▼漫画家は行きつく先に興味がある


「スタンド攻撃の可能性は?時を止めるスタンドがあるのだから、むしろより小規模な、対象の時を止めるスタンドというのはあり得ない話じゃないのでは?」
「だが少なくとも現時点では俺のスタープラチナでは触れられない。無効化は適応されている」
「無効化が再発したのは二回目の記憶障害以降……二人とも、それ以降にスタンドで彼女に接触しようとした機会はあったかい?無効化がいつの時点で確実に発動していたのか確認したい」
「僕は病院で『読んだ』日と、一回目の護衛日に確認のつもりで触れてみようとしたときだけですね。前者はご存じの通り、後者は見事にすり抜けましたよ」
「今日、こうなった後のみだ。さっき言った通りの結果でな」
「二人とも無しか……僕は護衛時は常にハイエロファントを張ってはいたが、彼女を検知できたことはない。となると、スタンドの線は低いか……いや、むしろ緒都ちゃん自身のスタンド能力という可能性はどうだろうか」
「無効化自体が彼女の能力ということですか?それとも『止まる』方ですか?……いや、止まる、ならむしろ有力かもしれませんね。血縁間のスタンドは酷似しやすい」
「……いや、だがやはり、見えていないのは事実だ。やはり蛇の言葉を前提にしなきゃならん」
「念のためと音声データは用意してある。無断録音については露伴くんには悪いけど、色々とお互い様だからね。ともかく、蛇の言葉を一度書き出してみるかい。何か見つかるかもしれない」
カンファレンス、と表現するのが一番近いような意見の出し合いだった。空条緒都が倒れた後、財団支部内に確保された一室で露伴は承太郎と花京院と顔を付き合わせて思いつく限りの可能性をひねり出した。ほか二人もまた、どれほど否定要素があろうとも何かしらの発見に繋がるのなら、と積極的に考察点を口にしていく。
同室のベッドの上でピクリとも動かない緒都は、一見すると眠っているようにしか見えない。しかしよくよく見れば呼吸に胸部が上下することもなく、手首や首筋に指を添えてもそこに鼓動は一切感じ取れない。
停止している。緊急で一通りの検査を終えての結果はその一言につきた。
『四部以降、三部答え合わせ』『よもつへぐい』『どちらの存在としていきるか』『一方にしか存在しないもの』『ひとつの定められた道筋』……箇条書きで書き連ねられた内容は、改めて見ても複雑なようでどこか要領を得ない。露伴は腕を組んで紙面を見下ろし、やはり浮かんだ疑問はすぐに口にした。
「部、というのは、大きな出来事ごとにまとめてるという認識でいいんですかね。この言い方だと、三部が承太郎さんたちの旅、四部が今回の杜王町の事件ということなら……一部と二部にあてはまる出来事はあるんですか?」
「血脈を辿れば丁度デカい事件がふたつ。百年以上前のジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーの闘いに、五十年以上前のジョセフ・ジョースターと柱の男とかいう輩との闘い。……それに、こうなる前に緒都は恐らくは第五部にあたるであろう二年後の情報を残している。それもやはり同じ血族の……ジョルノ、というガキに関わる問題らしい」
「自分の血族に降りかかる災厄を予言している、ということですか。……アカシックレコードなんて話もあるが、まるでそこから縁を釣り糸に引き出してきたかのようですね。この行為が、黄泉ならぬ、いわば神域へのよもつへぐいになっている、と」
「……『あちら』、が神の国だとでも言っているのか?」
「ものは例えですよ。神隠しのようだと思いませんか。スピリテッドアウェイ……蛇、で定着した今になって精霊と言うのもなんですけど。彼女は今、身体をおいて精神だけが拐かされている」
承太郎は唇を引き結んだまま、その視線を緒都に落としてじっと黙りこんだ。一瞬、彼の輪郭がぶれて映ったのは、形になりきらないスタンドの出現によるものだろうか。意図して、ではない。漏れ出たようなそれはおそらくは感情の高ぶりの現れだ。彼ほどの熟練者がこうも心を乱す様はなかなかお目にかかれるところではない。静かな瞳が向ける怒りの先は、正体もわからぬ超自然的な何か……神の国、と例えても否定要素すら足りない、妹を奪い去る何かへ向かうもの。
