* 彼女の唄声 | ナノ


はじめの一歩は君の手で(グリーン)

※本編より少し前の時間軸です。



「ヒヨリ、お留守番よろしくね」
「……行ってくる」

 ───と、レッドと共にリザードンの背中に乗ったお母さんがはつらつとタマムシシティまで旅立っていったのは今朝のこと。
 なんでも久々に会う友人とランチをするとかで、偶然聞いていたレッドが送迎を申し出てくれたのだ。
 一度マサラタウンへ戻ってくるのかと聞けば、首を横に振って「結構運が良い」とどことなく得意気な表情で言っていたのできっとスロットでもしてくるのだろう。
 正直レッドがそういう遊びをするイメージが浮かんでこなかったのもあり、真面目な顔で言われた時にはつい笑ってしまった。

「あれ、もうこんな時間かぁ、……ッいたた」

 正午を指した時計から、メロディーと共にポッポがくるくる回りながら飛び出してくる。
 空腹を思い出したようにぐぅと鳴ったお腹に雑誌を閉じて立ち上がると、伸びた背中が鈍く痛んだ。随分と長いこと同じ姿勢でコンテスト誌を読み耽っていたせいか、体が張っているようだった。

 シンオウ地方で初めてメリッサさんのコンテストを観た時の高揚感を思い出してつい買ってしまったこの雑誌。
 おススメの技の組み合わせや衣装、ポフィンの作り方のコツなど盛り沢山で、ページを捲りながらいつか自分も……なんて夢見てしまう。
 でもその前にカントーでやりたい事も沢山あるし、まずは目の前のことをちゃんとしないと。レッドと旅に出るのだって、もう二週間後のことなのだから。

 夢を膨らませながら昼食のトーストをセットし、空の餌入れにポケモンフーズを入れていると、2階でお昼寝をしていた筈のコリンクが匂いを嗅ぎ付けてテコテコと降りてきた。
 甘えた声で足元に身を擦り寄せてはまん丸な瞳で見つめてくるので、あまりの可愛らしさに思わず抱き上げてその柔らかい毛並みに頬ズリが止まらない。

「はぁー、堪能した」

 「ワフッ」と勇ましくひと鳴きして、お座りのポーズでそわそわ意地らしく待っている姿がまた愛おしくて、その後もトーストがとっくに焼けているのにも気付かずにコリンクの食欲旺盛な食べっぷりを眺めていた。





 ピピピピピピ!!

「わ!電話?!」

 すっかり冷めてしまったトーストに蜂蜜を塗っていると、突如机の上のポケギアが大きく着信音を響かせながらガタガタと振動し始める。
 音にびっくりして一瞬固まってしまったが、画面に表示されている“グリーン”の文字に、慌てて通話ボタンを押した。

「もしもし、」

 「どうしたの」と言い終わる前に通話口から聞こえてきたのは、バババババ!という物凄い謎の騒音と、微かにグリーンらしき声が途切れ途切れに何かを話しているような音。

「え?!なに?!」
「───!」

 これはお互いに声が聞こえてないんじゃないのかなと思いつつも、まるで工事現場のような轟音に負けじと声を張って「全然!聞こえない!」と必死に聞き返す。

 謎の音と彼の普段の行動から推測するに、この轟音はものすごい強風……なような気がするからグリーンはもしかして今ピジョットの背中なのではないだろうか。
 なんて答えに辿り着いたと同時に、ようやく電話口からほんの僅か言葉が聞こえてきた。

「しばらくしたら外出てろ!」

 そして、それだけ言うと返事を待たずにプツリと通話が切れたのであった。

 ……しばらくって言われても。
 いや、きっとグリーンの事だからきっと15分後くらいを指しているのだと思うのだけれど、これがもしレッドだったら1時間くらいは掛かりそうだし。うーん。

「とりあえずお母さんに書き置きしておこう」

 そんなアバウトな幼馴染に何処に連れていかれるのかも、何時に戻って来られるかも分からないから取り敢えず「グリーンと出掛けて来ます」とだけ書いたメモをダイニングテーブルに置いて、トーストを急いでかじってから支度をそこそこに家を出た。

「コリンク……は、寝ちゃったかな。お留守番お願いね」





 心地よい柔らかな日差しを浴びながら、家の前の花壇に腰掛けてグリーンを待つ。
 顔を上げると雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。

(綺麗だなぁ)

