「ティアナ」
「はい?」
 かちゃ、と皿と皿が洗い桶の中でぶつかり音がなる。私は、桶から一枚、皿をとり、泡をたてた柔らかいスポンジで擦り、汚れを落としていた。
 それは、ラグナ達が仲良く眠りについたころだった。
「明日……久しぶりの休日、だよな」
 後ろから聞こえる声――今は、夫、というのだろうか。けれど、私は言ったことがない。だって、今だに実感がないし、何より、恥ずかしいから――は、昔より落ち着いて、しかし、どこか気分が高まった声。
 私は、振り返らずに夕食の皿を洗っている。ながら、明日の予定を思いだす。
 最近、執務官としてより帰ってこれなかった私は、昨日ようやく仕事が終わり――正確に言うと、まだ残っていたのだが、同僚や上司に『明日は帰れ。疲労でダウンされたらこっちが困る。久々に愛しの旦那に会ってやれ』なんて無理矢理仕事を取られ帰らされた。まぁ、うれしいのはうれしいのだけど――今日から特に何もなければ三日間休日をもらっていた。だから、明日は休みだ。
 早めに結論をだし、後ろの方に返事を返す。
「はい。それがどうしましたか?ヴァイスさん」
 こうやって、こちらが夕食の片付けをしながら彼とやり取りをするのも久しぶり。名前を呼ぶのも、愛おしい。
「じゃあさ、」
 そう言うと、彼――ヴァイスは座っていたテーブルに付属されている椅子から立ち上がり、
「久しぶりに……デート、しようぜ」
 後ろから、抱きしめてきた。



クロス・カンティニュー



「――――え?」
 取りかけた皿が、水が貯まった桶に再び沈む。
 思考が、止まる。
 呼吸が、止まった。
「――ええぇぇっ!?」
 な、何言っているんですか!?
 慌てて、手に泡がついているにもかかわらず、その抱きしめてくる腕を痛くないほどに振り払った。口はいろいろ言いたいのに、ぱくぱくと魚のようになって、言葉がでない。
 しかし、原因の本人は軽く笑って――むしろ楽しそうにしている。
「だから、デート行こうってんだよ」
 またさらりと言ってくれる、この人は。
「え、だっ、だってラグナ達は……!?」
「ラグナ達は、明日スバルん家に遊びに行くんだってよ」
 だからラグナ達のことは気にしなくてもオーケーな。
 にっ、といつものように笑う。そんな顔されたら、何にも言えなくなるじゃないか。かっこよすぎて。
 私が、ただぱくぱくしていると、
「んじゃ、また明日、出発は午前八時な」
 強引に、私の頬に口付けて去っていってしまう。
 ぽかんと残されてしまう私。私の手に付着していた泡が床に落ちていくのに、それすら気付けない。
 ――それから、私はそれからのことを覚えていない。朝食を準備するときにしっかり昨日の夕食の皿は片付けてあったから、片付けは終えていたのだろう。何事もなかったから朝食も作って皆で食べていたとも思う。記憶に掠れてあるのは、七時くらいにスバルがやってきて、ラグナ達を連れていったこと。多分私は笑って手を振ったのだろうけど、スバルやラグナ達のあのいつも以上の微笑みには琴線に触れるものがあった。
 そして、今にいたる。
「………ど、」
 変に声がでる。
 今、七時半。あの時間まで、三十分。
「どうしようぅ〜……」
 いまさらながら、こういう『デート』みたいなのは苦手だ。恥ずかしかったり、そのほか諸々。
 そして、今考えているのは私の着る服。最近は執務官制服ばかりだったし、家で過ごすのも普段着。
 彼の言う通り久しぶりなのだが、そのぶん困る。
「うぅ〜……」
 うなり声を上げ、私はクローゼットを見上げる。私には、そんなかわいいものは、ない。
「もう……!いきなりなんてひどい……!ヴァイスさんの、馬鹿……っ!」
 自分がどうしようもなくなった私はがむしゃらになった。
 その瞬間、ばさ、と音がした。
「………?」
 その音の正体を、私はつかんだ。瞬間、私は目を見開く。
 ――そうだ。これは、確か……。
 そのとき、私にある考えがうかんだ。
「……そうだ!」
 やってみよう。できないかもしれないけど、やってみなきゃわからない!


