――なのはが、墜ちた。
 通信で聞かされたその言葉に、私はただ目を見開くことしか出来なかった。
「嘘、だよね?――はやて」
 スクリーンの向こうにいる親友は私の自然と震える声に、苦い顔をしたまま、首を横に振った。
 その言葉に私は、呆然と握っていたペンを落とした。
 丸をつけていたペン先が、開かれていたテキストに書かれていた『執務官』の文字に当たり、赤いハネを作った。



I think, I trust…



 ――自分の目線より上にある板を見、確認してから、目の前にある壁に拳を向ける。
 コンコン、と軽い高めの音を鳴らし、向こう側から「はい、」というとても親しい声がしてから、私はノブに手をかけた。
 ドアを開けたら、ふわりと柔らかい香りがした。なんだろう、優しい感じ……花の香り、かな。
 そんなことをふと思って、視界が白くなったとき。
「――フェイトちゃん?」
 部屋から、花よりも優しい声が、私を呼んだ。
「――――なのは」
 お見舞い、来たよ。
 そう言って、手の中にある荷物の一つ――透明ビニールと柔らかな紙で包まれた、色とりどりの頭達――を軽く上げると、彼女はにこっと笑った。
「来てくれてありがとう。フェイトちゃん」
「……やっぱり、被っちゃうよね。お花がお土産だと」
 抱えてきた包装には、カラフルな花々が身を寄せあっている。彼女にあげようと思って行き道で買ってきた、手土産。
 けど、彼女の隣に備えつけられた棚にある花瓶に、私は後ろめたくなる。――花瓶にはすでに、たくさんの花がいて、清潔感で少し殺風景な彼女のいる空間を明るくしている。
 花なら絶対病室にあるのに……どうしてこうも『手土産』に対して機転が聞かないのだろう。
 私は思わずため息を出しそうになり、とめる。出してはいけない、と。力をこめた、花束の袋が、カサリとなった。
 そして、ぎゅ、と花束を抱きしめ。
「――そのお花。私、欲しいな」
「……え?」
「駄目かな」
 首を傾げ、穏やかに笑う少女に私は否定の言葉も何も出ないまま、ただ自分の花を渡した。
「はい。……なのはの好きな花かは、ちょっとわからないけど」
「お花はみんな好きだよ。だから――ありがとう」
 そう言ってなのはは今度はぱっと笑った。花を輝く目で見つめ、「いい香り〜」と胸の中の花を楽しむ。
 つくづく、彼女は明るい花が似合うな。……意識はしなかったが、ふっと私はそう思った。
 だから、先程まであった力を抜いて――なぜあったのか、実は私本人にさえ抜くまでその力の存在に気付いていなかったのだけど――私はベッドの近くにあった椅子を引き寄せ、座った。
 ふと目線を上げればそこでは――、なのはがふんわりと、笑っていた。
「――……大丈夫?フェイトちゃん」
 その言葉に、どくん、と嫌な自分の鼓動が聞こえた。
 いや、そんなことはない。なのはは、仕事が順調なのかって、聞いていたんだ。
「…………うん、大丈夫だよ。最近ついた任務も無事に達成出来てるし、」
「違うよ、フェイトちゃん」
「……………っ」
 凜、と。なのはの言葉が、静寂な部屋に、響く。
「違うよ、――フェイトちゃん」
 ――執務官の試験、落っこちちゃったんだよ、ね?
 その言葉に、私にただ、。
「……、……うん」
 静かに、そう。静寂な空間に沈黙が降りる。
 自分で目指すことを決めて挑んだ、執務官の試験。合格、出来ると思っていた。頑張ってきたんだから。みんなで、みんな、で、――
 ――でも、私は、……落ちてしまった。
 私は、今も、飛べているのに――……。
 起きてしまった沈黙が居心地悪くて、でも会話のはじまりも切り込めなくて。唇は小刻みに震えて、
 と、その瞬間。ガラッ!と勢いよく病室のドアが開いた。
「フェイトぉ!」
「――え。あれ、アルフ?」
 そこにいたのは、最近見かけなくなった大人フォルムの、自分の使い魔だった。
「どうしたの、今日面接の予約アルフとってなかったじゃない」
「むっ!なのはとは昨日面接していっぱいしゃべったもん!あたしは今日はフェイトの頼まれてもないおつかいだよっ」
「おつかい?」
 なぁ、なのは!と言われたなのはが隣で「あはは……今日も元気ですね」と笑っているが、私はとりあえず、アルフの意思が知りたくて気になるところを聞き返す。
「そうっ!これ、忘れてちゃ駄目でしょフェイト!」
 ぐん、といつの間にか距離を縮めたアルフが、私の視界を消した。
 正確には、私の視界を茶色一色にした。
「それって……?」
「ん?あぁ、なのはから、フェイトへ。フェイトがずっとずっと、探してたヤツ」
「え?何、それ。フェイトちゃん?」
 なのはが首を傾げた感覚が隣でしたが、私は茶色の世界で、あぁ、これでもやっちゃってたのか、と苦笑した。
 そのまま、私は手を上げた。アルフのつかれた手の下にそれぞれ自分の手を持っていき。
「ありがとう、アルフ」
「ん。どーいたしまして」
 アルフが手を離す。
 途端、重くなる手の中。予想以上にやはり重いこれだから、アルフはその体格で運んできてくれたのだろう。……本当に、優しいな、アルフは。
 そして、私は丁寧に、もう一つ備えつけられていた椅子にそれを置く。
「フェイトちゃん?」
 なのはに呼ばれ、ふと顔を上げる。……大丈夫だよ。
「じゃあ、あたしは看護師さん達が来るまでに逃げますかぁ。なのは、また、面接来るからなー」
 アルフがそう言って踵を返す。なのはが戸惑いながらも「あ、はい、待ってます」と言うと、にぃっと八重歯を見せて笑った。
 開いたドアが閉まり。再び、静寂が過ぎていった。
「……フェイト、ちゃん?」
「――ちょっと、待ってて」
 なのはが問う声に、声を返す。それは、やんわりと。……少し、心が落ち着いたみたいだ。
 蓋を開け、ダンボールの中から現れた、包装の中の球体。それを、また外に出し、付属の脚をつけて。
「フェイトちゃん……それ……?」
 私はそれを見て、不意に笑っていた。





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