ナポリタンの美味しい食べ方


ミツバ篇直後にナポリタンを食べる沖神
※沖田が風俗に行こうとする描写


 纏まった現金を下ろして、郵便局で現金書留の封筒に生家の住所を書き留めていたところではたと気づいた。もうこの金の送り主はいないのだ。郵便局で現金書留を送る二十五日を四年間繰り返して、もはや無意識のうちに走らせたボールペンの線が、ググ、と歪に伸びた。
 沖田がそのまま封筒を懐に入れて郵便局を出ようとすると、窓口の係が訝しげにこちらを見ている。気にせず自動ドアを潜ると初夏の日差しが目に刺さって思わず顔を顰めた。
 封筒を差し入れた懐にはさっき捨て損ねた口座の明細が入っていて、指先にちくりと触れたそれを代わりに取り出して改めて見てみれば、姉に送り続けた金は殆ど手付かずのまま沖田の口座に返って来ていた。こんなに貯まっていたのか。使って仕舞えば良かったのに。
 なんともやるせなくなって、いっそパーっと使ってしまおうかと考えながら宛てもなく歩きはじめたが、欲しいものも特にないし、何より金の使い方がわからなかった。いつもなんとなく目を向ける見慣れたショウウィンドウも今日は色褪せて見える。欲しいものはなくともあげたいものは沢山あったのに、見繕ったとて、送り先がないのである。
 それならばまた口座に戻せばよかったのだが、あいにく郵便局はとっくに離れてしまっていて、今日はなんだかダメな日だ。色々とうまくいかない。
 いつの間にか整備された区画から奥まったネオン街に入っていて、陽が落ちかけるのを合図に看板がポツポツと灯る。
『ガールズバー飲み放題二千円』
 小柄な女が持っている看板を横目に、キャバクラもそんなものだろうかと考える。経費でしか行ったことがないから実際幾ら飛んでいるのか知らない。自分より遥かに稼いでいる近藤が月末になると財布の中身を指折り数え始めるのだから、安くはないだろうと予想できた。とは言え一人で行っても面白くないだろうし、年若い自分はベテランのキャバ嬢たちに玩具にされて終わりだ。
 それなら、風俗はどうだろう。奥まったネオン街の更にすこし入ったところの看板を眺めてみるが、やはり料金は書いていない。そもそも看板の前で呼び込みをかける、世間的にはそれなりに可愛いのであろう女たちに少しの興味も湧かなかった。
 ──旦那誘って飲みにでも行くかなァ。
 この先を抜ければ万事屋だ。沖田が方向転換したとき、腕の辺りに軽い手応えを感じて、ぶつかった何かを咄嗟に引き寄せる。

「……なんでィ、チャイナか」

 謝ろうと思った相手が見知った顔であったので、謝罪が引っ込んだ。

「ぼーっとしてんじゃねーヨ」

 華奢な肩を引き寄せた手は手荒に払われた。

「丁度いいわ、今日旦那いる?」
「いないアル。泊まりで依頼ヨ」
「なんでェ、アテが外れたなァ」
「どっか行く予定だったアルか?」

 と、そこで神楽の目線が今自分が見ていた看板の方に向いて、みるみる顔から色が抜けていく。そのまま神楽は今通ってきた道を振り返り、そこが風俗街であったことに思い至ったのかゴミでも見るような目で沖田を眺めた。

「いや、待て誤解でィ」
「銀ちゃん誘ってナニする気ネ」
「何もねえって。ただ金使えるとこ探してただけで」
「不潔よ!インモラルよ!」
「勘弁してくれ……」

 何もしていないのに責め立てられ、更に何故か言い訳のような真似をしている自分にちょっとげんなりした。

「……チャイナ、ちょっと付き合え」
「万事屋はそう言うサービスはやってないアル」
「お前のまな板に金払うくらいならホームセンターでまな板買うわ。じゃなくて」

 別にあぶく銭の使い道を考えていただけで、女を抱きたいわけでも飲みたいわけでもなかった。丁度いい使い道を思いついて、沖田は未だ懐疑的な目でこちらを見ている神楽を誘ってみる。

「腹減ってねえ?」
「……」

 神楽がその薄べったい鳩尾に白い手を当てると、タイミングよく腹の虫が返事をした。身体は正直である。



「スイマセーン!唐揚げとポテトとステーキセットとナポリタンとカレードリアとチョコレートパフェください!飲み物はジャンボクリームソーダ。お前は?」

 適当に入った近くのファミレスで、人の金なのをいいことに、神楽はメニューの端から端まで指差して大量に注文した。店員も焦りながらハンディを打っている。二人がけのテーブルに乗り切るだろうか。神楽に差し出されたメニューを見ても取り立てて美味そうなものがなかったので、アイスコーヒーだけ頼む。
 程なくしてテーブルの上は綺麗に盛り付けられた料理でいっぱいになって、持ってきた店員はごゆっくり!と言って、本人は忙しそうに次のテーブルに向かって行った。

「つまんねーの」
「何が」
「何も食べないアルか」
「腹減ってねえから」

 ストローをくわえたまま淡々と応えれば、神楽は訳知り顔で頷いた。

「悲しいからダロ」
「……旦那からなんか聞いたのか」
「なんも。でもお前、悲しくって寂しくってしょうがないって顔してるヨ。ちょっと前から」

 見てわかるほど参ってる自覚はなかった。なんなら、思いの外ケロッとしてるなと思っていたくらいだし、周りにもそう言われた。

「悲しくて胸がいっぱいだから、おなかへってるの忘れてるだけアル」
「……別にそんなんじゃねェよ」

 そう言ったきり口をつぐむ。神楽には何もかも見透かされているような気がして居心地が悪い。

「悲しくってもおなかはへるネ」

 それは経験則なのだろうか。四つも歳下の女は悟ったようなことを言いながら、口の周りをケチャップだらけにしてナポリタンを頬張っている。
 よく食うなコイツ。吸い込まれるように減っていく。万事屋が年中ジリ貧なのも頷けたし、採算を度外視してこの女を従業員として手元に置くあの白髪の男が随分奇特に感じられる。
 眺めていたらずっと忘れていた空腹が急に存在感を持って、神楽が一口には多すぎる量の麺をフォークに巻きつけているナポリタンが一等美味そうに思えた。そう言えば今日は何も食べていない。

「なんか食えば」

 籐籠を模したプラスティック製のカトラリー入れから、神楽がフォークを差し出したので、受け取ってナポリタンを奪い、自分の目の前に置いた。おあずけを食らった神楽の叫びを無視して、そのまま添えられていたタバスコを全部かける。

「アー!そんなんしたら食べられないダロ!!」
「うっせ。また頼めば良いだろィ」

 何せ金ならある。この大食漢を向こう十年は満腹にしてやれるくらいの。
 神楽が渋々と言った体で机上のピンポンを押すのを横目に、沖田は真っ赤なナポリタンを咀嚼した。ケチャップ味をかき消すくらいの酸と辛さに、舌がビリビリ痺れて思わず顔を顰める。姉仕込みの一番美味しい食べ方であるが、沖田は未だこの辛さに慣れない。

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ティファニーで焼肉をの対にするつもりで書きました。サイト4周年に際して。
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