* * *



「……ったく、遅いなー。ティアナは」
 バイクのキーを投げてキャッチする。それを今の間、どれくらい繰り返したのだろうか。
 寄り掛かるバイクは俺の、そして彼女にとっても愛機だ。
 ……何してんだ、あいつは。
 そう思いながら、空を見上げていると、
「すみません!遅れました!」
 短い距離のはずなのに半分息切れ状態のティアナがたっていた。
 しかし、その姿に息をのむ。
 いつものきっちりとした制服とも、トリコロールのバリアジャケットとも違う、基本ベースが白とうすい桃色、所々に桃色や赤が入ったデザインのまとまった衣服。時折バイクを渡すときに見る彼女のカジュアルな服とは打って変わった、どちらかというとキュート系で、ふわふわをイメージしたようなまとまり。
 そう、それは。
「それって……はじめて、一緒に出かけたヤツか?」
 その言葉に、ティアナは赤い頬で微笑んで、
「……はい」
 と、うなづいた。
 その胸には、あのときのクロスペンダント。
 絶えず煌めくそのオレンジと緑に、ヴァイスの心が熱くなる。
「……にしても、すげーな。よく入ったな。まだ付き合いはじめる前だったぞ?確か」
「なっ……それ、どういう意味ですか!?」
「――いてッ!?ほ、ほめてんだろうが!」
 拳を頭に直撃させられ、ヴァイスは一瞬ひるむが、堪えて彼女にヘルメットを渡す。
「と、とにかく!……行くぞ」
「……あっ……はい!」
 そして、二人はヘルメットを被るとバイクに乗り、家をでた。


* * *



「ここは……遊園地?」
 バイクからおり、ヘルメットをはずして見ると、よりよくわかる。
「ああ。前にみんなで来ただろ?」
「え?え、まぁ……そうだけど」
 そう、一回だけ一家全員で来たことのある場所。ここは夢を描く子供達の憧れの場所でもあり、若者達が寄り添い歩くスポットにもなる、有名な遊園地だ。
「じっくり二人だけで見てないだろ?」
「…う……」
 二人だけ。そんな言葉に素直に反応してしまう。そんな歳じゃ、ないのに……。
「それに、あいつらいると歩ける範囲小さいし、おもしろそうなもんあったしな〜」
 ヴァイスはそういうと、遊園地のパンフレットをぴらぴらしている。
「せっかくの機会だ――楽しもうぜ、ティアナ」
「……はいっ」
 そして、お互い手を握った。笑って、手は離さずに駆けだした。


「? なんだろ、あれ……」
「――? どうした?」
 急に、ぴたりと止まってしまったティアナに、ヴァイスは声をかけた。
 ティアナの瞳にうつるのは――ゲーム。ゲームセンターによくある、画面の敵を偽物の銃を使って戦うものだった。遊園地にあるのもよくわかるし、人気作らしくたくさんの人が並んでいて、目に止まるのはよくわかる。
 しかし。
「へー。ティアナも、ああいうゲームとか気になるんだな」
「なっ! ち、違いますよ! ……ただ、あんな風に簡単に銃で遊べる、なんて、と思って」
 その言葉に「……ああ」と理解したからか一つ低い声で返した。
 彼と彼女――ヴァイスとティアナは、魔動師としてガンナーであり、ガンナーである二人には、銃はかかせない、大切な物なのである。そして、偽物だとしても、大切な物を遊びとして使われるのは、プライドが許さない。
「そ、それにっ、あんな乱雑な撃ち方しているのをみていると軽く腹たってきちゃって……」
 私なら、クロスミラージュと一緒にやってきた実力でもっとしっかり撃てるのにっ。
「そりゃ、おまえ……」
 むすっとしたティアナに言葉を言おうとして、やめる。
 ――やりたいんなら、やるが一番。
「ひゃっ!? えっ、ヴァイスさん!?」
「さー、そうとなったら並ぶぞ! 俺もやる気でてきたしな!」
「違っ、私は、私っ――ヴァイスさぁぁんっ!」

「よっしゃ、ついにきた!」
 それから約二十分後。ガシャンという音とともに偽物に仮の弾がセット。
 ヴァイスはようやくだからかものすごく元気だ。
 ……まあ。
 ――もう。ヴァイスさんは……。
 とか頭で思いながらも、しっかりセットして、満面な笑顔なのだが。
「……っし!んじゃ、やるぞティアナ!」
「はいっ!!」
 そして、画面に《ゲームスタート》という文字が現れ、敵と戦う物語がはじまる。
「――ッ!ヴァイスさん、右!」
「わかってらぁ!……ティアナも、左、来んぞ!」
「知ってます!現役砲撃主(ガンナー)を、舐めないでくださいよっ!」
 はじまってから二人の熱気がゲームセンターを包みこんでいた。二人は思いきり本気になっている。いつの間にかギャラリーも増えている。彼と彼女を知っている人が見たら、どうなるだろうか……。
 二人は画面の廃人(はいじん)を的確に打ちのめしていく。リアルの経験があるこそ、だ。





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