静かさの中に激しさを内包する怒りは、考え込んでいた花京院もまた当然感じ取っていたのだろう。「落ち着け、承太郎」と短く声をかけてから、今度は彼の中にまとまったらしい考えが表に出される。
「『あちら』が神の国だろうと、大宇宙図書館のアカシックレコード保管室だろうと、緒都ちゃんは本を開いたことで『あちら』のルール、で生きていることになるんだろう?『あちら』に存在していないものが緒都ちゃんに適応されない、というのなら……この状況はまさにそれなのでは?」
「何が言いたい、花京院」
「『あちら』に存在するのは記された予言のみ。それ以外は……彼女が予言した時間以外は、『あちら』には存在しない、ということだよ。まあ、本気でアカシックレコードなんて言葉が出て来るとなれば、こんな理論は一瞬で棄却されるんだがね」
「……つまり今は、第四部と第五部の間だから、ということか?」
「ああ。この仮説が通用するなら、その時になれば自ずと彼女は目覚めることになるが……」
そこまで聞いて、露伴はふと浮かんだ疑問にバシャリと冷や水を浴びせられたような気分になった。思考すると共に無意識に口許にあてていた手を外し、戸惑いをぽろりと零すようにして、誰に問うでもなくそれを言葉として口にする。
「彼女はどこまで読んだんだ……?」
単純かつ率直、かつ事態の本質を射た疑問は二人分の視線を集めた。その視線は、こちらを向いた時点ですでに呟きの示す重大性を理解している。
「どの代までを?……今でこそ偶然十年程度で済んでいるが、これが何代にもわたる先のことであったら。彼女は、これをあと何度繰り返すことに?最悪、何度目かの目覚めは、僕らの寿命を優に越してしまうのでは?」
最後の問いかけは、目を見開いた二人へ視線を合わせて。露伴もまた、至ってしまった危惧にぞっと血の気が引くのを感じた。
室内を嫌な沈黙が支配する。ここにあってほしい女性の呼吸音はなく、それがなおのこと、厳しい現実をつきつける。
止まってしまった彼女の時間を嘲るように、規則的な秒針の音が耳に障った。日常に潜めば気にも留まらないはずの音は、こういう場面に限って意識に留まるものだ。
間もなくして、残り時間をカウントするかのような音は意識の外側へ追いやられることになったが、追いやった承太郎の言葉はまた重い事実を運んでくる。
「……徐倫のことは、間違いないだろう」
「なんだって?……承太郎、まさか徐倫ちゃんも血の因縁に巻き込まれるっていうのか!?まだ六つの子が!?いつ!」
「わからん。だが、最後に……緒都は『徐倫のことで伝えなきゃならないことがある』と」
「馬鹿な、それじゃあ君があの子を遠ざけてきたこれまでは……!」
「……ともかく、その可能性が高い以上は緒都と同様、徐倫も手元に置いておくべきだろうな」
承太郎が、妹を近くに、妻子を遠方に置いて異なる守り方をしている事実は露伴も把握している。読んだおかげで豊富な情報から導き出した事情、采配については露伴も何ら疑問のないものであったが、確かに感情面に焦点をあてれば、事情も説明できずに不満をぶつけられ続けるという損な役回りの部分もあったのかもしれない。
何にせよ、親友が多くを語らず守り続けた愛娘……加えて敬愛する血筋の子の危機ともなれば、花京院が取り乱すのも無理はない、とは分析できる。が、分析、という表現が適切な通り、あくまで他人事ゆえに冷静さを保てる露伴は、軽く首を傾げて確証がないながらの意見を述べることにした。目の前で無関係な方向への戸惑いが露わにされたおかげで、露伴自身は先ほどの衝撃から早々に立ち直ることができている。
「客観的意見を述べさせてもらいますけど、少なくとも娘さんの件は急を要することはなかったんじゃないですか。十分な時間がなかったのなら、緒都さんはもっと早くに情報を開示しようとしていた可能性が高い。……まあ、慰めにもならない根拠の低さですが」
