日常?いいえ、非日常です


これは、なにか悪い夢なのだろうか。

女は漠然とそう思った。

だって夢でなければ、目の前で自販機が宙に浮くことはないし、そもそも人間が自販機を持ち上げることなんてできはしないのだから。しかも自販機がなくなったからといってガードレールや標識を引っこ抜いて人に投げるなんてありえないのだ。


「シズちゃん、今日俺は仕事で池袋に来てただけだよ。君に用なんてない」

「うるせえ。死ね」

「会話が成立してないね。これだから単細胞は…」

「黙れクソノミ蟲がぁぁぁ!!」


やれやれ、と肩をすくめる青年はファー付きの黒いコートを羽織っていて、眉目秀麗という言葉を擬人化させたような顔つきをしていた。

そして自販機などを持ち上げた男はバーテン服を着ていた。なぜバーテン服を着ているのか。そもそもバーテンダーはこの時間に働いているのか。

女はよくわからないことだらけで混乱していた。先程会話の中に出てきた“池袋”とはなんなのだろうか。ここは江戸ではないのか?確かにこんな所は江戸では見たことがないが…それに、彼らを含める周りの人間――最も、今は人っ子一人いないが――も着物を着ていない。

これはどういうことなのだろうか。女――風香は混乱する頭で必死に考えた。そして一つの結論にたどり着いた。

――いやいやいやいや。ない。それはない。絶対にない。有り得ないから。てかなに?あたし被害者じゃん。完全に被害者じゃん。ふざけろよ。つーか信じないぞ。なんであたしがこんな目に合わにゃならんの。ふざけろよブッ殺すぞ。

風香が心の中でキレているのは理由がある。

事の発端は、つい数時間前に遡る。