ティファニーで焼肉を


土ミツが進行する裏で焼肉を食べる沖神。
※ミツバさん生存ルート

 今日の沖田は見てわかるほどにやさぐれていた。子どももまばらになった公園のブランコで、対して大きくもない身体をしょんぼりさせて、わざとらしく夕陽なんか背負っちゃって、俺落ち込んでますというオーラを全身から発している。何だそれは、アピールか。
 そのままにしておくのも可哀想だったので、後ろから沖田の座るブランコを蹴飛ばした。普段ポーカーフェイスに徹する沖田が、何にそんなに弱っているのか気になったのもある。ブランコは振り子の要領でギーコギーコと揺れたのに、沖田はうなだれたまま反応しない。こんなに構って欲しそうなポーズをしておいて無視とは何事だ。神楽はムカついて、今度はブランコではなく沖田の丸まった黒い背中を蹴飛ばした。沖田は落っこちて、ブランコだけがまたギーコギーコと揺れた。

「痛え」

 むくりと起き上がる姿にも覇気がない。神楽に対する抗議もない。

「お子ちゃまはお家に帰る時間アルヨ」
「そうかィ。じゃあとっとと帰んなァ、お子ちゃまは」

 沖田は怠慢な動きで砂埃を叩き、反抗的にブランコに腰を下ろした。柔らかい部分を晒しておいて意固地になる沖田はよくわからない。そうすることで構う大人がいたんだろう。迎えに来る大人を待つ沖田はお子ちゃまそのものなのだが、世間的には既にお子ちゃまと呼ばれる期間を脱してしまっていた。

「何に拗ねてんのか知らねーケド、私そんなに優しくないアル」

 ふん、と鼻を鳴らしてブランコの柵を飛び越えた。ギーコギーコと鳴る錆びたつなぎ目の音を無視して、砂利を踏みしめスタスタ歩く。ゆうやけこやけが鳴ったので、健全なる子どもはみんな姿を消していた。これからネオンがポツポツと灯れば、かぶき町の朝だ。

「チャイナァ」

 公園の出口に差し掛かった時、ともすれば聞き逃しそうな、抑揚のない声が神楽を呼び止めた。

「焼肉行かね?」

 振り返れば沖田はブランコを降りて柵の外にいた。夕陽は既に地平線に溶けて、長い長い影を作る。

「お子ちゃまは帰るんじゃないのカヨ」
「保護者がいればいいんじゃねーの」

 迎えを待ってた子どもがどの口で言うのだと笑いそうになりながら、焼肉は魅力的だったので口には出さずに乗ってやった。
 駅の西口にある全国チェーンの焼肉店に向かう道中、とぼとぼ歩きながら沖田は、姉上が結婚するのだと言った。







 だいたいにして、土方が私服で沖田の自室を訪れる時はろくなことがないのだ。ちょっとやばい仕事、後ろ暗い話、できるだけ近藤に聞かせたくないことなど、建前ではなく本音寄りの。そうでなければ普通は、土方は沖田の方を呼びつける。しかし今回は違った。土方が音もなく襖を開けた時からわかっていた。いや、本当は姉が退院した頃から漠然とした予感はあったのだ。しかし今以て腹は括れなかった。
 畳に直接どかりと座った土方が妙に神妙な顔をしているのが可笑しい。乾いた薄いその唇が、これから何を言うのか知っていた。自分の耳を切り落とすか、縛り付けて土方の口を縫い付けるか悩んだ。痺れた脳の冷静な片隅と、沖田の僅かな良心と、いつも心に据え置いている姉上の笑顔が、なんとかそれを思いとどまらせた。

「……ミツバに結婚を申し込もうと思う。いいか?」

 沖田は泣きたくなった。敬語なんて絶対に使いたくなかったので、ぶっきらぼうに勝手にしろ、と言って万年床に籠城した。



「で?」
「で?ってなんでィ。あーちょっと泣きそう、土方の考えた陳腐なデートプランに姉上が連れ回されてありがちなプロポーズなんかされることを考えると世界なんて終わってしまえばいいと思う、もう既にプロポーズされてたらどうしよう……。土方の保険金の受取人が姉上になったと同時に俺が土方を殺すしかない……」
「お前がかまってちゃんなのは知ってたけどメンヘラなのは初めて知ったヨ」

 蓋を開ければなんてことはない、煙臭い焼肉屋の狭いテーブルに通されて以来、ただのシスコンの泣き言を延々聞かされている神楽は、目の前の特上牛カルビをいつ網から引き上げて甘辛のタレにつけ、お箸で上手に白米を包んでお口にダイブさせるか、そのタイミングだけを目下の興味対象にしていた。

「めでたい話アル、姉ちゃんのことが好きなら祝ってやれヨ」

 奢ってもらう負い目で一応それっぽいことを言ってみる。いつかのお妙のように、望まぬ相手との結婚というわけではないのだ。自由恋愛なのだし嫌なら断る権利だってある。しかも男側は直参という好物件。
 カルビの脂が溶けて下の炭火がジジッと鳴った。口内に満ちる涎にごくりと喉を鳴らす。まだだ、まだ早い。ここで焦ってはいけない。

「姉上は好きだが土方は嫌いだ」
「それは難儀な話アルナ」

 上昇気流でハタハタと動く肉をトングでひっくり返す。網目がうまく肉に焼き付いて、美味しそうな模様を作っていた。肉の裏側を焼く間、沖田の話を聞き流しつつ、小皿に3種類ほどあるタレを垂らす。特製ダレ、醤油ダレ、塩レモンダレ。どれをつけて食べようか。肉が焼けるジウジウと言う音と、沖田の萎びたような呪詛を交互に聞きながら、換気扇に吸い込まれる煙の動きを追う。
 いつの間にか話は未だ見ぬ甥っ子の話に飛躍し、姉上の子だから珠のように可愛いだろうが土方の血を引いてるので可愛がれる自信がないと言う。沖田に子供を可愛がると言う概念があったことに驚きだ。

「と言うか、トシがプロポーズするだけで結婚はまだ決まってないアル。女は案外シビアだから振られるかもしれないヨ」

 沖田は一気に現実に引き戻されて、一寸びっくりした顔をした。

「……ねえよ」
「なんで」

 予定調和のように結ばれる男女など、おとぎ話で十分だ。まさかそれが思い至らなかったとは言うまいな。

「なんつーか……そうなるべきなんでィ、あの二人は」

 沖田は大真面目に言う。そしてそれに絶望している。神楽は丸い瞳をくるくるさせてため息をついた。
 沖田の姉と土方が、どのような恋をしたのか神楽は知らない。江戸を目指した男が、今さら想い人に求婚する決意をした理由を知らない。
 しかし、それにしたって男ってやつはどうしてこうもロマンチストなのだろう。お行儀悪く箸を齧りながら神楽は思う。この弟にあの夫(仮)。姉ちゃん苦労するアル。

「まったくもって理解できないけど、そうなるべきならうだうだ言うなヨ。どうしても嫌なら今からトシを殺りに行けヨ。お前の専売特許ダロ」

 そうしないのは、沖田曰く「そうなるべき」だからなのだろう。
 目を離した隙に七輪からぼうっと勢いよく火柱が上がる。神楽が慌てて、ジョッキの中のコーラに浮いた氷を網に投げて鎮火したとき、白米と一緒に神楽の舌を喜ばせる予定だったカルビはカリカリの消し炭になっていて、神楽は恨めしげに沖田を睨みながら店員を呼んだ。
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ロマンチストな男とリアリストな女は好きです。
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