■31
「もしかしてニュース見ちゃった?」
出た瞬間こそ快斗さんは眠そうな声をしていたものの、私の質問で目が覚めたのかはっきりとした口調で答えてくれた。
「はい。ネットニュースのトップになっていたので」
「まじかー」
トップにするほどの怪我でもないんだけどね、と快斗さんは言った。
「女の子に怪我させなくて良かったよ」
怪我の状態を聞くと、全身至るところの打撲、少しの擦り傷と、左腕が上がりづらくなっているらしい。
強行しようと思えばできなくもない。
でもマジックは手先の繊細な動きが要だ。
肝心なところで動かなくなっては困るという判断から、イベント参加を辞退したそうだ。
「リハーサル中の事故なんですか?」
「そそ。こっちの手配通りになってなかったから完全にあちらのミス。ってことで契約違反にはならずに済んでラッキー、ってね」
ネットニュースの通り、快斗さんはリハーサル中に怪我をしたそうだ。
「でも快斗さんならそれくらいのミス、初めから気づきそうですけどね」
「お!七海ちゃん、俺を高評価してくれてるねー」
あはは、と言う声を聞く分には、きっと怪我自体も大丈夫なんだろう。
「でもその時にスマホ壊れちまってさー」
「落としたんですか?」
「そんなとこ。だからデータ全部飛んで連絡できなかったんだ」
ごめんな、と快斗さんは言った。
…快斗さんはプロ意識が高いと思う。
今回も完璧なパフォーマンスを見せられないならと、辞退したくらいだし。
そんな人がリハーサルとはいえ、ステージ上にスマホを持っていくだろうか?
「なら今は新しいスマホですか?」
「新しいっていうか、予備のスマホにSIMカード入れただけ。日本戻ったら新しいの買いに行く予定」
この際iPhoneの最新型買おうかな、と快斗さんは言う。
快斗さんの声を聞く限り、至って普通だ。
だからやっぱり、私の気のせいなのだろう。
…そう、思いたいだけなのかもしれないけど。
「帰国は予定通りなんですか?」
「なにもしかして空港まで迎えに来てくれちゃったりする?」
「…私の送迎はパトカーになりますが」
「わーい、遠慮しときまーす」
何もしてないのに生きた心地しなそうと快斗さんは言う。
きっとお互いに、耳元で小さな笑い声を聞いてさらに笑顔になっている。
そんなことを想像してしま得るような穏やかな空気に、再び私の心の奥底に疑いの種は沈んでいった気がした。
…いったい、あと何回繰り返すのだろう。
あと何回繰り返せば、彼とキッドは完全に無関係だと思えるのだろう。
それ以前に私は、あと何回繰り返せば、彼に疑念を打ち明けることができるのだろう。
打ち明けるような決心がつく日なんて、くるのだろうか。
耳を掠める快斗さんの声に、強く目を閉じた。
.
bkm