 マサラタウンは派手で高い建物がないかわりに、空を見上げると遮るものがなく空一面が視界いっぱいに入るのだ。特に、寝転んで見上げた時の星空とか物凄く綺麗なんだよなぁ。
 そんな自慢の景色をのんびり楽しんでいると、遠くから「おーい!」という声と共に黒い影が近付いてくるのに気が付いた。

 広場に降り立ったピジョットに駆け寄ると、私が声を掛けるより早く「よぉ、時間ぴったりだなエライエライ」といつも通りの不遜な態度で片手を上げるグリーン。

「しばらくじゃなくて具体的な時間で教えてよね」
「お前なら分かるだろと思って」
「そうやって人に甘えてたらいつまでも自立出来ないよ!」
「こんな立派なジムリーダー様を掴まえてなんてこと言いやがるこの口は」
「いひゃい」

 右の頬を摘まんでは「お、相変わらずよく伸びるなぁ」とそのまま上下左右にぐにぐにと面白そうに回し、反撃をしようと伸ばした腕は見透かしたようにヒラリと避けられる。
 そしていつものお約束というかなんというか、得意気に「俺様に敵うと思ったか?」と高笑いされるときたものだ。いい加減私はグリーンの精神年齢が幼少期から変わらないことを真剣にナナミさんに相談するべきだろうか……。
 グリーンに摘まれた頬をさすってそんなことを悩んでいる間に、件の彼はさっさとピジョットの背の上に戻っていた。

「とりあえず乗れよ」
「あっ!久しぶりだねピジョット!」
「ピジョッ!」

 私が乗りやすいように背を屈めてくれたピジョットを撫でて、グリーンの後ろにまたがる。転落事故だけはしたくない一心で彼のお腹にギュッとしがみつくようにしていると、「ちょっと一旦降りろ」と一転して無愛想な声が返ってきた。

「あのな、乗れって言ったら前だろ普通」
「前?」
「こ、こ!」
「あ、確かにそっちの方が安全だね」
「ヒヨリどんくさいから落ちそうだし、この俺様が支えててやらないとダメだろ」
「グリーンいつも一言余計!」
「うっさい事実だ」

 まぁでも確かにそっちの方が危なくないし、ここは私が大人になって素直に従おう。えーっと、前だと掴まるところがないから、こうかな。お邪魔します、と今度はピジョットの背中に抱きつくように前屈姿勢で待機していると「いやお前豪快だな」とすぐ後ろから呆れたような声がして肩を掴まれた。

「もっと姿勢正して乗れって、ヤドンか」
「でも落ちない?」
「大丈夫だよ、支えててやるから」

 そのまま姿勢を正されると、グリーンの声掛けに合わせてふわりとピジョットの体が地面から離れてゆく。
 ひとつ羽ばたくごとに小さくなるマサラタウンを見下ろしながら感嘆の声をあげていると、ようやく背中いっぱいにグリーンの体温を感じることに気がついてピタリと時が止まった。
 丁度頭の上にグリーンの顎が乗っかるくらいの位置で、見上げようとすると後頭部が彼の鎖骨に当たる。……どうしよう、すごく近い。

「どうかしたか?怖かったら言えよ」
「えっと、ううん、ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」
「はは、なんだそれ」
「だってほら、マサラタウンがあんなに小さく見えるんだよ?」
「こうやって空から見るとホンットなんもないよなぁ」
「小さい頃は広く感じてたんだけど、不思議だねえ」
「そういえば、昔じーさんとハナダシティに出掛けた俺を泣きながら追い掛けたことがあったな」
「だってもう一生会えなくなると思って」
「ヒヨリが全身全霊で泣いてたの覚えてるわ」
「つられて泣いてたよねグリーンも」
「ばっ、俺様は泣いてない!」
「あれ実はレッドも一生懸命堪えてたらしいよ。レッドのお母さん情報なんだけど」
「田舎の情報網は残酷だな……」

 初めこそ抱き締められてるかのような密着に柄にもなくソワソワしてしまったけど、気付いたらいつも通りに軽口を言い合いながら昔話に花を咲かせたり、近況報告をしたりと賑やかな空の旅となっていて、いつの間にかクチバシティまで来ていたことにグリーンに言われるまで全く気が付かなかった。

「ほら着いたぞ、ちょっと下見てみ」
「え、わぁ!あれサントアンヌ号だよね、この前ニュースで見たやつだ!」
「今日出航するんだってよ」
「すごい大きいね!真っ白で綺麗!あ、船員さんの服可愛いよ!」
「落ち着け落ち着け、よし、もうちょい近付いてみようぜ。ピジョット下降」
「ピジョッ!」