確証がないのは今更のことだけれども。心の内で付け加え、露伴は肩をすくめた。今ここで論じるあらゆる事柄は推測にすぎないのだ。だからこそ露伴のこの意見もこれまで出しあって来た他の意見と同程度の価値があり、なおかつ客観性がその価値を高めていると言ってもいい。
事実、露伴の言葉を聞いた二人は一息置いて己を律するように目を閉じ、それから花京院は「そうだね」と短い肯定を示した。
場は一時、沈黙を挟む。
が、その沈黙は思考のない沈黙というわけでもなく、各々があらゆる方向へと考えを展開させているのであろう沈黙だ。そこへ再び議題を投下したのは承太郎であった。
「……先の仮説を前提にしても、ひとつ大きな疑問が残る。『最初』はそれに当てはまっていない」
「最初……というと、最初の記憶障害のことか。僕らが出会う前の」
「そうだ。記憶障害を起こした時点が予言を入手した時点であったとして……このときの予言の内容ってのは、それから一ヶ月以上先のことだ。『最初』の緒都は、予言の時間外をしっかり目覚めて生きてきた」
「……最初と今回の違いはなんだ……?」
「年齢、環境、予言の記憶の程度、予言の確証の有無……ざっと思いつくのはこの辺りか」
「……見せられた、と見た、もそうかな。あとは……君に対して家族と言う意識があるか。自分が誰であるという自覚があるか、とか」
「認識の違いがデカいな」
「こうしてあげていくと、確かに。スタンド能力的な現象なら、認識というのは重要なキーとして扱えそうなものだが……」
認識。承太郎と花京院の会話を聞きながら、露伴は腕を組み、ふと思い出す。認識といえば、彼女の世界の認識の仕方……それに違和感を覚えた記憶がある。今日、ここでボイスレコーダーを再生されたときもそうだ。どこか現実味がないような、一歩引いたところからの視点。それこそ、あくまで読んだ、とでもいうような。世界を物語としてとらえるような。
「……認識……認識か!」
思い至った瞬間、思いがけずに勢いのある声が口を突いて出た。
「ヘブンズ・ドアーで見る内容というのは、まず間違いなく雑多なスクラップブックのような、雑誌記事の切り抜きのような乱雑さです。僕は、緒都さんのような『物語的』で『客観的』かつ『整然とした』書かれ方ははじめてみた」
「書かれ方だと」
「本の様子にはその人の世界の捉え方が現れます。より印象的な言葉は大きく、生活様式の違いで文字の縦書き横書きの比率さえ変わってくる。となると、緒都さんはこのレコーダーの内容のように……世界をそういう風にとらえているということになる。物語的に、一歩引いたところから世界を見つめているんです。まるで、『あちら』で本を読むかのように」
これは露伴が彼女に興味を抱いた一因でもある。やはり、抱いた違和感は何の意味もないものというわけではなかった。心の内が探究心で満たされていくのをひしひしと感じながら、露伴は承太郎から花京院へ視線を移し、続けた。
「花京院さん、スタンドについての指導中、僕に言いましたよね。スタンドとは、言ってしまえば思い込みの力だと。思い込むこと、認識することは世界を形作る。この世界で究極の引力は人の思いだと。……緒都さんがあちらのルールで生きるのは、この現実を、誰よりも彼女自身が現実と認識できていないから、では?」
世界を変えるために必要なのは、意志だ。腕の力、頭の回転、必要なあらゆる要素があっても、それらを動かすためには絶対的に意志の力が必要になる。
それはあらゆる命の物語を描き続けてきた露伴が強く認識するものであって。
「予言の確証の有無。つまりは、彼女にとっての実感の有無。……最初……すなわち予言が夢でも妄言でもないと実証されるまで、緒都さんにとってのこの世界は『現実』であり『物語』でもあった。自分の知るものが予言であるという確証がないがゆえに、どちらともつかなかった。しかしそれが、予言の実感によって、この世界は記されたものだと、記された道筋を辿るに過ぎないものだと……言ってしまえば、『物語的』であると認識した。それはつまり、世界とは『あちら』こそが主体であると認識したことには、なりませんか」
