寂しくとも明日を待つ2 | ナノ

 





 奈倉は仕事をしていないの、という失礼な質問をしたことがある。彼はそれに口元を引くつかせながら名刺を差し出してきた。名刺には奈倉という名前とアドレスしか書かれておらず、問いの答えにはなっていない、訳が分からなかった。

「何の仕事か…分かんないだろう?…その二つしか情報を載せることが出来ないような仕事さ」

 にやにやしながら言う彼の笑顔が、学校で会った新羅と似ていて少し感に触る。ムキになった臨也が、これだけじゃ分からないよと駄々を捏ねるとやっと教えてくれる。彼はどうやら情報屋、らしい。奈倉にぴったりだ、かっこいいというと彼は黙ったまま俺の頭を撫でてくれた。それはあったかくて、今度会った時も撫でてもらおうと思った。














「奈倉!」

 いつもの場所に行くと奈倉はすでにいた。急いで階段を駆け上ってきたせいで上がってしまった俺の息を、そんなに焦らないでもと笑う。俺はあなたに早く会いたいから急いで来たというのに。

「君はよくここに来るけれど、学校にちゃんと行かなくても大丈夫なのかな?」

 にやにやと意地悪な顔で笑う彼にムッとする。俺はそんな風に子どものように扱われたいわけではない、あなたと対等に向き合いたいだけなのだ。
 走ってきたせいで乱れた髪を彼が手を伸ばして整えてくれる。爪先まで綺麗なその白魚のようなその細い指に鼓動が速まる。

あぁ、俺はあなたが好きだ。
こんなにせつなく苦しい恋をしたのは初めてだった。どうすればいいのか分からない。ただ彼の事を愛し、愛されたいと思った。

「あの、ね…奈倉…」

衝動に任せて、伸ばされたままだった手を掴む。両手でぎゅっと握り込んでみると成人男性にしてはその手は細すぎて、見た目通りのその儚さに胸が切なくなる。どうしたの、と首をかしげられ、俺はその動作に推されるかのようにして一旦閉じた口を開いた。告げるならば今しかない、好き、あなたがどうしようもなく。
 





「好き、俺、奈倉のことが好きなんだ。どうしたらいいのかも分かんないくらい好き」

正直に気持ちを口に出していく度に体が熱くなってくる。身体中に歓喜が満ちてきて心が震える。
本当にこの人が好きなんだと、思い知らされた。幸せだ、俺、今とても幸せだよ。


 可愛くて綺麗で格好良い奈倉、俺が告白してから顔を伏せてしまったからその表情は分からない。彼の答えが予想できなくて、どきどきしながら彼を見つめる。
すると奈倉は体を震わせ始め、どうしたのかと訝しむ暇もなく、堪えきれずに吹き出してしまったような声が聞こえた。



「ぷっ…ふふ……あはははははっいいねぇ傑作だよ!!君が俺のことを好き、だって??面白い、まさかこんなに上手く引っ掛かるなんてさぁっ!!!」



俺の手を振り払い、彼は腹を抱えながらよろめく。冗談ではなく、本気で笑っていた。


「な、なくら……?」
「あーあーあー、君の行動は予想通りすぎてちょっとつまんなかったなぁ…こんなのが“折原臨也”だなんて信じられないよ……いいかい?」


 ぱしっと今度は逆に両手を握られ、引っ張られる。奈倉が顔を近付けてくるけどさっきまで感じていた甘い気持ちを感じることはなかった。
近付いた彼の顔がにんまりと弧を描き、狂気じみた表情に思わず、ひっと悲鳴を漏らす。怖い、こんな奈倉なんて知らないよ。


「最初からさぁアレだったよねーキミ。自分だけが辛い寂しいって酔った顔をしててここで会った時からすでに出来上がっちゃってたよねー、ちょっと俺が突くだけで簡単に勘違いしちゃうし、もう操作のしやすいこと!」


 ひょい、と彼が軽く柵を飛び越え少しの幅しかない足場を、両腕を広げてふらふらとしながら歩く。それに伴い俺の手は彼から解放されたが、どっと出てきた冷や汗が引く様子はなかった。


「“こんな俺でも愛される”って、思っちゃったかなーもしかして。恋愛のママごとは楽しかったかい?…あはは滑稽だよ、本当!自分自身に陶酔している君を見てるのは本当に愉快だった!!…………何度吐きそうになったか」


