「もう、あれから何年もたつんやね……」

 その声は、初夏の風で青くすんだ空に行きました。



優しい少女と銀色の風の物語



 あるところに、はやてという名前を持つ少女がいました。
 栗色の髪をさらさらとショートボブにして、前髪を赤いクロスと黄色のピンで止めた、かわいらしい少女。
 はやては、ずっと一人でした。
 彼女の記憶が残る能力がついたときにはすでに一人で世界に放り出させれていたのです。何も知らない、何もわからない状態で。小さな体が背負っていた事実は、いわゆる、天涯孤独というものでした。
 さらに、彼女の足には大きな重りが付けられていました。――いえ、“重り”という“物”ではないのでしたが。けれど、彼女の自由は、それにも奪われていたのです。
 それでも、彼女は生きていました。

 そんなある日。
 少女の前に、四人の影が現れました。

 彼らは『雲の守り人』――しかし、実際にその役割を果たしているわけではありません。彼らはその名前を掲げる、一種の団体でした。
 『雲の守り人』は、ずっと一人だったはやてを守るために、彼女の前に現れました。
 彼らははやてを見つけると、大事そうに抱えます。
 そしてそれは、暗闇にずっといたはやてにとって、はじめての温もりでした。はやては、その知らない優しさに、ぎゅっと抱きついたのでした。
 それは、はやての八歳の誕生日の出来事でした。

 それから、はやては『風の守り人』の家で一緒に住みはじめました。
 そこには、彼女を連れ出してくれた人々も一緒でした。凜とした女性、強がりな少女、柔らかな女性、誇り高き男性……はやてと共に暮らす彼らも、元は昔、一人ぼっちだった者達。『雲の守り人』というのは、家族のいない者達が集まる施設だったのです。
 しかし、そんな悲しいことをはやては全く感じませんでした。だって彼らといると、優しくて、あったかくて。いつしかはやて達は不思議な集団になっていました。……“不思議な集団”と言うのは、彼女らは知らないから、言葉にできないからでした。けれど、他の人から見れば、その形は……“家族”でした。
 彼女は、そんな温もりの中で、毎日幸せそうに笑っていました。

 ……しかし。その中ではやてと彼らには一つ、約束がありました。
 それは、家の屋根裏部屋。そこには絶対いっちゃいけない、と。
 はやてははじめ、その約束を守っていました。けれど、どうしても気になってしまったのです。

 はやてがここに来てから一年。一緒に過ごすメンバーがはやてとの出会いの記念日を祝おうと買い物にでかけました。はやては主役だから、と留守番を任されて。
 そのときはやてはつい興味心で、屋根裏部屋に向かいました。
 一人じゃまだ動かせない足を引きずって彼女は屋根裏部屋の扉に手をかけました。そのときです。ノブへの力は入れていないのに、ドアが開きました。
 扉の向こうに広がっていたのは、ほこりまみれの暗闇。
 はやては、ほんとに誰も入ってないんやな……と思って中に入り、そのとき、カサリ、と何かが音を立てました。
「誰や!?」
 思わず、大きな声で叫びました。その後は、静寂。しかし、何か音がします。はやて以外の……呼吸。
 はやては少しこわいながらも、奥に進んでいきました。
 そして、部屋の端っこ。そこに、一つの影がありました。
「……。あなた、誰や?」
 そのときです。さら、と風がなびきました。窓もない屋根裏部屋に、風が。
 そして、それとともに銀色の流れがはやての目にうつりました。
 その流れが止まるとき、はやての目の前にいたのは、朱い目を細かく揺らしながら彼女を見つめる、銀の髪を持った少女でした。

 それから、はやてはその少女と仲良くなりました。少女は口少なく、ずっと口を閉ざしていました。対照的に、喋ることが『雲の守り人』に来てから好きになったはやては少女にどんどん質問しました。
 なんでここにいたんや?どこに住んどるん?あかい目なんてめずらしいなぁー。…………。
 しかし、少女は全く喋りませんでした。目線ははやてにさえ向けず、すべてを閉ざすような。
 はやては、しばらく喋っていましたが、その少女の違和感に声を発するのをやめました。……さて、どうしましょう。ここに来てから、人が好きになってしまったはやては、どうしてもこの子と仲良くなりたいみたいです。
 はやては頭をひねりました。どうしたら、この子とお話できるやろか……。
 そして、ふと思いだしたのは、はやてが前に読んだ本でした。本が好きなはやてが得に大好きな、二人の少女の物語。その話のラストシーン。それから紡がれていく二人の絆。
 はやては、思いきってもう一度、少女に声をかけました。
「なぁ、」
 その声に、少女はまたびくりと震えた。再び見開かれた朱い目にはやてはまた心を痛めましたが、ちゃんと今度は、次の言葉を発せられました。
「わたし、“はやて”って言うんや」
 それは、物語にあった、絆のはじまりを作る、大切なこと。
「………はや、て……?」
「そや。……やから、」
 ――だから。
「……あなたの名前って、なんなんや?」
 明るく、されど優しい言い方に。
「……リイン…リインフォース……」
 そっとはかれた、はじめて聞く小さな音色。
「リインフォース――ええ名前やないか!よろしくなっ、リインフォースっ!!」
 はやては、その名前を繰り返しながら、満天な笑顔で抱きつきました。
 それが、はやてと少女――リインフォースの絆のはじまり。





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