たとえ推測でしかなくとも、行動しなければ何も変えられない。
だからこうして考えるのだ。そして、考えてみれば、至った可能性は何ら不思議なことではない。一度失われた後の彼女の記憶は、積み上げてきた十何年の記憶ではなく、先五十日の知識から始まった。いわゆる第三部、が始まるまではまだよかっただろう。しかし始まってしまえば……彼女にとっての世界は知識をただなぞる日々となる。
第三部を終えた後であれば、それでも認識は変わっていったのかも違ったのかもしれない。その時点では以降の予言を持たなかった彼女にとって、ここ十年の、本来彼女の中にあるはずであった日々は、決してあらかじめ記されたものをなぞる日々ではなかったのだから。
けれどももう、時間をかけて認識を解きほぐす暇はないだろう。そもそもがどれだけ論じようと仮説にすぎないすべてを、一から十まで検証する時間もない。
承太郎はどのような決断を下すつもりなのか。今後の行動指針を、どうとるべきと考えているのか。
妹を見つめて伏せられた目の奥には、すでに確固たる意志が見えている。





あれから早二年。
「……おい、なんだ。まだいたのか。人んちで堂々と寝てるんじゃあないぜ、受験生」
「……んがっ」
マグカップを片手にがんっ、とソファを蹴って、露伴は堂々と入り浸るようになってしまった仗助を乱暴に起こした。原稿に夢中で相手などしてもいなかったが、確か彼がやって来たのは、まだ日の高いうちでなかったか。今はもうすっかり外も暗い。
「……ぐ……いまなんじ……」
「七時半だな」
「はー……っあ!?やべ、家に電話しとかねーと!露伴センセー、電話借りるぜ!」
「そのまま帰れよ」
「やだよ、なんのために来たんだっつの」
「僕は君の人生相談員じゃあないぜ、くそったれ」
仗助がここまでやって来た理由に心当たりはあるわけだが、何がどうしてこうも懐かれてしまったのか、露伴はふてぶてしい言葉を返しながら電話へと向かっていった背中を見送り、心底から理解に苦しんだ。空条緒都、という人物で繋がる関係性であることに間違いはなく……そのうえで大方、それなりに気安い大人、とでも認識されているのだろう。承太郎とまでいくと萎縮する部分も大きいが、露伴ならば軽口を叩いたり生意気を言ったりしつつ、ある程度は頼りにもできるというところか。全くもっていい迷惑である。こうして仗助が露伴を訪ねるときが単身であることは、唯一幸いな点であろうか。
「露伴センセ、飯食ってっていっすか」
「帰れ」
「こないだ置いてったカップ麺余ってます?」
センセーの家寄ってて、もうちょい居るから、なんか食って帰るかも、と断片的に聞こえていた会話から滲み出るように、東方家には「露伴センセーの家」というワードにすっかり馴染みがあることだろう。保護者認定されるのだけは避けたいところである。
露伴はひとつ舌打ちをしてから、空のマグカップをキッチンに置いて冷蔵庫を開いた。音に反応した仗助が「何作るんすか」と寄ってくるのを無視するも、「炒飯!俺にも!」と取り出したものから勝手に推測したらしい声が上がったあげく、一人分の食材にもう一人分を勝手に追加される始末である。うざったいが使えるものは使う主義なので、「人んちの食料を食うつもりなら労働で払え」と夕飯作りを一任して、露伴はコーヒーを入れ直すことにした。
リビングの椅子に座ってテレビをつけ、無駄な茶番のないニュース番組にチャンネルをあわせる。一度ちらりとキッチンを見れば、腕捲りをした仗助は文句も言わずに与えられた仕事に取り組んでいる。
今でこそ平和ボケした鋭さの欠片もない目付きではあるが……『あの時』のあの目には相手を射殺さんばかりの鋭さがあった。
――俺の身内です、俺の姪です!姪の身に何が起こってるのか……答えてください!今ッ、ここで!
