言うから、いつの間にか俯いていた緒都の視線はどうにかゆるゆると持ち上がる。そうして広がった視界の中で、テーブルの上にある××の指はビー玉から静かに、慎重に、垂直方向へとゆっくり離れていく。ビー玉は二枚の皿の縁でぴたりとバランスを取ってそのまま。××は目を細めて笑い、両の手を膝の上に収めて首を傾げた。
「読むか読まないか。こちらのものを取り入れるか取り入れないか。『こちら』の住人としてどこかで生きるか、『あちら』の住人としてどこかで生きるか」
選択の提示は、優しいようでいて残酷でもある。緒都は続く××の言葉を静かに聞いていた。
この本を開くのなら、その先には選ぶことのできない二つの分かれ道がある。
ひとつ、『こちら』の住人として『こちら』で生きる道。そう転んだのならやがてあちらにあったすべては夢になり、承太郎も、ホリィも、緒都にとって曖昧にぼやけた夢になる。存在と居場所の色が一致した生には何の違和感も無く、そこにはぽっかりと穴のあいた喪失感さえない。
けれども『あちら』に転んだのなら。それは『こちら』の住人として『あちら』で生きる道。訪れるあちらの未来へ向けて、再び有益な情報でもって何かを成し遂げられるかもしれない。けれど、存在と居場所の色の不一致によって一生違和感が付きまとう。自分自身に拭えない異物感を抱えて、心の奥底にあるのけ者という意識は消し去れない。
一方でこの本を開かないのなら、その先にもやはり選ぶことのできない二つの分かれ道がある。
ひとつ、『あちら』の住人として『こちら』で生きる道。そこでは緒都にとって承太郎は兄であり続け、だからこそ二度と会えない状況に喪失感を抱えて生きることになる。あちらでこちらに有り得ないものをないものとして生きてきたように……スタンド能力に触れさえできなかったことと同じように、二度とこの本の中身は覗けない。大事な兄の行く末を知ることはできない。
けれども『あちら』に転んだのなら。やがて今抱えているような、異物感と言う名の違和感は消え去るだろう。××のことは名前はおろか、やがてその存在さえ心の中から完全に消え失せて、緒都は自分自身の矛盾に苛まれることもなく、純粋に兄を、家族を想って生きられる。何かを救えたのに救わなかったなんて罪悪感も、ソレを抱える理由ごと消えていく。
四択の内、二択には絞れるのよ、あんたの意思で。××はそう言って笑った。救いがあるようなないような選択を差し出して、なんて満足げなんだろう。不思議と憎らしい気持ちは一ミリたりとも湧いてこないけれど、それも彼女の姿のせいだろうか。それとも、緒都自身、己の中でとっくの昔に出てしまっている答えを持つがゆえの余裕というやつだったのだろうか。
……それならそれで、悪い気はしない。
「読むよ」
だから、たとえ何とも言えないこの状況へのやるせなさを抱えても、それでも緒都は迷いなく答えられた。
「私は読むよ。……だって、もう一度後悔した。もっと持ってこられたものがあったはずなのにって。すごく、後悔してた」
「そう。じゃ、再確認。その場合、『こちら』に転んだら楽だけど、『あちら』に転んだらまた苦労があるよ。スタンドはあんたには無いものとされるし、また誰かが時を止めようものなら、あの時みたいに世界に置いていかれる。……いや、あんたが置いていくのかな?まあどう解釈するにしろ、『こちら』のルールじゃ時間は決して止まるものじゃないわけだから」
「そうなっても、もう承太郎がいるよ。私、あちらで何がどうなったのかをあんまりよく覚えてないけど……さっき××は私が持っていたものは越えたって言ってたし……終わった、ってことだよね?」
「まあ、そうね。彼はあんたが見たところまでを無事に終えて、止まった世界を認識できるようになった」
「ならやっぱり大丈夫。私と同じ時間を生きてくれる。だから平気。もう怖くない」
「じゃあ、そういうことでいいわけね?」
「うん。それでいい」
「わかった。じゃあ、渡そう」
