寂しくとも明日を待つ | ナノ

 

※臨也×奈倉×臨也







扉を開けた瞬間に冷たい冬の風が頬を撫でて行き、家を出たことを後悔してしまう。
登校する者、出勤する者も疎らとなった通学路で、巻いたマフラーに首を竦めて歩きながら、学校を目指す。
遠くで鳴ったチャイムの音が自分に現実を思い知らせて、今日もまた一日が始まろうとしていた。


あぁ退屈。












ざわざわと、まるでたくさんの蠅の羽が立てるような音の五月蠅さに少しの惰眠を貪っていた臨也は思わず眉を寄せた。

「起きたかい、もう休み時間だよ?」

上から聞こえた新羅の声に答えるのも億劫で、組んだ腕に顔を埋めたまま、聞き流す。
返事をされなかった事に拗ねた様な声を上げられたが、心底鬱陶しかったので無視をする。
ひどいよ!と叫んだ後、新羅は傍から離れ何処かへ行った。
きっといつもの奴等と屋上で昼食をとるのだろう。
いつもなら自分も門田の腕にでも引っ付いて、新羅をからかいつつ静雄と睨み合う。そうしながら共に昼食を摂っているはずなのに、ここ最近それがひどく面倒だった。やる気が起きなかった。

未だにうるさい周囲の同級生たちへと、腕から少しだけ顔をあげてぼんやりと見やる。
数人でグループを作って弁当をつつきながら談笑するその姿は、とても健康的で学生らしい。
でもそれ以上その光景に興味を持てず、俺の目には曖昧にくすんで映った。


どうしてこいつら、生きてるんだろ。


席から立ち上がりながら考える。
屋上へは向かわず、靴箱へと足を向けながら欠伸を一つ。




うーん、つまんないなぁ。














風が吹き荒れる、そんな表現の似合うようなビルの屋上。
学校から直接ここへ来た臨也は、短ランの上に少しだけ厚いだけのコートしか羽織っておらず、その軽装では寒さを強く感じ、逃げていく熱を閉じ込めるようにコートの前を手繰り寄せ身を縮めた。

ここは最近自殺者が増えてきた、という曰く付きの場所だ。
どうしてそのようなところへ来たのかは自分でも分からない。死にたいわけではない、だがネットを巡っていた時に目を通していて、少しだけ興味を持っていたのは事実だ。

まだ頑丈そうなフェンスに寄りかかり、地上で蠢く蟻のような人間を見下ろす。
その忙しそうな様子に先程も感じた嫌悪感を感じ、吐き気がする。
自分はここへ来て、何をしたかったのだろうか。







冬は太陽が照る昼間であっても空気が澄んでいて、吹き叫ぶ風の音だけしか響いていない、静かだ。
しかし刹那、一人しかいなかった空間に軽いステップを踏む足音が聞こえた。


「こんにちは、学生さんがこんな時間から遊んでて……いいのかな?」


 声は普段聞き慣れているものよりも低く聞こえたが、それは自分の声とよく似通っていた。
振り返ると自分のところより数段上の場所で、声の持ち主が足をぶらぶらとさせながら俺を見ていたが、その顔にも見覚えがあった。
俺だ、俺が大人になったらこうなるだろうという顔だった。
その人は目が合うと「よっ」というかけ声を出し、目の前に着地してくる。

「はじめまして、奈倉です。」

 奈倉と名乗ったその男は見れば見る程、臨也と似ていた。それを疑問に思っていないのか戸惑うのは臨也のみで、奈倉は勝手に臨也の手を取るとよろしく、なんて言いながら無理矢理握手をしてくる。臨也の手は緊張から汗をかいていた。


「おやぁ怖がっているのかな?安心してよ、俺は全然怪しいものじゃないからさー…ねぇ、君の名前も教えてよ」


 にこにこと笑いながら誤解を訂正しようとするが、怪しいにも程があった。名乗りたくないと思うのに、男の有無を言わせない雰囲気から名乗らないわけにはいかなかった。
折原、臨也です、と萎縮する喉から無理矢理絞りだすと、奈倉は掴んでいた手をぱっと放してくれて、臨也から距離を取る。ふわり、柔らかく微笑んだ。

