* 彼女の唄声 | ナノ


とある春の日。

「レッド、後ろ見てみて」
「何?」
「ほら可愛いことになってる」

天気が良いからピクニックをしようと、サンドウィッチとスープを持ってハナダ岬へとやって来たのは今から一時間ほど前のこと。
春の風がそよそよと頬を撫でるのが心地よくて、ランチが終わってからもまったりとした時間を過ごしていると、ふと騒がしかったポケモン達の声が聞こえないことに気が付いた。

陽の光がたっぷりと降り注ぐ柔らかな草の絨毯に、コリンクとレッドのピカチュウがくっつきながらグッスリお昼寝中だったのだ。
因みにその少し離れた所ではポッポがまるで溶けたかのようにフワフワの羽毛に顔を埋めて穏やかに熟睡中で、いつものあの短気具合を思い出して余計におかしい。

「本当だ、可愛い」
「ふふっ、お腹いっぱいになったら眠くなるよね。こんなにいいお天気なんだし」

そんな穏やかな寝姿をしばらく見つめていたレッドが、ふと何かを思いついたかのように私に向き直って微笑んだ。

「昼寝しよう」
「えっ」
「あったかいし、こうすれば大丈夫」
「わ、ちょっと待って」

そのまま有無を言わさずグイッと肩を後ろに引かれて倒れ込む。間抜けな声と共に地面にぶつかるかと思いきや、衝撃の代わりに温かな何か……少し首を動かして見てみるとレッドの長い腕が頭の下に置かれていた。

「これって腕枕ってやつじゃ……」
「髪、汚れるでしょ」
「いやいやそんな重いし平気だから」
「……ダメ?」

うっ、と言葉が詰まる。
そんな困った子どもみたいな顔で見られたら……。
こういう時にNOが言えないから、「お前は押しに弱いんだから変な壺とか買わされるなよ」と会うたびに言われるんだな。と、もう一人の幼馴染の渋い顔を思い出しながら、起こしかけていた体の力を抜いた。

「腕が痛くなったらすぐ言ってね」
「うん」
「あともしどいて欲しいと思ったら」
「大丈夫だから。目、つぶって」
「わっ」

真隣にある至近距離のレッドの顔にそわそわしてあれこれ喋っていると、うるさいとでも言うように手のひらで目を覆われてしまった。
突然真っ暗になった視界にびっくりして身をよじると「おやすみ」と耳元で囁かれて今度は思わず思考と体が固まる。
わかった。今、私にできることはここで素直に昼寝を楽しむことだけなんだ。
もう逃げ場はない……諦めよう。

レッドの手の温もりと、陽の光とそよ風の心地良さのせいで抗おうとも段々と意識があやふやになっていく。真っ暗な夢の中に落ちていく直前に、耳元で静かに笑うような声が聞こえた。





……耳元がくすぐったい。
でもまだ起きたくないなぁ、とぼやけた意識の中で寝返りをうつと、今度は反対側の耳にフッ!と風が掛かった。

「ひあっ!!」
「おはよう」
「えっ、おはよう?ん?何?!」

バッと勢いよく上半身を起こすと、そんな私の慌てた様子が面白かったのか笑いながら隣のレッドも起き上がる。
ああそうだ、二人で日向ぼっこしながら腕枕でお昼寝をしていたんだった。
……腕枕?

「レッドずっと起きてたの?!」
「少し前に起きたよ」
「そしたら私も起こしてくれていいのに、こんな近くで寝顔見られて恥ずかしいよ……」
「可愛かった」
「もうレッドはすぐそういう事言うんだから。そういえばさっき耳元に何かが」
「あぁ、それは」

クスクス笑いながらレッドが指を差した先を目で追うと、先程まで私の頭があっただろうところにコリンクがちょこんと座っていた。
目が合うと嬉しそうに鳴いて膝の上に飛び乗ってスリスリと頭を擦り付けて可愛らしく甘えてくる。

「構って欲しそうにしてた」
「もしかしてさっきのって」
「コリンクの鼻息」
「やっぱり!もうビックリしたんだからね」

こら!と笑うと、構ってもらえたのが嬉しかったのか尻尾をめいいっぱい振りながら私の顎をペロペロと舐めてくる。好かれているのを感じて嬉しいんだけど、なにせ勢いが物凄いのだ。
その衰えない勢いに負けて遂に押し倒されそうになると、間一髪のところでレッドが手を添えて助けてくれた。危ない、きっとあのままだったら今度こそ地面に直撃だったはず。

「ありがとう!もうコリンク甘えん坊なんだから」
「……甘え過ぎ」
「あはは、コリンク面白い顔!」
「ピカチュウと遊んでて」

後ろからひょいと抱き上げられたコリンクは目を丸くして抵抗するも、レッドに敵うはずもなく。そのまま向こうの草むらで遊んでいるピカチュウの側に連行されていった。

そんな風景が余りにも長閑で、たまにはバトルのことを忘れてこんな風に何もしないで過ごすのもいいなぁ。
あ、そうだ。もし次もまたこんな良い場所でピクニックをするなら今度はグリーンも誘ってあげよう。
きっと彼がいると賑やか過ぎてお昼寝どころではなくなるのだろうけれど、でもすっごく楽しいだろうな。

END

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