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09/08
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一番目は火炙りに、二番目は引き裂かれ、三番目と四番目は馬車に引きずり回されずたぼろに、五番目は望まぬ子を身籠もった。どれも因果応報さ。あたしに恨まれたのが運の尽き。憑き人が甘やかすものだから心の底から願ったことはなんでも叶ってしまうのさ。あんたへの報いはこれさ。あたしからの――
『最初で最後のくちづけ』
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09/07
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ゆるやかな坂道を世界が転がり落ちていく。透明な球体の中身はマーブル模様。何もかもが混ざり合って形を失っている。君も僕も見分けがつかない。ゆらめきただよう赤黒い靄になって攪拌されている。あとどのくらい転がれば奈落の底にたどり着くのだろう。あとどのくらい君と溶けていられるのだろう。
『地動説』
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09/06
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二階にある喫茶店の窓辺からぼんやりと道行く人々を眺める。あの人たちは自分が見られているなんて想像もしないのだろう。いかにも無防備だ。木の葉がはらりと落ちても、それにつられて空を仰ぐ人はいない。私がここにいることを知る人はいない。ただ一人の姿を求めて毎日街を見下ろしていることを。
『約束された偶然』
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09/05
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サキュバスだなんて懐かしい呼び名を知っているのね。ええ、私のことよ。でもおあいにくさま、昔のようなゲームは辞めたの。ルールは簡単、何人もの男と交わって妊娠したら命を絶つ。若かったわ。子殺しの罪を負って虐待の連鎖を断とうだなんて考えていたんだから。それで自分が救われると信じて……
『夢魔の見た夢』
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09/04
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珊瑚の森の奥深く、隠されるように眠る二枚貝があった。呼びかけても返事はない。棒でこつんと叩いても合わせ目をやさしく撫でても知らんぷり。そこへ道化が現れて笛を吹き吹き踊り出す。貝は七つの泡を吐きゆっくり殻を開いていった。中にいたのは真珠を抱えた姫御前。気をつけて、魔女が見ている。
『かくして物語は幕を開ける』
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09/03
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蝶々を見て造化師は生き物に翼を与えることを思いついた。羽毛に包まれた胴体を細い足で支える者を候補とした。異を唱えたのは鱗と鰭を持つ者だった。手足なき我こそが翼を有するにふさわしいと。声が嗄れるまで訴えた。しかし願いは聞き届けられず、彼の者は全ての生き物に呪いをかけて水中に消えた。
『汝らは水なくして正を得られず、また水によって死に至らしめられるだろう』
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09/02
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血と血を重ねて生まれた禁断の果実を最初に味わうのは、累々と横たわる屍の上で翼を休める双天使と決まっている。片目片翼の異形の者どもよ。その果肉はやわらかいか。滴る蜜は甘いか。無数の亡骸を糧にして育った若木の嬰児(みどりご)だ。啜り舐め囓りとれ。罪の子を一欠片とも地上に残すな。
『これでぼくらはひとつになれた』
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09/01
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人は水の中で生きられない。魚は陸に上がれない。人魚だけが越えられる、生死の狭間。どこかの神話にもあったでしょう。濡れても乾いてもいないもの、それは泡。昼でも夜でもない時間、それは未明。アンデルセンの娘が消えたときのことを覚えているかしら。彼女は魔物退治の方法を知っていたのよ。
許して、お姉様方。
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08/31
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双子の乙女たちへの贈り物は毒を塗った櫛だった。髪を梳いたらたちまち深い眠りに落ちる。抱き合ったままのふたりを色紐で縫い合わせる。これでもう離れられない。七人の付き人たちはごちそうに姿を変えて待っている。乙女たちが目覚めたらきっとお腹を空かせている。どうぞ私らを食べてくださいな。
大樹の下で乙女たちは眠り続ける。真っ赤な実が熟れるまで。
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08/30
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ピロートークは私ばかりが喋っている。相槌代わりに鼾が応える。きつく抱き締められて息も絶え絶え。でも私は喋り続ける。もしもこの肌に触れているのがあの男の子だったらと想像しながら。女の言葉の意味をそのまま受け取ってはいけないわ。心を隠すフレグランス。今夜はいつもより濃いめにまとった。
目を閉じれば誰に抱かれているかなんてわからなくなるもの。
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