宇宙一馬鹿


やっと失恋できた沖田の話。
※神楽にモブとの子どもがいます


 胸の錘は常にあって、その重みすら忘れてしまう。一種の不治の病である。
 それを掘り起こされたのは、珍しく前後不覚になるほど酔いどれて、万事屋に肩を貸されて屯所に戻った沖田を迎えた深夜であった。
「珍しいな」
 隊長がみっともねえ真似すんなとか、よりにもよって万事屋に借り作りやがってとか、言いたい事は色々あったが、今言ったところで翌日には覚えてないだろうから、水を汲んで一言かけるだけに留めた。
 楽しい酒ではなかったらしい。帰ってきた頃には朱が差していた沖田の頬は、酒が回りすぎていっそ白くなっていた。明日は二日酔い確定だろう。
「チャイナのガキがねえ。そりゃ可愛くて」
 沖田は怪しい呂律で脈絡のないことを言い出した。
「ああ、もう半年になるか」
 神楽が結婚したのが二年前で、それからしばらくして懐妊の報を聞いて、連名で祝いを送った記憶がある。自分達が変わらずチャンバラやってる間に人が一人生まれて育っているのはなんだか妙な心地がする。
「旦那と、あの、下のスナックで飲んでて……チャイナが赤ん坊抱えて降りてきたんで、抱いてきたんです」
 沖田は胡座をかいてゆらゆらと揺れていたが、そのうち畳にこてんと倒れた。
「土方さん。俺ァ結婚なんてできねえ」
 幾度の見合いの話を、松平が呆れて持って来なくなるまで、結婚しないと言い切って断ってきた沖田が、できない、と言った。
「あんな弱っちいモン抱えたら俺ァダメになっちまう」
 沖田が自分に弱みのようなものを晒すほど呑んだ理由にようやく思い至って、土方はつい、今まで一度も表に出さなかったことを問うた。
「お前チャイナ娘に惚れてたろ」
 心当たりがないわけではなかったが、沖田がその素振りを見せなかった。気づいてすらいなかったのかもしれない。
「……惚れてますよ。十八の頃から」
 沖田は重たすぎる年数を軽々口にした。
 お前それは一目惚れって言うんだよ。
 土方は初恋をあまりにも拗らせた弟分を直視できず、掌で目元を覆ってため息を吐いた。
「で、操立てますってか」
「そんなんじゃねーでさァ。既婚者に操立てるなんて不毛な真似しねえや。守らなくても死なねえ女があいつの他にいないだけで」
 最後の方は尻すぼみになって、静かな寝息に変わる。
 ああ、沖田は出会ってしまったのだ。土方は心底同情した。
 最上のものは、得てして手が届かない。それは土方が一番よくわかっていたが、伸ばされた手を拒んだ自分を全く後悔していないのだから、沖田もそうなのだろう。幼少期から見ているこの男のことは少なくとも憎からず思う部分もあるので、あまりにも重すぎる感情を抱えて平気な顔でいる沖田を不憫に感じた。わかるからこそ、余計にだ。
 どうしてやることもできないし、明日にはどうせ忘れている。しこたま溜め込んだアルコールはいずれ抜けるが、こいつも消えない錘を抱えて生きていくのだ。そんなものがあることすら忘れるほど、長い時間。
 いつまでも手のつけられないコップの水を、そっと机上に移動して、畳にでろりと寝そべったまま、うんともすんとも言わなくなった沖田に毛布をかけて、黙って部屋を後にした。

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世界一馬鹿の続きです。沖神と言い張る。
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