大谷
※事後!
時間軸→エンディング後。
「おなかがすきました」
「……さよか」
呆れ顔でため息をこぼす大谷は、なんと声をかければいいのか分からず簡潔に返事だけした。一糸まとわぬ姿の女は先程までの行為の気配など微塵も感じさせないほど静かな表情で、空になった腹を撫でる。ゆっくりと己の腹を指でなぞる姿は官能的にも見えたが、空気を読まない虫の音が大谷の気をそいでいた。
一枚、肌襦袢を羽織った女はのそりと閨を抜け出す。
どこへ、と尋ねながらも、大谷はまさか、と予想する。
「夜食を食べに」
「本気か……いや、ぬしは本気であろうな……」
「大谷さんも召し上がりますか?」
「われは、ことを終えたあと、部屋から出るのは好まぬ」
「そうですか」
それが二週間ほどまでの話である。
情事の後、火鉢で餅を焼く女を布団の中から見ながら、大谷はため息をこぼした。説明が悪かった、とぼやくも、火鉢の炭が弾ける音でかき消される。
しかし、大谷の声を聞き逃すことはジョセフィーヌにいたってはありえない。餅をひっくり返しながらも、ゆっくりと振り向いた。首を傾げ、なんでしょう? とのんびりと問いかける。説明が悪かった、とは言ったものの、改めてなんと伝えていいものかと迷い、言いよどみ、こんなところも好いているのだとバカげた考えすら浮かんだのち、せめてと肌襦袢を渡した。礼の言葉と一緒に深々とお辞儀をしたジョセフィーヌは、肌襦袢と交換する形で焼けた餅を大谷に手渡す。中に餡がたっぷりと詰められた餅は、見た目より重たく、元々胃が丈夫でない大谷には食欲どころか嫌気すらした。
受け取るどころか眉を顰める大谷に、ジョセフィーヌは嫌な顔をひとつせず、手を引っ込める。己の口に運び、餅を頬張った。ぱり、と焼けた餅に口に含めば、女の傷一つない手から口まで餅が伸びていく。やわらかな餅を噛み切ることができず、もう一口とかぶりついた。夜闇のなか、火鉢の明かりと、行灯の明かりが、女の食事姿をてらしだす。静寂のなか、火鉢と行灯の火が跳ねる音と、女が咀嚼し嚥下する音だけが、大谷のもとへ届いた。
それからもうひとつ。餡の甘い匂いが、布団をかぶった大谷にまでただよう。
普段なら甘いものはジョセフィーヌや他のものを釣るための道具だが、今夜は気分が変わった。のそりと布団から抜け出し、夜着を肌襦袢一枚の女の肩にかけた。
「われにも一つ、よこしやれ」
「はい、丁度こちらが良い焼き加減です」
「あ」
大きく口をあける。
薄闇の中、剣呑な目が女を見下ろした。
「どうぞ、召し上がれ」
男の目に、珍しく女が笑った顔が映った。