「怖かったよね、ごめんね」

先程までの威圧的な雰囲気が嘘のように優しく笑う彼に警戒心しか抱けず、臨也は危険と判断を下し、男の背後にある扉へどうやって逃げるかを考える。
明らかに警戒している臨也の様子に、「あー」とか「うー」とか意味のない単語を呟きながら奈倉は苦笑を洩らした。

「あーそんな怯えないでよ…俺は君と話がしたいだけ、本当さ」
 
 困ったように眉を下げ、提案してくる男は本当にそれだけが目的のようで、ムキになってしまっている自分がだんだんと恥ずかしくなる。

「少しだけ、でいいなら…」
「そう?…ありがとう、いい子だね」

 臨也の了承にホッとしたのか男が笑う。自分と男は似ている顔だと思ったが、その笑顔は自分とは似ていないな、と思った。










 しばらく経つと、臨也と奈倉は完全に打ち解けていた。奈倉は面白く、話上手だった。どちらかというと臨也も話す方が好きだったが、奈倉の話はずっと聞いていても飽きなかった。べらべらと、水どころか滝のように話す奈倉はそれが出来るくらい知識が豊富であることを示しており、臨也が所々で口を挟んでも嫌な顔一つせず、その反論を上回るような語りをしてきた。
 警戒していたはずなのに、気付いたら気軽に「奈倉」と呼び掛けて、次は?次は?などと話を促がすように成る程、懐いていた。
 凍えそうな屋上にいることも忘れて数時間もそうやって語らっていると、日が暮れるのは当然で、帰りを促がす奈倉に臨也は不満そうな顔をした。

「ねぇ、奈倉。じゃあ明日も此処にきてくれる?」
「いいよ、臨也の願いなら何でも聞いてあげる」
「ほんと?じゃあ明日も明後日もその後も、ずっと此処へ来て!約束だよ?」
「うん、約束」

 臨也は奈倉のことをもうなんとも疑っていなかった。ただ新鮮な存在が嬉しくて、登校中、学校にいる時に感じていた不満も無くなっていた。












「最近、楽しそうじゃないか」

教室でそろそろ帰るか、と支度をしていると新羅が話しかけてきた。

「そう、見える…?」
「あれ、気付いてなかったのかい?君、授業中とかに思い出し笑いとかしちゃってるけど…」
「げ、最悪。」

 思いも寄らない事を言われて、自然と眉間に力が入った。

「綺麗な顔が台無しだよ、臨也」

 にやにやと笑って告げられた言葉によけい、眉間に皺が寄った。

「新羅に褒められても全く嬉しくないんだけど……」
「あはは、でも綺麗ってのは認めるんだね」
「うるさいよ、首がない女が好きなくせにさ」

 セルティの事をそんな風に言うな!と悲鳴を上げる新羅を横目に、教室を後にする。どうせ今頃は首無し女をべらべらと褒め称え続けているに違いない、なにが綺麗、だ。顔に好みも何もないくせに、聞いていてもどうしようもないと判断し、廊下を進んでいると静雄と門田の二人に会った。

「あ、ドタチン久しぶり!」
「あぁ臨也…久しぶりだな」

 約数日ぶりに見た臨也に驚いたのだろう二人は軽く目を見張ったが、臨也から快く声を掛けると挨拶を返してくる。

「…おいノミ蟲……おれぁ無視か………」
「何?シズちゃん、俺今忙しいんだけどー……?」
「てめぇの事情なんざ知らねぇよ、この頃喧嘩してねぇからなぁ………イライラしてんだ…とりあえずぶっ殺させろ!!!!!」

 喋っている内に我慢が出来なくなったらしい。真横に設置されていた消火器に手を掛けて、があああと獣のように叫びながら振りかぶる動作をする。

「おい静雄!臨也はまだ何もしてないんだから止めとけ!」

 暴れようとする静雄を門田が急いで止めてくれる。それに感謝しながら臨也は素早く彼らの横を走り抜けた。

「ありがとうドタチーン!それと俺本当に用事があるからさ、帰るね!ばいばーい!」
「あ、おい臨也!」
「逃げてんじゃねぇーーーー臨也あああああ!!!!」

 後ろから二人の叫びが追いかけてくるが無視だ。事実臨也は急いでいたし、門田の言う通り静雄にはこの頃ちょっかいを掛けていない、殺される覚えがないのだ。だから帰ってしまってもいいと結論付けて臨也は彼の元へと急ぐ。今は静雄で遊ぶよりも彼といる方が楽しいからだ。




(待っててね、奈倉!)









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