何時ぞやの彼の甥と同じだ。同じ血を引いたその目は、どこへ向くでもない底知れぬ怒りを孕んでいた。
露伴が東方仗助という存在に『気に入った』と呼べる類の感情を抱いたのは、その時がはじめてである。
「一巡、の話だろ」
一足早い桜前線が開花を迎え、来園客は……。
テレビから聞こえてくる平和的な報道を聞き流しながら、露伴は迷いなく先回りをした。視界の端で仗助がこちらを向いた気配がすると共に、まな板を叩いていた包丁の音が一旦途切れる。しかし数秒の沈黙の後、「あー……」と唸るような声と共に不規則な音が再開し、仗助は手を動かしながらも本来の要件を今果たすことに決めたらしい。
「……なんつーか……どう、したらいいんすかね。俺、結局何もできないままで」
「僕に回答を求めるのが間違ってるぜ」
「けどこんなうじうじしたこと承太郎さんには言えねーっすよお。花京院さんもイタリアだし、新しく聞いた話が無駄に壮大でやべーし」
「花京院さん相手でも話せないだろ、どうせ」
「まあ。……あー……くそ、訪れない世界、ってのはどういう扱いになんだよ……」
空条緒都が目覚めて三日目。昨日の午前中は検査や大事な話のため、仗助は徐倫を預かって虹村家にいたらしい。その間、空条兄妹の間で交わされた会話について……『次』の大まかな概要が明らかになった時点で簡単な伝達は受けたが、事態はなかなかに深刻だ。
世界が一巡する。あまりに突拍子もない世界規模の危機はそれだけでも重大であるというのに、緒都は一巡後の一族の行く末をも読んでしまっているのだという。
己の辿る運命を誰もが一度経験し理解できる世界。覚悟のできる幸福。
一巡を目論む男の思想は、露伴にとっては全くもって理解のできないものだ。誰もが己の人生を一度経験した世界……それはすなわち、露伴にとっては誰もが知る物語をなぞり描いていくだけの漫画家人生に他ならない。これほどの屈辱と言うものがあろうものか。考えるだけで苛立ちが増す世界など、許容できるはずがない。
というのはあくまで露伴個人の考えであるが、例えば承太郎も承太郎で、彼なりの考えのもとに一巡という事象は阻止すべきと判断しているのだろう。事実、彼の妹の語る道筋の中で、彼とその娘は一巡の阻止のために命を懸けたのだという。結果的に、一巡自体は防ぐことは出来なかったが、理想とされた誰もが己の行く末を覚悟できる世界の完成は免れた。だがここで重要なのは、予言上では世界は結局一巡を遂げてしまうということ。空条緒都は、一巡をした先の世界についても読んでしまっている、ということだ。
訪れない世界。仗助が漏らしたのは、まさにこれについてだ。
一巡、を阻止した場合、予言に記された時間だけを目覚めて過ごしている緒都が、訪れない時間を前にどうなってしまうのか。それこそ、そこにあり得るのは永久の眠りなのかもしれない。
仗助もまた、そのことはよくわかっているはずだ。だからこそ戸惑い、心穏やかではいられない。現状が一時の幸福でしかないことに焦燥を感じている。
「……それで、残り少ない時間に踏み込む勇気のない東方仗助クンは、僕に焦げた夕飯でも食わせる気なのか?」
「……あっ!?やべ、あ、いや、やばくない!セーフっすよ、セーフ!」
フライパンに火をかけたままぼんやりと思考の海に沈んでいた仗助は、露伴の声にハッとしてから、慌ててフライパンを振り中身をひっくり返した。皿に盛りつけられ、食卓に出てきた炒飯はアウト寄りのギリギリセーフだ。
「つか、なんすか、さっきの言い草は。ムカつくんすけど」
「何が」
「だーかーらー……残り少ない時間に、って」
「そのままだ。部外者気分で、家族の空間へ割り込むことに腰が引けているんだろう。自分は身内だと啖呵を切っておきながら、情けないなぁ、仗助クン」
「じゃあアンタなら家族水入らずに突っ込めんのかよお!」
「自分が居たいと思えばね。君の立場なら間違いなく血縁関係がある上に、二年間そばに居続けたんだ。権利はある」
沈黙をはさんで、じっとこちらを見る仗助は狐につままれたような顔をした。一方で、一口目を口にした露伴は予想通りの微妙な香ばしさに顔を顰める。
「……あの、励ましてます?」
「気色悪いことを言うなよ」
「っすよね。あーびっくりした」
人間の心理的葛藤には興味がある。微妙な関係性の上に生じるものならなおのこと、今現在露伴に微妙な出来の夕飯を提供したガキは、そういう意味でも貴重なサンプルだ。
空条緒都を取り巻くものには、その辺りに転がっているようで転がってはいない人間関係と、非日常的で行く先の見えない困難がある。確証のない解決策、ピースの足りない状況理解。手探りで進むしかないと言うのはまさに彼女の現状だ。
乗りかかった船、ならぬ、読みかかった物語の行く末がどこにあるのか。結末のない物語ほどつまらないものはない。どんな形にしろ、露伴には終結の形を見届ける意志がある。

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