■42
「七海ちゃんはどうしたい?」
どこか悲しそうに笑いながら快斗さんは聞いてきた。
私はどうしたいか?
…それはこの上なく狡い質問だ。
「快斗さんはどうするつもりなんですか?」
私に委ねるのではなく、あなたが下している決断はなんなのか。
それを先に言うのが筋ではないだろうか。
「俺は捕まってもいいと思ってるよ」
「…」
「七海ちゃんにならね」
自分の右手を見つめ、グーパーと何度か開いては握ってを繰り返した快斗さんは、
「怪盗ってさー、結構体力いるんだよなー」
それまで空気を一気に変えるような明るい声を出した。
「あと1年とちょっと。俺の体力的にはギリかもね」
「それは逃げること前提だからですよね?」
「そりゃそーでしょ。捕まりたくねーもん。…でも、」
快斗さんは立ち上がり私を見下ろして
「七海ちゃんになら、いいよ。今ここでだったとしても、捕まってやる。だから七海ちゃんの判断に任せるよ」
大きく手を広げながらそう言った。
「どうして私にならいいんですか?」
「ねぇ、それ本気で聞いちゃう?」
七海ちゃんは相変わらずだなー、と快斗さんは声を出して笑った。
「好きな子が喜ぶ顔は見たいでしょ」
「あなたを捕まえたら、私が喜ぶと思ってるんですか?」
「もしかして悲しんでくれるの?」
穏やかに快斗さんは笑っている。
どこか悲しさを感じさせるような先ほどまでの笑顔とは違い、穏やかに心の隙間に染み込むような笑顔を見せる。
これはきっと、彼が覚悟を決めているから見ることの出来る表情。
「快斗さんは、」
「うん?」
「どこが良かったんですか?私の」
捕まってもいいなんて覚悟ができるほど、何が良かったんですか?
「あれっ?俺一目惚れって言わなかったっけ?」
「それはまぁ…聞きましたけど、私たちの本当の最初の出会いって、現場ですよね?」
披露宴に呼ばれて、着飾っている姿を見てのソレならわからなくもない。
でも普段の仕事用スーツで、なんの洒落っ気もない姿を見てどうしたら惚れることが出来るのか。
「俺さー、こう見えてIQクソ高ぇんだ」
「それはまぁ、そうでしょうね」
「あ、驚かない感じ?」
「だってあんなに綿密に計算された犯行や、第三者の真似をするんじゃなくそのものになってしま得るような変装、地頭が良くないと出来ないと思いますよ」
「高評価くれるねぇ。ちなみに俺IQ400ね」
「よんっ、」
「さすがに驚いてくれた?」
良かったー、と、快斗さんは笑った。
…400?
日本人の平均IQが90から110の中で、400!?
今の今まで、この人を捕まえることが出来なかった理由がわかった。
一般的な知能じゃ考えつかない、何の才もない人間に見えるわけのないものを瞬時に見抜くことができる頭脳を兼ね備えてるなら、いくら凡人が集まったところで彼から見たらそれは所詮、烏合の衆。
しかもそれは規則、規律と言う絶対的なレールを敷かれている、行動のパターン化がある程度予測出来る烏合の衆であるならそれは彼にとっては敵にすら値しない。
元々この人を逮捕なんて出来るわけがなかったんだ。
目の前に立つ快斗さんの姿をなんとも言えない思いで見つめていた。
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bkm