■38
「そんなこと話す余裕あるなら大丈夫そうですね」
「あなたが輸血に協力してくれたから」
先ほどの宮野さんの言葉「最後のデート」が胸に引っかかった。
あれを最後と言うのであれば、快斗さんはきっともう…。
「言ってたんですよ、その時」
「うん?」
「いろんなしがらみを捨てて満天の星を眺めて過ごしたい、って」
何故こんなことを話したのかわからない。
でも宮野さんはきっと「彼」の協力者で、他言はしないだろうと思ったからだと思う。
「その時、どんなしがらみを持っているのか聞けば良かったんですかね」
「…どうかしらね。聞いても彼のことだからはぐらかしそうだけど」
「あぁ、そんな気もしますね」
あの日、快斗さんは他になんと言っていただろうか。
ついこの間のことなのに何も思い出せない。
ただ、いつもと変わらずいろんな笑顔を見せてくれた快斗さんの顔だけが脳裏を駆けめぐっていた。
「真実を問えば良かったんでしょうか」
それは自らが蓋をしたこと。
あの時目を逸らさずにいたら、また違っていたのだろうか。
「真実は知るのも告げるのもタイミングが必要なことよ」
そのタイミングじゃなかったんじゃない、と、宮野さんは言った。
そうなのだろうか。
ただ私が、都合のいいことにしか目を向けず、知ろうとしなかっただけなのではないだろうか。
「あなたもしかして、」
私が黙っていたら宮野さんが神妙な声で聞いてきた。
「さっきの言葉、あなたとの関係が最後って捉えてる?」
「……違いますか?」
宮野さんの言葉に数回瞬きをして答えた私に、宮野さんも瞬きをしながらこちらを見た。
「あなたとは今日会ったばかりだけど、彼とはそうね…10年近いつきあいなの」
「思ってた以上に長いですね」
「えぇ」
だからあなたのことより知ってるつもりだけど、と宮野さんは前置きしてから口を開いた。
「彼の言った最後って、あなたとの関係が最後って意味じゃなくて、今ここで自分が死んだとしても、って意味だったと思うわよ?」
宮野さんの言葉に再び忙しなく瞼を動かした。
「それはあり得なくないですか?」
「あら、どうして?」
「刑事と泥棒ですよ?それ以上の理由なんてないです」
首を横に振りながら答える私に、宮野さんは頬づえをついて私を見た。
「あなた本当に知らないのね」
「え?」
「彼、鳥肌が立つほどのロマンチストよ。刑事と泥棒以上の理由をたった一言で言い返すわ」
「なんです?」
「それが運命だから、ってね」
そう言って宮野さんは今日一番の綺麗な笑顔を見せた。
「なんだかそれを言っている姿がすごく目に浮かびます」
「でしょね」
私の知ってる快斗さんは、快斗さんの一部でしかなく、彼の全てではないだろう。
それでも、彼が言いそうだと思ってしまうくらいは私は彼にこの手の言葉を囁かれてきたのだと思う。
「工藤くんに、探偵なんかしてしつこい男は嫌われるなんて言ってたけど、彼も相当だと思うわ」
「し、つこい、わけでは、ないです」
「そう?あの手の顔は諦めが悪いと思うわよ」
「あー…」
「ほら、思い当たるじゃない」
「でも諦めが悪いというか、押しが強いの方ですね」
「違うわね。押しが『強すぎる』のよ」
「…確かに」
美和姉ちゃんとは全然違うタイプなのに、何故か話しやすいと感じた志保さんと、工藤さんが再び出てくるまでのしばらくの間、とりとめなく話し続けていた。
.
bkm