奈倉の口は止まらない。もう止めてほしいのに俺からは動けない。彼がくるりと振り返って、指を上へと突きだす。
 こっちへ来てごらん、という言葉に、戸惑いつつも力の入らない体でふらふらと柵へと近寄る。のろのろと柵を越えた俺の腕をぐい、と引っ張り、奈倉は俺に無理矢理地面を見せようとする。

「ここで最近何人も自殺しているのは知っているよね……彼らが何で死んだか知りたくはないかい?…皆下んない理由だったよ、リストラや受験、喧嘩、不仲とか君のような恋愛とかでね!」

俺を腕だけで支えるという無理な体勢のまま彼は口を開く。コンクリートには洗い流した後でも染み付いてしまった黒い染みが見えた。奈倉は楽しそうに喋っている、あの染みになったもの達を追い詰めたのが誰だか分かってしまった。



「ねぇ、君もあの一つになってみるー……?」



奈倉の声が遠くなって、コンクリートが近くになったような気がする、支えられていた体が傾いて………・・

瞳に溜まった涙が、重力に従って地面の上に落ちた。













ぱ  た ん、






















ざわざわと変わらず今日も蝿がうるさい。以前と同じように眠気も起きず、俺は眉をひそめ組んだ腕から顔を上げる。


「おはよう、次は現国だよ」

新羅が俺に言う。面倒臭くて手であしらうと、セルティイイ!!と叫びながらどこかに走り去ってしまった。傷ついたらしいが、うるさい。
教師が来て、周りは静かになる。真面目に授業を受ける気にもならず、ぼーっとしながら窓へと目をやる。
外はまだ風が強く吹いていて、強風が吹いていたあの日を自然と連想させた。



















 ぐい、と傾き始めていた腕を引っ張られる。ついでぱっと両腕を離され、慌てて震える足で立つ。
 奈倉はにっこり笑顔のまんま、柵を越えてあっちに戻りながら振り返った。ぽん、と頭を一撫でしてきて、俺を真正面から見据えて一言。


「君のこれからの成長が、楽しみだよ」


じゃあね、
彼は後ろ手をひらひらとさせながら去っていく。俺はそれをつっ立って見つめながら、動くことが出来なかった。
あんなに吹いていた風が止む。扉が閉まる。















( ぱ  た ん、 )
















脳内で扉が閉まって回想は終わる。頭には彼に言われた最後の一言だけが残った。


『成長が、楽しみだよ』


成長、とはどういうことだろうか。人間的に、経済的に、体格的に?……彼はどれを指したのだろうか。
俺が成長したらこうなりたい、と思っていたのはたった一人だ。優しくて、仕事も出来て、綺麗でしなやかな体躯をしていたあの人。
奈倉さん、俺はあなたにあんなことを言われてもまだ、あの燃えるような初恋を忘れられない。狂っていたってなんだ、それすらも愛しい。

成るならば貴方のような男になりたいのだ。あなたのように……………・・



ふと、思った。



俺が彼に追い付けば、彼のように成れば、また会えるのだろうか。
彼のように成長すれば、あのビルには来なくなってしまったあなたに、会えるのではないか。

辿り着いた答えはとても魅力的なもので、俺にはその答えがこの世の中で極上と謳われる甘味よりも勝るもののように思えた。


そうだ、そうしよう!


こんなところでのんびりとしていられない、あの人は確か一度、好物を聞いたときに「人間を、愛している!」と叫んでいた、それならば!

がたりと席から立ち上がり、周りを見下ろす。授業を受けている生徒たちは皆惚けた顔でこちらを見ていて、それがとても笑えた。前は見下してしまった君たちだったが今なら大丈夫だと思った。

全員の顔を視界に入れてすぅ、と一息、俺は彼らに向けて盛大に告白した。





「人、ラブ!俺は人間が好きだ、愛してる!君たちのことが大好きだ!!」





















寂しくとも明日を待つ
(明日になれば少しでもあなたに追い付く気がして、)(待っててください)









企画「背徳者として擯斥せられ」様に提出。
微ヤンデレ臨也×奈倉さん×微ヤンデレ臨也
ピュアだった来神臨也が黒幕な現代臨也になったのが、奈倉さんのせいだったら、という妄想
奈倉さんの存在は未来から来たのでもパラレルから来たのでもどっちでもいいです、自由。
この臨也は将来情報屋を営み“奈倉”を名乗ります。
逢引きしてたビルはアニメ2話のを想像して貰えれば、無駄にアニ臨也の動きを奈倉さんにトレスしてみました。


素敵企画ありがとうございました!応援しています。










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