誰かの声がする・・・・と、俺は耳をすませた。
それは私を管理している男の声と、まだあどけなさの残る娘の声。
俺はついに、折られる日が来るのかと覚悟を決めた。
どんな審神者が俺を顕現させようと力を使ったが、俺はその全てを拒否してきた。
顕現されるということはまた、あの時のような目にあうかもしれない・・・。
もう、忘れたいのに忘れられない。
折られた仲間たち。血まみれで倒れる主の姿。
呆然と立ち尽くすだけの俺・・・・。
そんな記憶を抱えて時間を過ごすよりかはいっそのこと、折ってくれたほうが幸せなのに・・・。
三日月宗近としての人生を、終わらせてしまいたい。
いや、人生という言葉は、不適切だな。俺は人ではない・・・。
己の言葉に笑ってしまった。

そんなことを考えてるうちに、俺は娘に抱えられ外に出る。
日の光を浴びるのは、何年ぶりだろうか?
俺は娘とともに時代を超える。やってきたのは、戦国の世の本丸であった。
俺が以前、いた時代の・・・・。俺は、折られるのではないのだろうか?
少しの希望が、絶望に変わる。

広い部屋に置かれた俺を、いくつもの刀剣たちが囲む。
俺を眺めては、「綺麗」だとか、「さすが天下五剣」だとか言葉を紡いだ。
その中に、見知った顔がある。鶴丸国永と、一期一振。
かつての仲間を思い出した。
俺のいた本丸も、このように賑やかであった。

(懐かしい・・・。あの頃は幸せであったな。)

前の主は、男であった。
他の刀剣たちからも好かれ、頭のよい、心優しき青年であった。
俺の晩酌にもつきあってくれていた。全てが懐かしい思い出・・・。

「今日はここまで。少し三日月宗近を休ませてあげるわ。」

短刀たちの間に、割って入る娘。
俺をあの薄暗い部屋から持ち出した人物。この娘が、この本丸の審神者であったか。
まだあどけなさの残る娘。
一期は俺に、この娘を傷つければ許さないと言い、部屋を出て行く。
刀剣たちがみな、この娘のことを好いておる。
娘は言った。顕現したくないのなら、しなくてよい・・・と。
その時は、娘が俺を折ってくれるのだという。

辛い記憶を残したまま過ごすのは、あなたにとってあまりにも残酷なことでしょう?

娘の言葉に、俺の体が震える。
おぬしは、俺の気持ちが分かるのか・・・?



「これが三日月宗近・・・。確かに綺麗だな。でも、俺のほうがかわいいもん!」

「天下五剣に対して、ライバル意識を燃やしてどうする。加州清光・・・。
だがしかし、さすがの名刀。写しの俺とは、全く違う・・・。」

「三日月殿を見て、ブルーにならないで欲しいな、国広君。」

とある夜、三振の刀剣が俺の元を訪れた。
山姥切国広、加州清光、そして・・・同じ三条派の石切丸。
その三人は、俺に話があると言う。俺は黙って石切丸の話を聞いた。
石切丸もかつては、俺と同じように主を失った経験を持つ刀剣であった。
そして、顕現され暴走した彼を止めたのが、隣にいる加州清光と山姥切国広と、あの娘。
彼女は美奈というらしい・・・。

「で、俺たちが何を言いたいかっていうと、もしまた同じようなことが起こったなら、
俺たちは本気であんたを折るから、そのつもりでねってこと。
でもきっと、それはあの人の本意じゃないと思うよ。」

「確かにね。彼女は腕を切られてでも、私を抱きしめてくれた。
あの時私は、美奈の優しさを垣間見たよ。
三日月殿。一度、人の姿に戻って、確かめてみてはどうだろうか?
美奈の優しさを。私たちの強さを。
それで君の過去や辛さが消えるとは思わない。
けれども、時間が止まったままはよくないと私は思う。少しでも踏み出せばきっと、何かが変わる。
私がそうであったように・・・。
用件はそれだけだ。じゃあ、私たちもう寝ることにするよ。明日から遠征だしね。」

