「頼む!この通り!」
 ぱんっ!と音とともに上げられたのは、男の人特有の手。その手は音で両手がぴっちりあわさった状態で下げられた頭の少し前、私にとっては目の前に上げられた。
 その下がった頭をどうしたらいいか困惑しながらも、私はため息をつきながら口を開ける。
「……今度の、日曜日、ですよね?」
「ああ。ティアナも、その日は休みだろ?」
「それは……そうですが」
 今週末。私は確かに何か機動六課が出動するような事件が発生しなければ休みである。しかし、それはしっかり仕事が終わった人のみで、書類系が全く駄目で終わらない脳内お花畑のあいつ(=スバル)などは仕事。そのため、とくに出かける予定もなかった。
 それで、どうしようかと思っていた私に声をかけてきたのは――。

「頼む!妹のために、なっ!?」

 ――妹思いの、ヘリパイロットの男性。
 ふいにかけられ、どうしたのかと聞くと、頼み事をされたのだ。
「妹の誕生日プレゼント、一緒に考えてくれないか?」
 ――と。
 彼言うに、そろそろいい年になった自分の妹に誕生日プレゼントをしようと思うのだが、あまり女子の好きなものがわからないから、私と一緒にプレゼントを探してほしい、と。
 ティアナなら、ミッドにある妹が気に入りそうなかわいい雑貨屋さん、知ってるだろ?――などと付け加えられながら。
 でも……。
「私じゃなきゃ駄目なんですか?ヴァイス陸曹。例えば、アルトさんとか……」
「アルトも書類貯めていたらしいんだよ」
 スバルらへんもアルトと一緒みてぇだし、シグナム姐さんなんてまっぴらバツだろ?
 そう言うと、彼は、ふぅとため息をついた。
「だから、おまえに一緒に選んでほしいんだよ!……な?」
 そして、また下げられる頭。
 けれど……。
「けれど――私なんかでいいんですか?」
「いいんだよっ!いや!」
 なかなかふっ切れない私にいらついたのか、ついに彼は怒鳴った。

「おまえと一緒がいいんだよ!ティアナっ!!」

「……ぇ?」
「……ぁ」
 その言葉に、はっとしたのは、言った方、言われた方、両手一緒だった。
 そのまま、ばっと先程まで合わせていた手を片方のみ顔を隠すようにすると目をそらしながら口を動かした。
「あー……その、まぁ……駄目、か?」
 そして、ちらり、とこちらを見た。
 ――そこまで言われたら。
「……ひ、暇ですし……い、いいです……よ?」
 そう言うと、一瞬体をびっくりさせたのち、隠す顔を少しほほえまして「サンキュ!」と言うと、回れ右して走っていってしまう。
「あ、後で時間とか言うからっ!」
 走り去る途中で、それだけ言い残して。
 残された私は、ただ立ちつくしてしまった。
 ――私じゃないと駄目って……一緒にって……それって……。
 勝手に考えこみはじめる心は、少しの困惑と。
 ――とくん、とくん、とくん……。
 優しくあたたかい、不思議な気持ちが生まれていた。
 これは、JS事件後、まだ機動六課が解散していない頃のお話――……。



ファーストクロス



 人々の行き交う道路。高くそびえ立つビル。笑顔溢れる会話が多く聞きとれる、噴水広場。
 そこで、男は立っていた。
 格好は、いつもの作業衣より、少し洒落てきてはきてると思う。妹のラグナも一緒に考えてくれたのだから、きっと大丈夫だろう。
『嘘ついてまでデートに誘っちゃったんだから、しっかり頑張ってきてよね!お兄ちゃん!』
 そう言われながら。
 ――そう。
 彼は嘘をついていたのだ。彼女に。
 ラグナへの誕生日プレゼントなんて、彼女を誘うための言葉。
 そんな嘘をついてしまったきっかけは、妹の持っていた一冊の本。それは、少女漫画だった。
 ラグナも、もういい年頃になり、友達の影響か何かはわからないが、いつの間にか少女漫画を買っていた。少女漫画といえば……恋愛系だ。
 そして、偶然見つけてしまったのも、恋愛系。
 機動六課で出会ったティアナのことが最近特に意識し始めていたヴァイスはいつの間にかつい手にとってしまっていた。
 ヴァイスは気付いていた。自分が彼女へ“意識”しているという“意識”は、“好き”=“愛している”という意味だった。女性への“意識”がはじめてなヴァイスにとって、その気持ちをどうしたらいいかさ迷わせていたとき、漫画を手にとってしまった。
 その少女漫画は、好きな人になかなか“好き”と伝えられず、うろうろする主人公が、勇気をだして相手に伝える、という話。
“よしっ!こうなったら当たって砕けろ!”
 そんな台詞とともに主人公は次の日、気になる相手にデートへと誘う。
 ――私のお兄さんへの誕生日プレゼントを一緒に決めてくれませんか?……と。
 そのとき。
『なーにしているの?お兄ちゃん?』
『――うわぁ!?ら、ラグナ!?』
 後ろからひょっこり現れた、本の持ち主兼実の妹。
『ん?あ、それ、私の漫画?』
 いきなりだったので、隠すこともできず、読んでいることがばれてしまう。
『あーいや、その……』
『へー、お兄ちゃんが恋愛系好きなんて知らなかったなぁ。気になるんだ?』
『なっ……!お、俺だって!気になってるさっ!』
『――それって、ティアナさんのこと?』
『な――っ!!?』
 さっくりと言われた名前に、固まってしまう。
『ね、誘ってみれば?ティアナさん。その方法で!』
 ロマンチックだしっ、なんて言われてしまえば、ゆらゆらしているヴァイスの心は、素直に反応してしまい……、本当に誘ってしまったのだ。
 しかし。
『ま、かわいい雑貨なお土産、楽しみにしてるねー?誘った理由なんだしさ。お兄ちゃんも、きっと相手さんも初めてなんだろうし、生半端に終わらしちゃ駄目だからねー?』
 そう、俺にとって初めて。多分、彼女も。……彼女が男性と、という噂も聞いたこともないし。……多分。うん。
 そんな感じで、変に高まる鼓動を押さえ込もうと深呼吸しようとしたとき。
「ヴァイスさんっ!」
 彼女がやって来た。
 その瞬間。

