Clover


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閑話


潜入調査


今日はある目的のため、こちらの世界では初めてのスーツ姿で家を出た。
今日は「江古田高校3年工藤早希子」とバレてはいけない。
普段は着ないスーツと、メイクの仕方も普段と変え、髪型も変えた。
そしてその姿で待ち合わせの江古田駅東口から徒歩3分の場所にある喫茶店に入った。
…うん、まだ来てない。


「アイスコーヒー1つ」


今日の私は20代のOLに見えるだろうか?
ドキドキと、胸を高鳴らせながら待ち人の登場を待った。


「お待たせ」


声のした方に目を向けると、スーツ姿がよく似合う目がねをかけた「彼」が優しく笑っていた。


「どうする?行く?」
「…はい」


わかった、と言った「彼」の後について店を出る。
「外」では極力話さない。
それが私たちが事前に決めていたこと。


「お客様どちらまで?」
「とりあえず真っ直ぐ走ってくれる?」
「かしこまりました」


タクシーの後部に2人無言で座る。
でも、運転手がチラチラと私たちに探りをいれようとしているのがわかった。


「次の信号右ね」
「はい」


目的地を告げられない運転手は、やっぱり嫌なんじゃないだろうか?
そう思った。


「あ、そこ!赤い看板のところに入って」
「…ここ、ですか?」
「そう、入って」


そりゃあ、こんなところにタクシーで乗り付ける人間を観察したくなる気持ちはわからなくもない。
でも少し、というかかなり、感じが悪い。


「どうぞ」


タクシーから降り、今日の目的地である部屋の扉を開け足を踏み入れた。
途端、


「早希子ちゃんスーツ似合うーー!」


ガバーっと後ろから抱きつかれた。


「もういつも使わない香水まで使っちゃって俺抱きつくのかなり我慢したよ?」
「快斗だって目がねかけてくるなんて思わなかったからドキドキした!」
「つーか、あの運転手ぜってぇ俺ら不倫カップルだって思ったよな!?」
「…だって快斗わざとらしく左手の指輪見せてたでしょ?」
「あ、気づいちゃった?」


そんな会話を繰り広げながら室内に入るように促された。


「す、ごーい!ほんとに室内に噴水とブランコがある!」


そう、今日の目的。


−何これ?何見てるの?ここどこ?−
−ラブホ最新事情って特集!最近のラブホ室内にプールあんだって!−
−えー?プールは、別にいい、かなぁ?他にはどんな部屋があるの?−
−んー…、あ!早希子こういうのは?−
−どれー?…え?これ室内?−
−おーぅ!室内に噴水とブランコ!−
−へぇ…、私ラブホって行ったことないけどすごいんだね!−
−…行っちゃう?今度−
−えっ?−
−どうせ行くなら俺たちってバレねー程度に変装してから行くかー!最新ラブホ事情潜入調査!なんてな!−


それもおもしろいかもねぇなんて、冗談だと思って言った先週の始め。
この人に「冗談」なんて言葉ないんだってすっかり忘れてた。
だって快斗の人生がすでに冗談で出来上がってるんだから…!
そんなわけで気を抜いていたら、スーツを与えられた先週末。
何事かと思ったら、すっかり快斗の脳内は最新ラブホ事情潜入調査計画が始動していたようだった。
そして今日のテーマ。
「不倫カップルっぽく待ち合わせてラブホに向かう」という計画が筒がなく遂行されたわけだ。
…普段快斗しか私のコスプレ見ないから知らなかったけど、人前でなりきりながらのコスプレってちょっと楽しい。
なんて言ったら毎週こんなことさせられそうだから絶対言わないけど。


「早希子ー、風呂はー?」
「あ、入るー!」


でもまさか不倫カップルごっこしながらラブホに入ることになるなんて人生わからないわ、ほんとに。


「へー!お風呂の照明も凝ってるね!」
「気に入った?」
「うん!うちとは違ってちょっと楽しい!」


さっきチラッと見たらサウナまであった。
ほんとお金かけてるなー!
って、


「何してるの!」
「だって風呂上がるまで待てないしー!」
「お風呂の中なんて嫌!」
「んじゃあ、そっちのマット行く?」
「マット?マットって?」
「これこれ!こ、れ、を!敷いてやんの!」
「…準備がよろしいんですね」
「しかもいつもはないラブローションつき!」
「…へぇ…」
「いつも以上に気持ちよくしてやるぜ?」


結構です。
って、喉まで出かかったけど、快斗のこの自信たっぷりな笑顔の前にその言葉を飲み込んだ。




調査報告書
報告者 黒羽快斗
調査対象建造物 江古田市○×町hotel marry with
室内状態 5段階中4(最高値5)
照明 5段階中5 風呂場サイコー!
備品 5段階中5 オススメはバラの香りのラブローション!

詳細は次の頁から


「…なんだコレ?」
「新一くんの人生の参考になればと思ってー!俺ってやっさしー!」
「…」
「あ、その3ページ目にある小道具マジで」
「黙れ変態」
「あん?」
「テメー前から言ってるよな?俺の妹になんてことしてやがる!」
「…オメー誤解してるみてぇだから、この際はっきりさせようぜ?」
「何をだ?」
「オメーは俺が無理矢理早希子つきあわせてるみてぇに言ってっけど、それ間違いだからな」
「どう違うんだよ?」
「俺だけじゃなく早希子ちゃんもノリノリだからー!」
「…」
「なんならオメーにも見せてやろーか?スーツ着て20代OLになりきってた早希子を!」
「…だ…」
「あー?」
「オメーのせいで早希子まで変態になったらどーしてくれんだよっ!?」
「え、早希子ちゃんの変態なら大歓迎!」
「ふざけんじゃねーっ!!やっぱりオメーは今死ねっ!!!」


そんなやり取りがされたなんて全く知る由もなく、今日も江古田の夜は更ける。

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bkm

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