■動き出したのは、
いつもは通らない、階段もないような草の上を駆けおりた。
いつもは曲がらない道を右に左に曲がり、いかにも「路地」って感じの、建物の影で少し薄暗くなってる狭い場所に入りこみ、壁にもたれ掛かった。
…なんだアレッ!
何してんだよ俺っ!!
今何したんだよっ!!
いや、だってそんな、なんであんなことっ!
はっ!?マジでっ!!?
「あり得ねぇだろ…」
壁に寄りかかり、そのままズルズルとしゃがみこんで右手で顔を、口元を覆った。
なんで?マジでなんで?
−クロバクロバ、うるせぇんだよっ!!−
いや、確かに煩かったけどだからってフツーするか?
何やってんだ俺!
あり得ねぇ。
我ながらあり得ねぇ。
だ、大体、キスってのは好きなヤツに
「…ま、まさか…」
そこまで思い到ってハッとした。
何、俺アイツが好きなわけ?
ないないないない!!
好きになる要素なんて皆無
−なれるよ、工藤くんなら!−
そう言って思い出すのは、「探偵・工藤新一」を語る上できっと真っ先に語られるであろう出来事。
あの日、俺の背中を押したあおいの笑顔だった。
「ちょっと待てー!!」
それってだってオメー、ほぼ最初っからってことじゃねーかっ!!
…ない。
それはさすがにねーだろ、俺。
落ち着け、落ち着いて考えろっ!
早まるんじゃねえっ!!
アイツ好きになっても良いことなんか、っつーか、苦労しかしねーぞ!?
あんなバカで
−先生もね、これなら次の中間で挽回できるんじゃないかって言ってたよ!−
運動も丸っきりダメで
−あおい、別人みたいに見えてカッコよかった…−
なんで数少ねぇ良いところしか思い出せねぇんだよ…!
俺はもっと苦労かけられてるはずだっ!
あんな見た目も中身も猫みてーなヤツ好きになったって良いことなんかねーだろ!
そもそも百歩どころか万歩譲って、俺がアイツを好きだと仮定したとして、だからってキスするか!?
おかしーだろっ!?
いっくら煩かったとは言えフツーしねぇだろ!?
どーすんだよ、明日からっ!
登下校どころか今年はクラスも一緒なんだぞ!?
「あり得ねぇ…」
もうその言葉しか出てこない。
自分の行動に自分で意味不明。
…アイツ明日どんな顔してくんのかな?
さすがに避けられたりはねぇ、よ、な?
だー、もうほんっとマジでどうすんだよっ!!
その後はもう、そのことしか考えられなく、帰宅後も1人悶々としていた。
そして俺がどんな状態でも世界は廻る。
いつも通りのいつもの朝。
「工藤くん、おはよー」
いつもと変わらない光景。
笑顔で挨拶してくるあおい。
…なんで?
は?俺キスしたよな、コイツに。
「おー」
辛うじてそう答えるのが精一杯。
は?マジでなんで?
え、コイツなんとも思ってないわけ?
え!?マジで!?
だってオメー、普通あんないきなり男からキスされたら
−キスしたーーー!!この人私にキスしたーー!!−
って、なるんじゃねーの?
え?なんでフツーなんだよ?
まるで男と、俺とキスなんてしてません、みたいな。
…まさか俺コイツの中で男としてカウントされてねぇとか?
でも俺コイツに裸見られたんだけど。
いや今はそこは問題じゃねーか…。
は?じゃあ何?
マジでカウントされてねぇの?
だいたいコイツの男の基準て
−ほんとは黒羽くん自身がお花背負ってるんだって!!−
アイツかっ!
あんニャロォがあおいの中で「男」なら俺は明らかに規格外じゃねーかっ!
でもそうだよな、万歩譲って俺があおいを好きだと仮定しよう。
でもコイツは、クロバが好きなんじゃねーか!
何俺いきなり失恋?
しかもその相手がこのバカ女?
なんかそれはそれですっげぇ頭にくんだけど!
「そういえばサッカー部連休中に試合って聞いた!」
「…来るか?」
なんてさりげなく誘ってみたものの、
「いかない。園子と2人で蘭の応援しに行く約束してるから」
…クロバ以前の問題な気がしてきた。
今あおいの中で、クロバ>蘭、園子>俺の順。
蘭と園子はまぁ仕方ねぇ許してやる。
でも、滅多に会わねぇ江古田の男になんか負けてられっか!
「あ、なんなら工藤くんの横断幕も作ってって頼もうか?」
「余計なことすんじゃねぇよ!」
いつもと変わらない朝。
変わり始めたのは、俺の心。
この日を境にあおいは俺の中で「手のかかるバカ女」から「手のかかる鈍感バカ女」に昇格した。
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bkm