■お家訪問(したしされた)
あおいちゃんの周りはだいぶ金持ってる奴らなようで、夏休みは友達がハワイの別荘に招待してくれるそうだ。
…帝丹マジですげぇな。
「友達っていうか、保護者みたいな?」
国内ならまだしも、ハワイにご招待とかどこの財閥の人間と仲良くなったんだよ…。
しかも保護者みたいな立ち位置の奴ってことだろ?
でもまぁ…、わからなくもないけど、な。
そういう奴らのそれはきっと、同情と呼ばれるもの。
俺のこれも、もしかしたらそうなのかもしれない。
いやあの子自体おもしれーし、可愛いし、良い子だから普通に仲良くはなりてぇとは思ったけどな。
でもそれ以上に踏み込んでしまいそうなのは、もしかしたら…。
「…か、カップラーメンが、2つ…」
でもそういうことじゃなく。
このどことなーく頼りなさげで、つい手を貸したくなるような…。
そういうところから来てる、って可能性もあるけど。
とりあえず時差ボケで何もする気力も起きねーだろうと、テキトーに買い出した物を持ってあおいちゃんちに行くことにした。
女の子の家かー。
青子んち以外で何げ初めてかもー、とか。
この時は、そりゃー俺も男だから?下心の「し」の字くらいはあったのかもしれない。
けど基本は困ってる友達のところに差し入れ持ってくついでにメシ作ってやる、って感じだった。
…なのに…。
「待って!?なんで泣いてるのっ!?」
俺がメシ作っただけで(しかも食べてもいないのに)大号泣。
何が起こったか一瞬わからなかった。
「だ、だって、うっ、う゛れ゛し゛く゛て゛ぇぇ」
あぁ、そうか、って。
俺はお袋が家にいる時はお袋が。
たまにたくさん作ったとかで、青子が料理を分けてくれたりしてたわけだけど。
もしかしたらこの子は、1人で暮らすようになってから、そうやって作ってくれる奴、いなかったのかもしれねーな、と。
少し考えればわかるようなことを、この時やっと気がついた。
だからお前のそれは同情だと言われたら、それは違うとは言い切れないけど。
「家で食うのもありじゃね?って言ったの!」
そんな提案をしていた。
俺の提案にあおいちゃんも快く受け入れてくれた。
でも…。
「塩洗い流すの忘れてすっごいしょっぱいゴーヤーチャンプル作っちゃったりさ、」
料理が苦手だと自己申告してくれるのはありがたい。
自らハードル上げて自分の首を締めるような子よりも遥かに好感度が高い。
でもな?
「親子丼、作ったんだけど、…お肉入れ忘れた玉子丼にするところだったり、さ、」
この子俺を笑い殺す気か?
いや待て、本人はすげー真面目にカミングアウトしてるんだ。
笑っちゃマズい、笑っちゃマズい、笑っちゃマズい、堪えろ俺…!
「じゃあ俺と一緒に作ろっか!」
親父がよく言ってた「ポーカーフェイスを忘れるな」がこんなところで役に立つなんて思いもしなかったぜ…!
なんとか笑いに堪えた俺はあおいちゃんと次はどっちの家で作るかって話し合った。
「私っ!江古田に行ってみたい!」
それは「行きたい」って言う軽い願望よりも強く。
「行ってみたい」というもっとずっと強い思いの…ある種切望に近い表現だった。
そりゃー親の遺産があるって言っても限度はあるわけだし。
あんまり無駄遣いも出来ねぇだろうから、行きたいところも行けてないのかも、とか、そんなことが頭を過ぎった。
別に減るもんじゃねーし、俺んちでカレーを作ることにしたわけだけど。
俺んちに来る当日。
ものの見事に迷子になったあおいちゃんは約束した改札とは別の改札に出たところで電話してきた。
例えばこれが青子だったとして。
は?オメー何やってんの?このアホ子が!って言ったと思う。
でもなんでだろうな…。
そんなに多く会っているわけでもないけど、あおいちゃんのこういうところはもう想定の範囲内っていうか、そっかー迷っちゃったかー、で済ませられる俺がいた。
「あ、いたいた!あおいちゃ」
あおいちゃんが電話で告げた改札口の方へ迎えに行き、本人を見つけたから声をかけようとしたんだけど
「…」
鏡になってる柱とにらめっこでもしてるかのように顔を近づけ前髪を直したり、鏡に身体の右側を写したり左側を写したりクルッと回って背中を写したりして全身チェックをしているところだった。
「〜っ」
…なんだあれ!
