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物言わぬ屍が散らばる戦場にて、ジョセフィーヌ三世は相変わらず淡々と言葉を紡いだ。いつもと違うのは、ずっと目をつむっていることだけ。無表情は一縷たりとも歪んでいない。
「私はもう少し早く処分されると思っていましたが、想像より遅かったですね。最期にもう一つ我が儘を言うならば大谷さんのお姿を目に焼き付け息絶えたいです。おかげで大谷さんを映した目を閉じて歩かねばなりません。人目につかぬよう古井戸に落としますか。生きたまま獣の餌にしますか。人柱として海底に沈めますか。今この場で切り捨てますか。期待通りの死に様をお見せしますよ。あぁ、ですが長曾我部さんが動くのは初めて見ました」
ジョセフィーヌ三世が顔を向けた先の長曾我部は、険しい顔をしていた。鬼の肩書きにふさわしい修羅の顔。
搾り出すような声は、あまりにも低く、唸り声に近かった。
「……どういう意味だ」
「私を殺すのは石田さんか猿飛さん、たまに毛利さん。存じ上げない方。大谷さんのパターンもありましたね。最後のは一度だけでしたけど。長曾我部さんは悪い人ではないと"学習"しています」
「意味が分からねえ」
「私を殺すんでしょう? 貴方の目の前の私は死にます。それが答えです。言葉遊びは好きですのでいくらでも謎を差し上げますよ」
「殺さねえ。誰が殺してたまるか。てめぇは生きて「いいえ」」
長曾我部の言葉を遮り、ジョセフィーヌ三世は首を横に振った。いつもより、声に力が入っているように、切羽詰まってるように聞こえた。
「いいえ。長曾我部さんは必ず私を殺します、それが見殺しという形であろうと。私が死ななければ駄目なんです」
「ふ、ざけんな! グダグダ意味わかんねぇこと言ってねぇで認めやがれ! 大谷は死んだんだ! アンタの目の前で!!」
振り上げかけた手を強く握り締め、長曾我部はありったけの力で怒鳴った。戦で出来た傷が開いたが、周りに比べればかすり傷だ。
一瞬俯くも、ジョセフィーヌ三世は目を開け、真っ直ぐに長曾我部を見つめて答えた。その目も、唇も、一切震えていない。
「えぇ、死にました。石田さんを庇い、ドリル状の大きな槍で貫かれ、そのまま死にました」
「っアンタは悲しくねぇのか!」
「胸が張り裂けてしまいそうな程悲しいですよ。どうせなら本当に裂けてしまえばいいと望みます。顔を歪めなければ辛くないのですか。涙を流さなければ悲しくないのですか。声を荒げなければ憤っていないのですか。私に感情がないのだとお思いですか」
「……悪ぃ」
「謝罪はいりません。私を殺せばこの話はお終いです。遠慮せずにどうぞ。抵抗などいたしませんよ」
両手を広げるジョセフィーヌ三世に、己の言葉は届いていない。めいっぱい顔を歪める長曾我部は、無力感に苛まれる。だからといって投げ出すこともしたくない故に、武器を振り上げることもできない。
そんな長曾我部と、ジョセフィーヌ三世の間に割って入ったのは猿飛であった。冷たく、暗い、澱んだ目で、ジョセフィーヌ三世を睨んでいる。
「鬼の旦那、どいて。アンタがやらないなら俺様が殺す」
「おい猿飛!」
「鬼の旦那も分かってるんでしょ? こいつは生かしちゃいけない」
「良かった。やはり猿飛さんが殺すんですね」
「黙ってくれない?」
「嫌です。私、"おしゃべり"なので」