 船の近くまで下がってくれたので、甲板でワンリキーとセーラー服の船員さんが掃除や点検をする姿や、お客さん達が港を眺めたりバトルをしたりと楽しむ表情がよく見えて微笑ましくなる。
 これが昔レッドとグリーンがバトルしたっていうあの船かぁ。レッド曰く、「出会い頭のボンジュールは驚いた」だそうで想像して笑ってしまったことを覚えている。

 つい溢れてしまった思い出し笑いに「なーに笑ってんだ」と、顎で頭をガクガクされる。私が身動き取れないからって酷いと思う。

「いたたたた!」
「今しょうもない事考えてただろ」
「ふふ、それは秘密だけど」
「ヒヨリはまたやられたいようだな」
「いやいやそんなことは!あっ、ねぇそういえば今日はジムお休みなの?」
「有給だよ有給。つーか話誤魔化すの下手か」
「本心から気になったんだよ!」
「おいコラ声が上ずってんぞ」
「わーギブギブ!」

 あはは、とやり過ごそうとしていると、背中にグッとグリーンの体重が掛かって押し潰されそうになる。体が硬いの知ってるくせに!と必死に抵抗するとようやく力を抜いてくれた。
 また意地悪をされたとあとでナナミさんとレッドに密告しなければ。

「それにしても有給取ってわざわざ見にくるなんてよっぽどサントアンヌ号が好きだったんだねぇ」
「旅に出てからだと間に合わないから、停泊してるうちに見せてやろうと思って」
「……え?」
「…………」
「私のために連れてきてくれたの?」
「いや、違う。そんなこと一言も言ってない」
「でもグリーンさっき」
「俺様が見たかったんだよ!ほら見ろ!出航するぞ!」

 ボーーッと低い汽笛が空気を震わせたと思えば、甲板と港それぞれに立つ人達が大きく手を振り合って別れを惜しんでいる姿が見えた。笑顔の人も涙を浮かべている人も、ハンカチや旗を振っている人もいる。
 そうして船がゆっくりと動き始め、遠くに離れてゆくまで別れの儀式は続いていた。

 ───こういうのを見ると、昔シンオウ地方へ引っ越した時にこうやって二人と別れられていたらもう少し気持ちの整理がついたのかな、なんて思ってしまう。
 過ぎたことだし、きっとあの頃の私が二人の顔なんて見てしまったらお別れどころではなくなってしまうというのは分かっているのだけれど。

「……行っちゃった」
「そうだな」
「すごい迫力だったねぇ」
「なんせ特等席だからな、よく見えたろ」
「うん!わざわざ連れて来てくれてありがとう!」
「どうせ暇を持て余してるだろうと思ってついでに声掛けてやっただけだよ」
「ふふ、そうだね」
「なんだその意味深な感じは!」
「でも私グリーンのそういうところ好きだよ」
「は!?バッカお前何言ってんだ」
「いたたたた!」

 再びグイーッと押し潰されてじたばたと戯れているうちに、サントアンヌ号は地平線の彼方へ消えていた。
 港に集まっていた人々も既に散り、残った船員さん達がポケモンと共に片付けをする姿が見える。
 華やかな時間はあっという間だったなぁとしみじみとしていると、後ろから「流行ってるカフェがあるらしいんだ、好きだろ?ケーキ」という抗い難い誘惑の言葉が聞こえてきた。
 もちろん答えはイエスに決まっていた。





「あそこのチーズケーキ、甘さと酸味が絶妙で美味しかったなぁ。グリーンの頼んでたフルーツタルトも生地がサクサクだし季節のフルーツ盛り沢山で、カスタードも甘さが控えめだから食べやすくて」
「いや待て分かったから」
「お土産に買ったサントアンヌ号クッキーも早く食べてみたいね!」
「そんな振り回して落とすなよ、粉々になるぞ」
「だ、大丈夫だよ!しっかり持ってるから」

 たっぷり一時間、グリーンの教えてくれたお洒落なカフェで美味しいケーキとコーヒーを堪能した帰り道。賢くて優しいピジョットは食後ということに配慮してくれたのか行きよりもゆっくりとした速度で飛んでくれていた。

「お母さんとレッドももう帰って来てるかな」
「あー、タマムシシティだっけか。おばさんのことだから、レッド連れてデパートにも寄ってそうだな」
「私もそう思ってた、絶対プレゼント押し付けてるよ」
「まぁでも朝から出掛けてるならもう帰ってそうだけどな」
「デパートで買ったお菓子開けてレッドとお茶してるに一票」
「上に同じ」