明かりが消され、三振が立ち去る。
しん・・・と静まり帰ったこの本丸。開け放たれた障子から、月の光が差し込んでくる。
日の光とは違う、静かな暖かさ。
俺は、自分自身に与えられた力に手を伸ばす。
その瞬間、刀剣であった三日月宗近は、人の姿の三日月宗近へと変わる。
この感じ、どこか懐かしく思えた。
青い狩衣。その重さに体がついていかず、少しよろける。

「ははっ・・・。人の姿というものは、やはり少々不便に思う。」

そのまま静かに、部屋を出た。俺には確かめたいことがある。
美奈には、俺の辛さを消してくれる力があるかどうかを確かめたかった。

(確か、ここであるな。美奈の部屋は・・・)

静かに襖を開けると、布団の中で小さく丸くなって眠る美奈の姿。
その姿が、以前の主と重なった。

「俺はお前に問いたい。おぬしには、俺のこの辛さが拭えるのかと・・・。
俺の辛い気持ちを、おぬしは分かってくれるのかと・・・。
美奈殿、教えてほしい。俺は一体、どうするべきなのか・・・。」

眠る美奈の布団にもぐり込み、俺は美奈の体を抱きしめた。
そうすれば全ての答えが見つかるような気がしたから。

「・・・一緒に、いれば・・・いいと思うよ。その辛さが消えるまで・・・」

うわごとのように、彼女がそうつぶやき、ぎゅっと背中に腕がまわされる。
驚いて美奈の顔を見てみれば、彼女は眠ったままだった。
夢でも見ているのだろうか?
ふっ・・・と自然に、口元が緩んでしまう。
答えが見つかったような気がした。俺はこのまま、人の姿を保つ事にしよう。
この本丸でなら、俺の傷も癒せるような気がしたから・・・。
今はただ、眠りたい。このぬくもりに包まれて・・・。
人の体というものは、本当に不便だ。
安心やぬくもりを感じれば、眠くなってしまうのだから・・・。



翌日・・・。

三日月宗近が部屋から消え、本丸の中は朝から大騒ぎになった。
審神者の部屋以外、どこを探しても見つからず。
三日月宗近が置かれていた場所の前で、加州清光は腕組みしていた。

「昨日の脅しのせいで、逃げたのかなぁ?」

「誰かが盗んでいった可能性も考えられる。やはりもう少し、本丸の強化をするべきでは?」

「いや。自分から出ていった可能性のほうが高いと思うよ、国広君。
やっぱり、彼にはこの本丸は辛すぎたかな・・・」

そう話している三振のところへ、五虎退が遠慮がちに声をかけてきた。

「あの・・・皆さん。実は先ほど主殿のお部屋へ行ったのですが、
見知らぬ男の人が主のことを抱きしめたまま寝てらして・・・・・」

彼の言葉に、清光・国広・石切丸の三振が顔を見合わせる。
もしやと思い、彼らは美奈の部屋へと急ぐ。
話を聞きつけた他の刀剣たちがすでに部屋を訪れていた。

「おやおや、これはこれは・・・・」

「どういう風の吹き回しだ?」

「なぁ、このじいさん、今すぐにでも折っちゃっていいかなぁ?」

三振が口々にそう言う。
布団の中では、体の大きい三日月宗近が、大事そうに美奈を抱きしめてスヤスヤと眠っていた。
美奈も、いやがることなく気持ち良さそうに眠っている。

「しばらくこのままにしといてあげようか。彼の心の傷が癒えるまでね・・・。」

「えーーーーー。俺はやだよ。こんなじいさんが、美奈を抱きしめたまま寝てるなんて。
ずるい!ずるすぎる!俺は美奈の初期刀なのに!
俺だってこんなことしたことないのに!」

「それなら今夜、美奈に交渉してみればいいだろう?」

「あーーーー!国広、もしかして強がっちゃってる?
お前だってほんとは、美奈と一緒に寝たいと思ってるくせに!」

「なっ・・・・何を馬鹿なこと言ってる!加州清光!」

「あれ?もしかして国広君、図星かい?」

「あんたまで・・・・。やはりあのとき、あんたの事は折っとくべきだった・・・」

わいわいと騒ぐ刀剣たちの声を聞きながら、薄目を開ける三日月宗近。

(辛さが消えるまで、もう少しこのままで・・・・)

そのまま再び目を閉じる。彼の狸寝入りに気づく者はいなかった。



ーーーーーーー 続く ーーーーーーー



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