コツ、と靴が歩く最後に音を鳴らす。廊下を渡り、今、目の前にあるのは一つのドア。
今日は久々の休日。そして、
そのまま、指先に力を入れてボタンを押す。少し高めに鳴るインターホン。
「よ。ティアナ」
しばらくして開いたドアから現れたのは、いつもの笑い顔。
「はい。……ヴァイスさん」
その笑ってながらも端正な顔に、私もつい、笑って。
軽く手巻きされて、私は中に入った。
今日は久々の休日。そして、――久しぶりに、彼に会える日。
Caps Couple
「わりぃ。おまえがまさかこんなにはやく来るとは思ってなくてな。まだ湯を沸かしてたとこなんだよ」
紅茶は今切らしてるから、コーヒーでいいか?
くるり、とキッチンから顔を出した彼。いつもの口調に、私は「いいですよ」と微笑んだ。
「その変わり、おいしいコーヒーいれてくださいね?」
「ん、了解」
少し茶目っ気を含めて続けると、短い返事をして再び作業をはじめた。
その後、メーカーから沸々、といい音が。静かな部屋に、その音が優しく響き渡る。
私はそのまま彼がキッチンで作業する様を見つめた。
彼はまだ中で何かやっているらしい。私はソファに座り、彼は立って行動しているし、私が中の全貌を見つめるには位置が遠い。
けれど、向こうからたまに聞こえるコーヒーメーカー以外の音と、彼の真剣な表情なのはここからでもわかるから。たくさん話したいことはあるけど、私はあえて声をかけない。
その表情から少し目線を下げると見えるのはラフな彼の格好。薄いTシャツに、ストレッチタイプのズボン。
そして、いつものように陽気な、笑顔。
あの顔で、私に話しかけてきてくれて。一緒に話して、そして、あの大きな手で私の顔を引き寄せて――……
そこまで考えて、はっとした。やばい、今、私どうなってた?
そう思ってしばらく考え、真っ赤になった。そのまま、もう一度、彼の姿を視界に入れる。
しかし、結局は自覚という自爆。
――うあぁぁぁぁっ……何よ私、すっごい恥ずかしい……!
熱い頬を隠すようにボフ、とソファに倒れこみ、備え付けのクッションに顔を埋めた。
――そんなに、私……欲求不満だったっけ……?
久しぶりに一緒になれた喜びと、再確認させられた彼への気持ちに真っ赤になりながら、沸々という音とともに、うんうん唸った。
* * *
「おーい、コーヒーいれあがったんだが、あのさぁティアナ……って、ん?……ティアナ?」
そう言う声が上からふってきて、私は埋めていたクッションからゆっくり顔をあげる。と、びっくりする。
目の前に、彼の顔。
その次に駆け巡る、先程の想像。
「――っ、ひぁぁぁぁっ!?」
瞬間、私は猛スピードで起き上がった。情けない声とともに。
それに気付くと慌てて口と、ついでに赤くなった顔も隠すくらいに手でおおう。
しかし、彼は少しじと目でこちらを見つめる。私は必死に冷静になろう、と思う。
「……どうした、おまえ」
「なっ、なんでもっないです!」
「いや、んなわけなけあるか」
「あっ、ありますっ!」
「……おまえ、あれだろ。またスバルが言ってた、ツンが」
「っ、スバルは関係ないじゃないですか!私がいるのにっ!」
「………へ?」
「…………あ、」
――ああ、でも。思うだけじゃ、駄目なんだよね……。
* * *
数分の、なんか室温が高くなったような沈黙。それを打ち破ったのは、彼の言葉。
「……で、さ。ティアナ」
「…………はい」
遅れてでてきた言葉はぶっきらぼうな返事で。向こうも頬が赤くなっている。けど、なんか、ね。
「コーヒー、できたんだけどよ。前、おまえが来たときに使ったカップにいれていいか?」
「………え?」
「いや、あのさ。あれ客人用のヤツじゃねぇか。だから、使いにくくねぇかな、って」
そう言われてキョトンとしてしまう。そう言われれば、前にここに来たとき、ヴァイスさんは浅いお客さん用のカップにコーヒーを入れてくれた記憶が。
そこまで考えて急に思いだした。
「あっ、あのっ」
「ん?」
「こ、これ!」
そう言うと、自分の脇に置いておいた紙袋を慌てて彼に差し出した。
ただ、勢い余り紙袋が彼の顔に激突しかけたが。……よかった、中身固いから痛いし。
「うわっ!?……って、なんだ、これ」
「いっ、いいから見てみてくださいっ」
そっぽ向いて言い放つと彼は「そこまで機嫌変えなくてもいいだろー」と苦笑しながら紙袋に手を突っ込んだ。
大きな手で袋から出されたのは、包装された箱。
「なぁ、これなんかちょいと重いんだが」
……開けて、いいか?
いつもと同じ声で静かに放たれた言葉に心臓が破裂しかけそうだ。けれど知られたくなくて、目をあわせずに首を縦にする。
しばらく、ガサガサと紙と紙の擦れる音だけが響く。その音が静まると、最後に、箱のフタが開けられた。
私は何て反応が来るのか酷い心臓の音を黙らせようとしながら意識を彼に向けた。
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