 そうこう話をしている間に、見慣れた町が見えて来た。クチバシティを上空から見てしまうとやけに小ざっぱりした町に見えるけれどもそこが良いところでもあるのだ。有名どころで言えばオーキド研究所があるし、小さい町だからこそ皆家族ぐるみで仲が良いしシンプルなのもなかなかいいと思う。うん。

「はい到着、お疲れさん」
「ありがとう、ピジョットもお疲れ様!」
「ピジョッ!」
「せっかくだし夜ご飯食べていかない?今日のメニューはクリームシチューだよ、グリーン好きだったよね」
「お、マジか。それはご相伴にあずかるしかないな」
「やったぁ!」

 グリーンとうちでご飯食べるの久々だなぁとウキウキしながらドアに手をかけると、それよりも先にドアが開いてレッドが顔を覗かせた。

「声が聞こえてきたから」
「あ!おかえりレッド!……ん、ただいま?」
「よおレッド、スロットは当たったか?」

 わいわいと三人でリビングに入ると、キッチンから顔を覗かせたお母さんがエプロンで手を拭きながら満面の笑顔でグリーンに駆け寄る。
 もちろん第一声は予想通り、「いらっしゃい!グリーン君もお夕飯食べていって!」だ。

「もう私が先に誘ってるよ」
「うふふ、今日は賑やかになるわね」
「俺おばさんの手料理好きだから楽しみだなぁ」
「グリーン君たらお上手なんだから!まだ時間かかるしもう少し待っててね」

 ダイニングテーブルの向かいに座ったレッドとグリーンに冷たいお茶を渡してから、お土産の缶を開ける。
 船の形のクッキーをつまんでしげしけと眺めていたレッドが「サントアンヌ号……?」と首を傾げた。

「そうなの!今日出航日だからってグリーンが連れて行ってくれてね」
「……ふぅん」
「お前なんて一緒に旅すんだからこれくらい良いだろうが」
「別に、何も言ってない」
「いやめっちゃ眉間に皺寄ってっから」
「あっ、レッドがお母さんのお手伝いしてくれてる間に二人で楽しいことしちゃってごめん……」

 そうだ、今まで高揚していて全然気が回っていなかったけれど、レッドはお母さんの用事に付き合ってくれていたのだ。
 それなのに私だけ楽しくグリーンと遊びに行くなんて……今更ながら申し訳ない。
 自然と俯いていた顔を少し上げて様子を伺うと、伸びてきた手がぽんぽんと頭を撫でた。

「怒ってなんかないよ。……景色は綺麗だった?」
「う、うん。綺麗だった!」
「なら良かった」

 優しく目を細めるレッドに、強張っていた体がふっと楽になる。隣のグリーンを見ると全て分かっていたような顔で悪戯っぽく笑っていた。

「そんなことでレッドが怒るかって」
「でも嫌な思いしたかなと思ったら申し訳なくて」
「…… ヒヨリのお母さんとのデート、楽しかった」
「ほらな。そもそもどんな状況でもこの俺様の誘いを断ることは許されないから覚えとけ」
「ええー、横暴だよ」

 レッドがお母さんの友達に気に入られてランチに同席したとか、スロットで大当たりをして技マシンをゲットしたとか、私たちの食べたケーキが美味しかったとか、お互いの出来事を話しているうちにキッチンから「お皿運んでー!」と声が掛かり、皆で支度をする。
 レッドもグリーンも勝手知ったる様子で手早く食器を運び、あっという間に食卓に美味しそうなシチューとサラダ、パンが並んだ。
 今日タマムシデパートで買ったというジョウト産チーズもある。

「わぁ!すっごく美味しそう!」
「はい皆座って座って、温かいうちに召し上がれ」
「いただきます!」
「……いただきます」

 一口食べるとほくほくの野菜とまろやかなシチューの甘味がいっぱいに広がり、頬が緩む。
 目の前の二人を見ると「やっぱおばさんのシチュー最高!」と勢いよくスプーンが進んでいて笑ってしまった。

 そうして何度目かのおかわりをぺろっと平らげて、平気な顔でお皿を洗っている姿を見ると食べ盛りの男の子の凄さを実感する。
 ふくれたお腹をさすりながら食後のお茶を用意していると、お母さんの「助かったわぁ、ありがとう二人とも」という声が聞こえた。
 どうやら食器洗いが終わったようだ。

「お疲れ様、良かったらハーブティーどうぞ」
「おうサンキュー」
「いい香り」

 お母さんは電話が掛かってきて二階へ行ってしまったから、今度はみっつぶんのハーブティーと先程のクッキーをテーブルに並べる。
 香ばしいバターの香りに、ついお腹がいっぱいなことを忘れてパクパクと口に運んでいると、呆れた顔のグリーンに「ホント甘いもんよく食うなぁ」と茶化された。

