■最期の願い
人は死ぬ直前に、走馬灯を見るらしい。
過去の思い出や感情が一瞬で沸き起こる、って。
この短い人生で、悔いて思い起こすほどの出来事なんてなかった私は、直前に見た巨大広告を思い出した。
あぁ神様。
次に生まれ変われるならば、彼らのような人生を送れますように。
何かに夢中になって輝いている彼ら、彼、と、恋がしたい、です。
−それがキミの願い?−
…今何か声が聞こえた?
−キミの願いを、叶えてあげる−
え?
−この世に生きているものは皆最期の瞬間、なんでも一つだけ願いが叶えられるんだ−
そもそも今日はついてなかった。
英語は抜き打ちテストだったし、数学は予習し忘れたのに当たるし、体育でバレーボールを顔面レシーブするし…!
ホントにホントについてない日で。
早めに帰って部屋でまったりしようと思ってた、のに。
−キミの願いは「彼ら」のような、生を送ること?−
iPod聞きながら歩いてたのがいけなかった。
車が突っ込んできたのに気づかず、ぶつかったんだって気づいた時には体が宙を舞っていた。
「私は、死んだ、…の?」
自分が今置かれている状況が把握できない。
そもそも今いる場所もわからない。
すごく不思議な場所。
走馬灯のようなものを見た後、気がついたらいた、真っ暗闇の空間。
自分が浮いているようで、どちらが上でどちらが下かわからない。
でも怖くない。
海の中にいるような感覚。
心臓の音だけが響いている空間。
−正確には違う。でも時間の問題−
頭に直接響く不思議な声。
でもこの声も何故か、怖くない。
死ぬかもしれない、そう聞いても怖いとか悲しいとか。
そういう感情が湧かないのはこの不思議な空間と声が、あまりにも非現実的すぎるからなのかもしれない。
−キミの最期の願いは、生まれ変わって「彼ら」のような生を送ること?−
最後に思い起こしたのは跳ねられる直前に見た、なんでも今年で15周年を迎えたんだとか書いてあったアニメ映画の巨大広告。
昔、私が大好きだったアニメ。
登場人物のカッコ良さにドキドキしながらあり得ない展開だと思いつつも、はまったアニメ。
その登場人物の1人に幼い私は恋をした。
「…なんでも叶えてくれるの?」
−最期に、一つだけならね−
たった一つでも、なんでも叶えてもらえるなら…。
「彼らの世界に行きたい!行ってキッドと恋がしたい!!」
この時の私にお父さんやお母さんが…とか、友達が…とか。
そういう考えは頭に全くなく、あるのはただ、私の大好きなアニメの登場人物、怪盗キッド。
昔、小学生の私が恋をした人のことだけだった。
−叶えられる願いは一つ。彼らの世界に行きたいの?彼と恋がしたいの?−
「え!?コナンの世界に行って、キッドと恋がしたい、ん、です、が…。」
弱くなる私の言葉に、その声は押し黙っていた。
−…わかった。キミを彼らの世界に連れて行こう−
どのくらいかの時が流れてから再び頭の中に声が響いた。
−あちらの生活に溶け込めるように諸々の用意もしよう−
自分でもだんだんテンションがあがるのがわかる。
−ただし−
上がったテンションに水を差すってのは正にこのこと。
−ボクが干渉するのはそこまで。後はキミが好きなように生きたらいい−
「…ええ!?」
−…これがボクができる精一杯。キミが誰と結ばれるかは、キミ次第だよ−
「ち、ちょっと待って!!」
頭に直接響いていた声が、徐々に小さくなっていく。
慌ててあたりを見回してもそこはやっぱり何もない空間で。
どうしよう、そう思ったとき目の端で光が漏れている場所を見つけた。
何もない空間で見つけた光に、ためらうなんて気持ちは生まれずに私はただただ手を伸ばし光の方に進んで行った。
…光を掴まえた。
そう思った瞬間、右手で掴んだはずの光は光度を増し一瞬で私の体を飲み込んだ。
突然の光の洪水に目が眩んだ私は、伸ばした腕をそのままに、その場に膝をついた。
膝からは草の柔らかい感触。
耳には鳥の鳴き声や子供たちがはしゃぐ声。
全身に触れる柔らかい日射しに、それまで閉じていた瞼をゆるゆると開き立ち上がった。
…そこはどこかの芝生のようで、少し奥に目を向けると先ほどまで自分がいたところとは明らかに違う、人工的に整備された公園のようなものが映りこんできた。
「ホ、ントに、来た、の…?」
自分がいたのはいつもの通学路の交差点。
明らかに違うこの場所。
−最期に一つだけ願いを叶えてあげる−
あれは、現実?
それともこれは夢の続き?
私は覚めない夢を見ているような、そんな錯覚に陥った。
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bkm