 ――どくん。

「すみ、ません……遅れちゃいました、か……?」
 はぁはぁと荒い息をする彼女。肩が大きく上下するから、急いできてくれたのだろう。
「あ、あぁ……俺も、今来たばっかり、だよ」
 そう、普通に返事をする、自分。しかし、心は普通じゃない。
 いつものきっちりとした制服とも、トリコロールのバリアジャケットとも違う、基本ベースが白とうすい桃色、所々に桃色や赤が入ったデザインのまとまった衣服。時折バイクを渡すときに見る彼女のカジュアルな服とは打って変わった、どちらかというとキュート系で、ふわふわをイメージしたようなまとまり方で、それがまた新鮮だ。
 髪はいつものようにツインテールだが、その紐は服のデザインにあわしてか少しレースかかったうすい桃色のリボンで結んでいた。
 そして、彼女の顔も、桃色に染まっている。
「あ、あの……っ、ど、どうでしょう、か?」
 その……スバルが、選んでくれて……。
 そう言いはじめると、目が少し潤みはじめた。
「え……そりゃおまえ、その……」
 泣かせたくないし、正直な言葉も言いたい。けれど――言うには、少し……恥ずかしい。
「……かわいいよ」
 しかし、最大限の理性を集め、自分の言葉を告げた。
 そう言うと、彼女の顔がほころんだ。その桃色の笑顔が、また新鮮で、かわいい。
「……それじゃ、行く、か」
「……はいっ」
 そして、二人で人込みの中に入っていく。
 歩くときの二人の距離はそう遠くはなく、むしろ自然に並んで歩いた。


* * *



「んー……」
 じっとー、と真剣に近付いて二つを見つめているヴァイス陸曹。
 彼が見つめているのは……猫の人形と、うさぎの人形。
 もちろん、彼が欲しい訳ではない。この日の発端の、妹さんへのプレゼントだ。
「妹さんは、そういう系が好きなんですか?」
「そうなんだよなぁ……。どちらかというと、ほのぼの系好きだし、動物とかも好きだな……」
 ザフィーラさん見たら、あいつ、どう反応すっかなぁ……。
 目は離しはしないものの、いつものヴァイス陸曹の話し方に少し笑ってしまう。
 妹さんの話は聞いていたけれど、ここまで好きだなんて、ね……。
 そんな、妹思いの優しいお兄さんの彼を見つめる。それがなんだか少し新鮮……。
 そのまま、猫とうさぎを見つめ続ける彼を目の内におきながら、店の中を巡る。この店は、どちらかというとシンプルなアクセサリーや雑貨がおいてあるところで、暇なとき、スバルと一緒によく来る。妹さんならと、ここを選んだのだが、正解だった。
「よしっ!こっちにしよう!」
「え、それ、さっき候補にしてなかった犬――」
「あいつ、おとしやかな猫より、わんぱくな犬の方があうだろ!なんかこののほほんとした瞳に何か感じたしっ!」
 何かってなんですか……。
 つい、笑ってしまった。
 しかし、そんな真剣で、優しい視線がふいに、私の大切な人――もう、この世界にはいないのにね――に、被ってしまった。
「――ティアナ?」
「あ、はい?何でしょう?」
 いつの間に買っていたんだろ。もうその手には、のほほんとした瞳を持つ、だらんとした犬の人形を袋に詰めてもらっている。
「大丈夫か?」
 そんな言葉を言いながら、買った物を受けとる。
「あ、はい。……大丈夫、です」
 そう、普通を装い言葉を返すと、「ふぅん……そうか?」と言いながら、こちらによって来る。
「……ん?そのアクセサリーは?」
「え?」
 目を落とすと、そこには……、銀のクロスのトップのついた、ペンダント。
 いつの間に、こんなコーナーに来ていたんだろう。あの人形選んでいる時間の間……?
 と、ヴァイス陸曹は急に銀のペンダントをひょいと取り上げた。
「ヴァ、ヴァイス陸曹!?」
 その手に上げられ、店のライトをより当たる銀のクロス。一見、銀のみの、シンプルすぎるトップだと思ったのだが、そこには――オレンジと、緑の輝く宝石が煌めいていた。
「綺麗……っ」
 思わず、そう声が漏れてしまう。
「……」
 そのクロスを見ながら、なぜかヴァイス陸曹は黙りこむ。
 そして、「よし」となぜか息をつめて。
「定員さん!これも買います!」
「――えっ!?」
 な、ええっ!?ヴァイスさんっ!?
 慌てて、定員さんにペンダントを渡そうとする彼を止めようとしたが、時すでに遅し。もう会計まですましてしまっていた。
「お待たせ」
 そして、彼はペンダントをなぜか袋には入れずにそのままこちらに歩いてくる。
「ヴァイス陸曹っ、」
「ティアナ、後ろ向いて」
 慌てる私を差し置いてくるりと私の体を回れ右させると――首に何かかけてきた。
「ヴァイスり、」
「まあ暴れんなって。……首しまんぞ?」
 にや、と、後ろで笑う感覚が感じられる。何言っても駄目な気がする。しかたなく、そのまま、後ろで鳴る金属と金属の絡む音を聞きながら待った。





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