元々小さくて可愛い子だなーとは思ってたぜ?
でもアレってつまり「俺と会うために」やってるってことだろ!?
はっ!?何それそんなこと今ここでするか!?
「快斗くん?」
それはたぶん「あおいちゃんだから」ではなく、「可愛い女の子が自分のために」していた行動だからと言うものだったと思う。
けどその可愛らしい行動に身悶えてた俺に気づいたあおいちゃんに声をかけられた。
…どーしたも何もなく、オメーが今日の江古田で
「優勝ー!」
そう声を上げたら、
「い、いえーい…?」
よくわかってないようだったけど、わかっていないなりにピースしながら答えてくれた。
…俺、こういうノリ良い子ほんと好き、なんて思いながら家に案内した。
そしてバターチキンカレーを作るって言ったら明らかにあおいちゃんから焦りが見えた。
これきっと余計なこと考えてるな。
「あおいちゃん」
「う、にゅ」
そう思った俺は人差し指でプニッとあおいちゃんのほっぺを突いた。
…え、なんかすげー柔らけーんだけど?
青子とか同級生はもう少し硬かった気する…。
てかあおいちゃん肌綺麗だな…ニキビ1つもねーや!
「…」
「…」
なんて思っていた俺に、あおいちゃんは何故か反論もツッコミもなくされるがまま指をほっぺに突かれ続けていた。
…え?普通、バ快斗何すんのよ!?とか、黒羽くんやめてよー!とか?言うんじゃねーの?
えっ??なんでこの子されるがままなの!?
はっ!?なんでこんな普通に俺の手受け入れてんのっ!?
「ふはっ!」
考えれば考えるほど、わけがわからなくてなんだか笑えてきた。
「失敗したらどーしよー、とか、上手く作れなかったらヤバいー、とか?もしそんなん思ってんだったら、心配しなくていいぜ?例え失敗したとしても、俺が全部食うからさ」
そもそもにして俺がつききりで手伝う以上、そこまで失敗しねーだろうし!
「これさー、俺の手に合わせてるからあおいちゃんにはちょっと大きいかも、って、だからなんで泣いてんのっ!?」
さっきのことで笑えたのは俺だけだったようで、振り返ったあおいちゃんは再び号泣。
一瞬、俺の爪が刺さってたのかとすら思った。
「だって失敗したらボロクソ言われたんだもん!!」
そう言われてからやっと気がついた。
そうだよなー、って。
本人も「親戚の家を転々とっていうよくある奴」って言ってたじゃねーか。
それはつまり「転々とせざるを得なかった何か」があったわけで。
好意的に受け止めてくれる家ならそもそも転々とはしねーだろうし…。
つまりはそういうことだったんだろう。
「俺だって前は失敗してたし。料理出来ねぇくらいじゃ別に何も言わねーよ」
親がいないってこと。
1人で暮らしてるってこと。
わかっていたつもりでも、俺は所詮「つもり」なだけだったのかもしれない。
「快斗くんと友達になれて良かった」
ポツリと呟くように言ったあおいちゃん。
…そうだな。
でも俺はもしかしたら、そう遠くないうちに「友達」になれて良かったとは言えなくなるかもな。
「俺もあおいちゃんと仲良くなれて良かったよ」
そう言った俺に、うさぎみたいな真っ赤になった目を向けながらあおいちゃんは笑った。
.
bkm