審神者である今の主が最初に顕現させたのが、俺だった。
天下五剣の中で最も美しいと言われ、足利の宝剣として骨喰と並び、人々から愛でられた。
俺はいつも、人々を魅了していった。美しさゆえに。
長い歴史の中で持ち主が幾度も代替わりし、俺は様々な主を持った。
今回は、審神者なる者が主。名前を美奈という。
かわいらしい女性(にょしょう)であった。俺を持つには不釣り合いなくらいに・・・。
しかし彼女の霊力は、桁違いだった。おそろしく強大で、しかも剣の道も極めている。
普段はおっとりしているが、戦いのこととなると野性的になった。
彼女の一族は狐の眷属の血が混じっていると聞いた時、何となく理解した。
霊力の高さも、野性的になるところも・・・・。
同時に、彼女が愛しいと思うようになっていった。
共に生活する中で彼女の美しさや仕草、物事の考え方、刀剣に対する優しさ・・・全てを見た。
これが人の言葉で言う、「恋」だということに気づいたのは、俺たち三条派が全員そろった頃であった。

「宗近、少し禊に行ってまいります。」

狐の眷属の血が混ざっている美奈は、数日に一回、禊をしなければならないらしい。
そうしないと霊力が高まりすぎ、人としての体を壊してしまうらしい。

「あい分かった。俺がそばまでついて行こうか?」

「大丈夫。本丸から近いところだし、それに誰にも邪魔して欲しくない。
禊は一人でやりたいから・・・」

それはいつもの答え。
美奈は昔から、誰かを禊に同行させることを嫌った。
近侍である俺さえ、禊に同行することを許されたことがない。

「そうか。それでは三条の面々に、美奈の行き先を言っておこう。
俺たちが常に気を張っているので、何かあった時は俺たちを呼んでくれ。」

「お願いね。」

美奈は短く答えると部屋を出て行った。
俺たち三条派の刀剣は、主と長く過ごしているがゆえ、主と離れていてもその気配が読み取れる。
主の気配が乱れる時は、主が助けを呼んでいる時。
主の気配が消えた時は、主に何かあった時・・・。
彼女を見送り、俺は三条派がそろう部屋を訪れ、彼女が禊に行ったことを伝える。

「そうですね。今宵は満月。獣の力が高まる日。禊が必要かもしれません。」

「でも、なんだか不気味な満月だな。何もないといいんだが・・・」

岩融の言葉に、胸がざわついた。
やはり、美奈がいやがってでもついていったほうがよかっただろうか?

「・・・三日月殿、そのような顔をされなくても・・・。
私が主の安全を祈祷しておこう。」

「すまんな、石切丸。俺は美奈の部屋にいることにしよう。
美奈が帰ってきた時、すぐに体を温められるように・・・」

「おや。聞き捨てならない発言ですな。近侍とは羨ましいものですなぁ。」

「ぼくも あるじさまといっしょに おふとんでねたいです。」

「ほーらほら。年長者をからかうんじゃねーよ。
小狐丸、今剣。誰かと一緒に寝たいなら、俺が寝てやるって!」

「誰がおぬしなんかと・・・。むさくるしいわ。」

「いわとおしとねるのは おふとんをぜんぶもっていかれるから・・・いやです」

わいわいと騒ぐ三人を尻目に、石切丸へ美奈の祈祷だけ任せ部屋に戻る。
美奈のいない部屋は、とても静かで広かった。
彼女が禊に行っている夜は、いつもこの部屋で一人で過ごす。
体を冷やして帰ってきた彼女を暖めるための準備をしておく。
暖かい薬湯を用意し、着替えと床を準備しておく。
準備し終えると、静かに瞑想しながら彼女を待つ。
瞑想中、頭に駆け巡るのは、これまでの自分の記憶と昔の主たち。
いつものように今日も、ふすまの近くに座り、瞑想を始めようとした。
だが・・・・・・

パチッ・・・・・!