「だって美味しくて」
「……幸せそうで、可愛い」
「ッ?!」
「ゲホッ、かわ、え、レッド?!」

 衝撃の発言に思わずグリーンと二人同時に咽せる。目を見合わせてから恐る恐るレッドを見ると、きょとんとした様子でクッキーを齧っていた。
 私たちの驚愕の表情にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる姿こそ可愛い……じゃなくて、あのポケモン至上主義なレッドが人間にそんな感情を抱くことがあるなんて!!しかも私相手に!
 ……もしかしてせっせとクッキーを食べている姿がポケモンみたいに見えたのかな、それはそれで切ないけど、そう考えると納得する。

「おいレッド!休戦協定結んだの忘れてねぇだろうな!」
「もひろん」
「モグモグしながら答えるな!」
「……勿論」
「いいか、そういうのはお前らの旅が終わってからだからな、平等にだぞ」

 もさもさとクッキーを咀嚼するレッドの両肩を揺さぶりながら、必死にグリーンが何やら語りかけている。それに対してレッドはいつも通りの無表情でコクリと頷き……の繰り返しだ。
 ようやくグリーンが納得したように手を離した頃には、残りのハーブティーがすっかり冷めてしまっていた。

「つーかもうこんな時間じゃねぇか、やべ、仕事残ってるんだった」
「え!そうだったの?!わーごめんすっかり引き留めちゃったね、お仕事間に合う……?」
「俺様を誰だと思ってんだ、余裕だっつーの」
「……じゃあ帰ろう」
「うん、レッドも気をつけてね!って言ってもすぐそこだけど」
「ありがとうヒヨリ、また明日」
「なんだお前ら明日も会うのかよ」
「うん、毎日ポケモンのこと教えてもらってるよ」
「はぁー?!ちょっと待て俺誘われてないけど!」
「だってグリーンお仕事で忙しいでしょ」
「バッカお前、仕事なんて、……くそ……休みの日には帰ってくるからな……!」

 仲間はずれ反対!と叫んで帰って行くグリーンを宥めながら見送って、レッドと別れる。
 家に入って一人になった途端に先程までの賑やかさを思い出して少し寂しくなってしまった。部屋にはテレビの音が響いていて、2階からは僅かにお母さんの楽しそうな声が聞こえてくる。

「急に静かになるんだもんなぁ……ん?」
「あんっ」
「わ、コリンクいつの間に降りてきたの!ふふ、寝癖ついてるよ」

 足元に擦り寄るコリンクを抱き上げると、頬のあたりにくしゃっと寝癖がついているのを見つけて笑みが溢れた。
 思えばお昼ご飯を食べてからずっと2階で寝ていたのだから、こんなに立派な寝癖だってつくだろう。……そういえば昨日レッドのピカチュウと一日中追いかけっこして遊んでたから、疲れたんだろうなぁ。

「ごはん入れてあるから食べておいで」
「わふっ!」
「食べ終わったら一緒にボール遊びしようか!」

 寂しくなった気持ちが一気に明るくなるんだからコリンクの力ってすごい。ガツガツと食べ始めた姿を見ながらソファに沈むと、お母さんが「ついつい長話しちゃったわ」とご機嫌な様子で階段から降りてくる。
 あっという間に静かだったリビングに再び温かな空気が戻ってきてホッと息をついた。

「あら、二人とももう帰っちゃったのね」
「だってもうこんな時間だよ」
「ふふ本当、楽しい時間はあっという間だわ」
「お母さんに宜しくだって」
「あ、そうそう。今日会ったお友達がレッド君のことすごく気に入って。ヒヨリちゃんと二人でいつか遊びに来てねって、今電話で言ってたわよ」
「それじゃあ今度の旅でタマムシシティ行った時に寄らせてもらおうかな」

 レッドと二人で行くカントーの旅。楽しい気持ちがいっぱいだけど、ほんの一握りだけ、私に出来るのかという不安な気持ちもあったのだ。だけど、今日海の上で見たような綺麗な景色が沢山待っているのかと思ったら不安なんてどこかへ行ってしまった。
 それに、なんといってもカントー最強の幼馴染が着いてきてくれるのだし、なにも心配することなんてなかったのだ。

「よろしくね、コリンク」
「あんっ!」

 ───これが、旅に出る前に起こった、私の大切な思い出のお話。

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