どうしたらいいのだろうか。
 ――この、胸から溢れる気持ちを。

 どうしたらいいのだろうか。
 ――この、優しくて、愛しい、初めての感覚。

 どうしたらいいのだろうか。
 ――この想いは、君へ向かっているのに。

 どうしたら。
 ――どうしたら、この気持ちを君に教えてあげられるの?


 長い自問の先に答えは出ず、痺れを切らした小さな手は、迷わずに通信回線を開いた。



Mix Talks



 ここは、あるビルの一角の喫茶店。シンプルな店内だが逆に落ち着いていて、よく会議の延長戦だったり、従業員達が話に花を咲かせていたりする。
 その中、小さな背中が一つ、力が入ってピンと伸びていた。後ろから椅子からすぐ見える赤いサバサバした髪はいつもと同じながら、まだ幼い顔は真剣な表情に引き締められている。
 ここまで書いてなんだが、この子供が何故ビルの喫茶店にいるか。それには二つ。一つはこの少年もこのビルに務めているから。
 そして、もう一つは。
「エリオ、もう少し力抜いていいぞ?」
「そうだよ。そこまで険しい顔しないでいいんだから、ね?」
「そういう顔されると呼びだされたこっちが難しくなるんだが……」
 赤の少年と同じ机を囲むのは三人の男性。座るのは、声の発生源順に、短髪の薄栗色の青年、金の髪を長く一つに結んだ男性、漆黒の髪を短く切りまとめた男性。
 どれも多彩な顔触れだが――多彩なメンバーが集まりすぎて、周りからひそかに黄色い声も聞こえるのだが――少年にとってはとても頼りになる成人男性達だった。
 そう、少年は今、彼らを頼りにしたい思いがあった。
 しかし、その言葉は今だ険しい顔のきつく閉じられた口からはまだ発せられていなかった。少年は今さらと言ったら今さらなんだが悩んでいた。それを口に出していいのか。
 そのとき、「お待たせしました」と明るい女性の声。その後に差し出されたのはホットココア。
 飲んでいいよ、と言ったのは眼鏡の向こうの優しい目線。少年は一瞬悩んだものの、その言葉に甘えて一口。甘さとあたたかさに、コップから離した口から零れたのは落ち着いた息だった。
 その息に向かいの三人は笑いあう。そして、薄い栗色の髪の青年が話を切り出した。
「……で、さっそく本題に入るか」
 それに赤い髪の少年――エリオが一瞬目を見開き、それでも、口を開いた。
「――キャロのこと、なんです」
 その言葉にヴァイスが茶化しを入れようとして、やめる。これは真剣な話だから。
 無言のままユーノとクロノは頷く。続けて、ヴァイスも。
 だから、エリオは言葉を続けられた。
「最近、キャロのことがすごく気になっていて。ずっと一緒で、キョウダイみたいに大切な存在なのに、目とかあいそうになるとつい、外しちゃうんです」
 膝に置かれた拳が小さく震えていた。
「だから、嫌われるんじゃないかって。謝りたいけど、理由もわからないのに、顔もあわせられないのに……。それでも、今までの気持ちとは違う気持ちが、キャロに嫌われたくない、って主張してるんです。でも、その気持ちも、わかんない……」
 その言葉に周りの三人はちらとアイコンタクトをかわす。
「……エリオ、おまえ、それはな、駄目な気持ちじゃねぇと思うぞ」
「……え?」
 ヴァイスの言葉に落ちていたエリオの頭があがる。
「駄目、っていうか。いけない、悪い気持ちじゃねぇと思う」
「むしろ大事な気持ちだよ」
 ユーノがヴァイスに続いた。しかし、ユーノの言葉にエリオは声を出す。
「で、でも……キャロを思うと、胸が、苦しくて――」
「――それは、『恋』じゃないかな」
「……――え?」
 一単語。エリオが、止まった。
「好きなんだよね、キャロが。大好きで、愛してる」
 見開かれていくエリオの瞳。おい、ユーノ、と小声でクロノが制止の言葉をかけ。しかし、ユーノは、いいんだよ、大丈夫、と。
「嫌われたくない。嫌いになんてなりたくない。大事な、大切な、人――そうじゃない?」
 核心をつく、やわらかい声。
 エリオは驚いた顔をどうすることも出来ず、しばらく口を閉ざし。……次には、大きく首を縦にした。
 それに、ふ、と誰かの優しい息がした。
「よかったな。おまえの気持ちに気付けて」
 ヴァイスが仕方ないやつだなという顔でエリオを見つめる。クロノも声はないが目は微笑んでいた。
 ユーノは眼鏡の向こうから笑って。
「それじゃあ、キャロとちゃんと話し出来るね」
「…………」
「……まだ、何かあるか?」
「…………その、」
 首を傾げる一同にエリオは一度目線を下げ。ぐっ、と前を向いた。
「本当のことを言って女の子に嫌われませんか?」
 その言葉にヴァイスとクロノは目を見開く。それは、つまり。
「告白して、拒絶されるのがこわい、ってこと?」
 一人動揺しなかったユーノが核心の言葉を告げた。エリオはそれに静かに、頷く。
「……大丈夫だよ。エリオ。キャロはきっと拒絶しないよ。飾らない言葉でエリオの本当の気持ちを伝えれば」
「…………や、ユーノさん。エリオは別に告白までは」
「そんなことない。告白に年齢は関係ないよ?エリオが伝えたいなら、素直に好きだって、伝えればいいと思う」
 ね、エリオ?
 ヴァイスの言葉にユーノはそう答え、最後にエリオを見つめる。
 エリオは、じっと考え。口を開く。
「――僕、言いたいです。キャロに、僕の気持ち」
 はっきりと通った宣言。さっぱりとした少年らしい声にユーノが笑った。
「うん、やっとエリオっぽさが戻ってきた」
「そ、そうですか?」
「……あぁあ、なんかエリオがユーノさんに毒された感が否めねぇ」
 一人言を呟き、ちらりと目を横に移動すると、クロノが無言で肯定の目線をヴァイスに送った。
 冗談、でもないような会話を数個して。いつかは前まであった固い空気はほぐれていた。
 ふわり、とエリオの表情もやわらかくなっていた。
「……でも、皆さんこわくなかったですか?その、好きだって言うの」
 少し身を乗り出し、今だ晴れぬ不安に声に、ヴァイスとクロノは目と目をあわせて首を少し傾げ、そこに、「じゃあ」という高めの声。





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