蝋燭の火が弾け、ツーンと何かが耳をつんざき、一瞬音が聞こえなくなる。
気配が・・・乱れている。美奈の・・・・!
ドタドタと廊下を走る音が響き、パンッと障子が開いた。

「三日月・・・!主の気配が・・・・!」

「あるじさまが・・・あぶない!」

今剣と岩融の言葉に、すくっと立った。腰に備える三日月宗近に手をかけて。

「祈祷は役に立たなかったか!急ごう!一刻を争う!」

石切丸が本丸を飛び出して行く。それを合図に、他の三条派も走り出した。
心の臓がばくばくと音を立てていた。
美奈の気配はまだ消えてはおらぬ。まだ生きている。
もし間に合わず、彼女の気配が消えてしまったら・・・・?
俺は、どうなってしまうのだろう?愛する者を失った俺は・・・・。

* * *

彼女がいつも、禊をしている場所に着く。
白い着物を着た美奈が、泉のそばに倒れていた。
禊の最中であったのだろう。濡れた髪が頬にはりつき、白い着物が彼女の体の線を映し出していた。
地面に散らばる、彼女から流れ出た赤い血・・・。
肩や背中を大きく切られ、その血はまだ止まっていなかった。

「あるじさまっ!!」

真っ青になった今剣が、美奈に駆け寄る。
うつろな目で今剣を見た彼女は、名前を呼んだ。

「今剣・・・・それに、みんなも、宗近も・・・・」

「ぬし様・・・なんとおいたわしい!代わって差し上げたい!」

「とにかく、一度戻ろうぞ。主の傷を手当せねば!」

体の大きい岩融が彼女を背負い、今剣が泣きじゃくりながらあとをついていく。
今剣を慰めながら歩く石切丸と、唇をかんでいる小狐丸。
何があった。ここで・・・・。
調べたい衝動と、彼女のそばにいたい欲求が俺の中でぶつかる。
最終的に俺の欲求のほうを取る。俺は美奈の近侍だ。そばにいなければ・・・。
そういう身勝手な理由をつけて・・・。

* * *

本丸にて、石切丸が手慣れた手つきで彼女の傷を手当する。

「むねちか・・・むねちか・・・・。どこ?どこにいるの?こわい・・・。」

「俺はここにおる。心配するな。今はゆっくり休め。」

彼女は痛みと戦っていた。恐怖とも・・・・。
俺を求める手が、ふとんからのばされる。
そっと手を取ると、彼女は小さく笑った。
幸いにも、俺が用意しておいた薬湯が彼女の痛みを和らげる。
静かに眠りについた美奈を囲み、誰もが安堵する。
俺の手は、固く握られたままだった。

「だれかが あるじさまを おそったってことですよね?ころしたい・・・・。」

「おそらく敵であろうな。私のぬし様を斬るなど・・・・許せないです」

最初に今剣が口を開き、小狐丸が牙をむき出しにして唸る。地響きのように低い声だった。

「俺も同じぞ。見つけ出して、叩き切ってくれるわ!」

「私も彼女を傷つけた相手がとても許せないね。
今回ばかりは派手に暴れても、誰にもとがめられはしないだろう・・・」

いつも冷静な石切丸も、今回ばかりは怒りに満ちた表情を浮かべていた。
それは俺も同じ・・・。
奴らは俺にとって愛しい者を傷つけた。それ相応の代価は支払ってもらわねば・・・。
もちろんその代価とは・・・死だ。

「敵とまみえようぞ。この代価はきちんと支払ってもらわねば、三条の気が済まぬ。」

俺は彼女から手を放し、代わりに一つ唇に口づけを落として立ち上がった。
残りの面々も、手に己の武器を持ち、立ち上がる。
みなのつり上がった目。敵は我々、三条を怒らせた。
奴らに未来などない。俺たちが・・・潰してやろう。
美奈のためなら俺たちは、どこまでも非情になれる・・・。



冷たき刃



back




[ 13/21 ]

[*prev] [next#]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -