ヨシヨシ臨2 | ナノ


ヨシ臨ヨシ
微妙にこれと同設定












 あまり、馬鹿にしないでください。











 ぱんっと振り払った手が派手な音を立てる。臨也さんに逆らったのは、たぶん初めてなのではないだろうか。へらへらと笑いながら俺の肩に手を掛けてきた彼が、憎たらしくなったのは急なことだった。


「なーに、怒ってんのー?そんな顔しないでよ、おー怖い怖い!……いいじゃん、吉宗くん。何?この後用事でも入っているわけ??」


 振り払われた手をぷらぷらと振って、彼はまだへらへらと笑う。『人、ラブ』だったかな、素晴らしい精神だ。俺がどんなにぞんざいに扱っても、怒りを買うような暴言を吐いても、彼はきっとすべてを許すに違いない。『全ての人間を愛しているから』

 いらいらとした気持ちは治まらなくて、彼に背を向けて逃げ出す。駄目だ、本当に殴ることを実行してしまったら、それはただの、馬鹿だ。

 がしゃん、と乱暴な動作で改札を通る。
 俺は自宅へ帰ろうとした時に、彼に声をかけられた。後ろから大して焦った様子のない声音で引き止められる。構うもんか、俺はただただ言うことを聞く、使い勝手の良い手駒ではない。

 電車に乗り込み、空いた座席にどっかり座り込んだまま思考する。ぼんやりとした脳内で、彼が囁いた。




『おいで、吉宗くん』




「(畜生、誰が行ってやるもんか……)」

 悪態を吐きながらも思い浮かぶのは彼のことばかりで、自分でも上手く躾けられてしまったもんだと空を仰いだ。………なんだか全てが馬鹿らしくなってしまった。

「(……………あーあ、何もかもがあんたの思い通りだよ。臨也さん。)」

 家へは帰らず、途中下車した新宿駅のホームで、彼が腕を広げて待っていた。

「おかえり、」














 綺麗な人だ、と思ったのは始めだけ。すぐに彼には利用されてしまい、池袋は怖い街だと思った。

 駅を出てからコンビニまで手を引かれて、避妊具と潤滑剤を買わされる。俺の意志ではない、彼が買うように言ったのだ。ついでに彼の選んだ菓子類も。


「もう結構家には来たんだからさー、そろそろ慣れてくんない?」
「………はい」


 彼の部屋の玄関で、靴を脱ぐ。
 ヘタレは得しないよとか俺はもう少し我儘な子が好き、とか、ぶちぶち文句を言われながら部屋を進んだ先。整然と整えられたベッドが見えた。

「……自分で整えたんですか?」
「まさか。秘書にやってもらったんだよ、美人のね」

 煽るような言葉はわざと言っているのだろうか。彼のことだから容姿ではなくその能力を買って雇っているのだとは分かるが、わざわざ言わなくてもいいだろうに。……嫉妬を、煽られる。

 家の中や外、早朝やら深夜とか関係なく、彼はいつも自分本位で行動をして、俺を振り回す。………それが変なことだって、そんなこと少しも思ってないのだろうな。俺が毎回それに律儀に応じている意味にすら、気付けていないに違いない。


「…………それじゃ、早速しよう?」
「…………。」


 あんたが考えていることは分かりやすい。俺を池袋で使いやすい駒にしようとしているのだ。だからこんなにも簡単に体を差し出す。
 彼の腕が首にまとわり付いて、下に引き倒されながら吐き捨てる。









(馬鹿にすんな、あんたの汚さに気付かないほど、俺は綺麗ではないんですよ。)






















(“君には期待していたのに、残念だな”……………か。)


 あれから数ヶ月が経った。
 何回も日本では転勤を繰り返していた俺だけど、こっちに渡ってきた後は一つの街に定住して。それなりの生活を楽しんでいる。

 そう、“それなり”には


(こっちに来て、本当に連絡を取らなくなったな……)


 同じ来良の同級生、バーテン服を着ていた先輩、池袋の都市伝説。池袋にいた時に出来た友人とは全員と、ネットを通してではあるがこっちに渡ってきた後に、交流を成功できた。だが、やがては生活サイクルの違いから誰とも連絡を取らなくなってしまい……今では誰とも連絡がつかない。こうなることは、渡る前から予想できていたことだけど。やっぱり、それなりにはくるものがある。


(“甘楽さん”からは一度も連絡がきてない………)


あの狂った街に住んでいた頃にあった充足感は、最近感じない。多分、あの街に戻らない限りそれが再び俺を満たす日は来ないだろう。


ドンッ


「………っ……。」
「Sorry.」


 ぼう、と突っ立っていたからか。横を擦り抜けて行った男と肩がぶつかる。口早に謝られ、その衝撃にふらふらしていると隣を歩いていた女が嫌なものでも見るような目で見てきた。

 この街には暖かみがない。立ち止まって青空を見上げるような余裕もない。人が溢れているところは同じでも、あの街に漂っていた優しさはもうないのだ。


(…………あ、)


 ほろりと涙が零れ、青空が淡く歪む。はらはらと止まる様子のない涙を呆然と見詰める。翳した掌にまで滴ってきたそれは、あぁ、どうして。


(そうか、俺は悲しいのだな。)


 泣くのなんて、何年ぶりだろうか。流すことさえ久しぶりであるそれを、止めることなんてすぐには出来ない。流れるがままそのままにしていても、周りの人間は誰も俺を振り返りもしなかった。


 視界に黒いコートを羽織った細い、背中が。


(臨也さん……?)


『あー吉宗くーん!』


(…この街は、寒い。)


『何々?どうしたのー?』


(……………寒い。)


『寂しいの?吉宗くん。』


(……………寒いんだよ、臨也さん)


『しょうがないなー……じゃあいい事をしてあげよう!』


 幻影が見えるなんて、相当だ。
 目元を押さえ、溢れる涙を止めようとしても止まらない。街中だというのに、人目も気にせず嗚咽を零した。

 だから寒いのは嫌いなんだ。ぬくもりが欲しくなるから。…暖かい手が欲しくなるから。


(俺は一人じゃ何も出来ないんだよ、臨也さん。貴方がいないと、俺は。)


 あぁ、今はあの横暴ささえ、愛しい。









『吉宗くんが寂しくて寂しくて仕方がない日には、俺が暖めにきてあげる!』


















棒立ちの無力なオトコ
(それなら俺の腕を引いてくれよ、今すぐに。さぁ、)











企画『always lover』さまに提出。
『無力』は臨也さんに最後まで思いを告げられなかったこと、と一人では何も出来なくなるくらい依存していたことにかけてます。
ヨシヨシにきゅんきゅんし過ぎてゲーム続編を脳内保管するくらいには頭が煮えている。また出てきてほしいなぁ…!

素敵企画ありがとうございました、応援しています!