「狐が一匹、うろうろ中。
体の大きい狐だけれど、名前は可愛く小狐丸。
白い毛並みが自慢の太刀。
主を探して今日もうろうろ。
手には櫛を持っていて、いつも毛づやを気にしてる。
主を発見。狐はお部屋へ入ったよ。」

縁側に座っていた蛍丸が、どこにでもあるような童謡のリズムでオリジナルの歌を歌っている。
そばにいた山姥切国広が、「またか・・・」とため息をついた。
この前偶然鶴丸が拾ってきた小狐丸。
常に毛づやを気にしており、毛づやが乱れると櫛を持って美奈を訪ねる。
今日で3回目の訪問だ。

「毛が乱れるのが嫌なら、切ってしまえばいいものを・・・」

国広が悪態づいている様子を見て、蛍丸がぼそっと呟いた。

「国広兄ちゃん、やきもちやいてんの?」

「・・・・うるさいな!そんなわけないだろ!」


* * *

「ぬし様、また毛づやが乱れてしまいました。
毛づくろい、お願いしてもよろしいですか?」

小狐丸は手に持っていた櫛を差し出し、美奈の目を見る。
彼女は困った顔をしていたが、嫌そうではなかった。
「またですか・・・?」といい、櫛を受け取る。
彼女の手が自分の手に軽く触れるだけで小狐丸は胸を高鳴らせた。

「では、ぬし様お願いします」

すとんと美奈の前に背を向けて座った彼は、静かに目を閉じる。
しばらくして、自身の髪が軽くひっぱられるような感覚。
美奈が優しい手つきで小狐丸の髪に櫛を通していく。

「でも、何度見ても小狐丸の髪は本当に綺麗ですね。
太陽に照らされて、キラキラ輝いております。」

鈴のような声色に、小狐丸はさらに胸を高鳴らせる。
彼にとって、今は彼女が一番のお気に入り。
彼女に髪をといてもらうのも好きだが、このあとに同じ櫛で彼女の髪をとくのも好きだ。

「はい、綺麗になりましたよ。」

「ありがとうございます。今度はぬし様の髪もといて差し上げます。」

「さっきといてくれたばっかりなのに?」

クスクスと、美奈が笑った。

「はい。ぬし様は私の毛づくろいをしてくれました。だからそのお返しです。」

今度は美奈が、小狐丸の前に背を向けて座る。
綺麗に結わえられた髪をほどき、小狐丸は黒くて艶のある長い髪に櫛を入れた。
スッと通る感覚と、髪から立ち込めるいい香り。

(ぬし様の髪は、本当によい香りがする)

うっとりと小狐丸は目を細めた。
猫がまたたびの香りが好きなように、彼は美奈の髪の香りが好きだった。
彼は髪をとく手を止める。美奈の髪をひと房すくい、クンクンと犬のように嗅ぐ。

「何をしてるの?小狐丸?」

「ぬし様の香りを、この小狐丸に刻み付けているのです。」

髪の香りを嗅ぐと、今度は肌の香りをかぎたくなる。
小狐丸はそっと、彼女の背中に覆いかぶさった。
髪とは違う、甘い香りがふわっと漂う。
同時に美奈の上ずった声も上がった。

「小狐丸っ?どうしたのですか、いきなりっ」

「ぬし様の香りにあたってしまったみたいです。もう少しこのまま・・・」

小狐丸は、全身で美奈の香りとぬくもりを感じていた。
最初は生身の体を与えられ、人間に仕えることを快く思っていなかった。
いつも自分は、人間の欲という汚い部分を見てきたからだ。
でも、今回は違う。

(ぬし様は、私を大事にしてくださる。
私の毛並みをほめてくださり、優しくしてくださる。
人間でない私を、人間と同等に扱ってくれる。
私はこの方のためなら命をかけてもいい。)

「ぬし様、私はあなたのことを好いておりますよ。」

小狐丸が美奈の耳元でささやくと、彼女の体は一気に火照りあがる。
にんまりと小狐丸は笑った。
これからも、あなたとこういうふうに過ごしたい。
それは小狐丸のささやかな願いでもあった。


あなたと一緒に毛づくろい



* * *

「おい、小狐丸。あいつに変なことしてないだろうな?」

小狐丸が部屋を出ると、鬼のような形相で国広が仁王立ちしていた。

「はて?変なこととはどんなことでしょうか?
私はただ、ぬし様に毛並みを整えてもらっていただけにございますよ。」

にこっと国広に笑いかけると、あきれたように彼は呟く。

「まったく。あきれたやつだ・・・」

「そういうあなたもね。嫉妬心がバレバレですよ。」

「なっ・・・・・・!?違う!俺はそんなんじゃ・・・!」

焦る国広の横を、涼しい顔で通り抜ける小狐丸だった。


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