緒都が何を選んでも、××にはその選択を止めようという意思はないようだ。ただ確認を繰り返すだけで、それさえ終えればあっさりとした了承が返ってくる。本の山から恐らくは最初の一冊であろう本を取り差し出すのがその意志の表れだろう。高い位置にあるそれを取るべく立ち上がった××に合わせて緒都も立ち上がり、差し出された一冊の表紙に手をかけようとして――しかし××の手がそれを遮った。緒都は予想外の行動に一旦ぱちぱちと瞬きを繰り返し、表紙を押さえるようにのせられた白い手を眺める。ピンクのネイルがきらめく手は、そっとページが繰られることを阻んでいた。しかし本を取り上げるでもない細い手にはやはり邪魔をする意思はないように感じられる。緒都が視線を上げれば、彼女の目にもやはりその意思はない。それを裏付けるように××の空いた手が人差し指を一本立てるので、言い残した注意事項があるのだろうということはすぐに理解出来た。
「もうひとつ」
「うん」
「わかってると思うけど、ここには最初からただひとつの道筋しか用意されてない。あんたはもう大きく変えた。その影響は、ここには記されていないよ」
「うん」
「だから、役に立つっていう保証はない」
「うん。後悔さえしないのなら構わない」
断言できたのは、やはりそこに迷いがないからだ。言い切れば××は今度こそ言い残したことはないと言った風に手を退けて、静かに口を閉ざして緒都の行動を見守る姿勢を見せる。
そうなればあとはこの本を開くだけ。緒都は真っ黒な本の表紙を見下ろした。
……タイトルも何もないただ黒いだけのこの姿は、もしかしたら××が言ったように今の緒都が『あちら』の住人として生きているからなのかもしれない。
そんなことにふと思い至って、考えて、それから。それから、次に思うのは。
「……ねえ、変えたこと、どう思う?」
それはほんの些細なようで、それでいて重たい問いだった。どんな言葉が返ってきたにしろ、きっと同じことを繰り返すのだということは確信しているのに。わざわざ聞いて何になると言うのだろう。自分で問いながらも自分で呆れた。××も「私が答えてもそれはあんたの答えよ」とまたわかるようなわからないような切り返しをしてくる。
馬鹿らしい問いだ。わかってる。それでも聞かずにいられなかったのは。
「……ま、つまりはあんたが思う私なら、よくやった、なわけだけどね?」
そう、きっとこの肯定が欲しかったから。他でもない、××の肯定が欲しかった。
そうして得られるこの安心感は、あの公園で承太郎の声にもたらされたものにも似ていた。おかげでどうしようもなくホッとするものだから、自然と肩の力が抜けて、今まですっかり力んでいた自分を自覚する。目の前でその全てを捉えていた××の視線に気恥かしくなって笑ったら、ニッとしたあの笑みがすべて見透かしたようにこちらを向いた。
「ねえ、緒都。……ううん、やっぱり私にとってのあんたは××だな。うん、××。……ね、どっちに転んでもあんたのこと、大好きよ。私がこう言えるのは、私ならそう言うってあんたがわかってるってことよね。この気持ちが伝わってて嬉しい」
相変わらずわかりにくいこの場の会話なのに、曖昧にも緒都には××の言いたいことがわかる気がした。××は本を支える緒都の両手に自分の両手を重ね、一方の手をそのまま、もう一方を本から外して絡めるように手を握る。ちょっと百合っぽい?と悪戯に笑うのは、緒都の中にある不安を緩和するいつもの××の顔だった。きっと今この胸の内にある別れの予感を薄れさせてくれているんだろう。それがわかってしまうから、どうしようもなく寂しくて。
「……ねえ、私がいなくても」
「どうにかなる。あんたがそうだったように。そうできてんのよ」
だけどその寂しさも、やっぱり××は笑顔で受け止めて、真っさらに薄めて返すのだ。
「何故そうなるのかなんてわからない。何故ガラス玉が零れるのかなんてわからない。でも、いいじゃない?どんと来いよ。なんたってそう、『奇妙な冒険』なんだから!」










「繋いだ片手を道連れに、両手を広げて××が笑う。引っ張られた体を支えようと踏み出した足が軽くテーブルにぶつかると、振動を受け取ったビー玉がころりと転がる音がした。どちらへ転がったのかを見下ろす気にはなれない。どちらへ転がるにしても、この選択に後悔はしない。だから、今度こそ表紙に手をかける」
読み上げた直後、瞬きの間に彼が繰っていたページは消えた。驚愕に目を見開く彼の姿に、若かりし頃の自分の姿を見る。その懐かしさに目を細めてから、承太郎は祈るように妹の手を額に押し当てた。
――かえるの、どこに?
いつかの妹の声が、耳の奥へと静かに落ちる。

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