アルバイト初日

初日


大学の授業が終わり、バイト先の最寄駅を降りた
自分のどこが良かったのか分からないけれど、初めてのアルバイトの面接でOKをもらったのは嬉しかった。なにより店長と副店長がとてもいい人そうだったことにとても安心した。(竹中副店長が超かっこいいっていうのが大きいけど)

昨日も通った並木道をウキウキしながら踏みしめる。やっぱりドキドキするけれど、頑張っちゃうぞー


何と言ってお店に入ろうかな、と考えているとあっという間にお店に到着してしまった。とりあえず「CLOSE」の掛札が掛かったドアを押した


「おい、まだ準備中だ」


後ろから聞こえた声。何気なく振り返ってみると、銀色の尖った前髪が特徴的な男がこちらを睨んでいるように見えた


「店は5時から。そこに書いてあるだろ」


男の指差す方を見てみると、お店のドアのすぐ横に「OPEN 11:00〜14:00、17:00〜21:00」と看板に書いてあった


「あの、私…」
「料理が食べたいなら営業時間中に…来て下さい」


最後らへんの敬語がよく聞き取れなかったけど、男は私の横を通りすぎドアを押して店の中へ入って行った


この人もお店の人?……なんだかすごく怖い。嫌だ

店の前で大きく深呼吸をしてドアを開けた


やっぱり目の前には、あの目つきの悪い男がいて「チャリンチャリーン」のベルと共に振り返った


「何度言ったら分かる…!」
「今日からこちらでアルバイトをさせていただくことになりました、みょうじなまえです。宜しくお願いします」


深く頭を下げ、男が全部言い終わる前に無理やり言い切ってやった。恐る恐る頭を上げてみると


「…ん…許さん……」


「え?」


何故か男も下を向いて両方の拳をプルプルと震わせていた


この人、危ない人だ…!私の直感が勝手に手足を動かした。男の横を通り、昨日豊臣店長と竹中副店長に教えてもらったバックヤードに逃げ込もうとすると、ガシっと肩を掴まれた


「ひぃっ!」
「女、何が目的でこの店で働く?」


「も、目的?」


「秀吉様が目当てか」


男の鋭い目が恐ろしく、つい目をそらすとギギギ…と音がなりそうなほど強く肩を掴まれた


「ひ、違います…」


この人って本当に頭がおかしいのかな?あの店長目当てに働くわけないじゃない!竹中副店長ならまだわかるけど…ってそんなこと言ったらこの人に斬られそう…


「ならば、半兵衛様か」


「い、いや、ちが……」


「答えろ、女!」


ひえええ!バレてる?怖いよぉ、本当に殺される…


「たっ、助けてぇぇぇ!」


自分でも驚くほど、か細くてアホみたいな声が出た。何故だか持っていたカバンを片手で抱きしめて、片方の手をグーで上下に上げ下げして自分の体をガードしていた


「やめろ、女!」


私の拳が男に何度か当たり、その隙に男から逃げ出すと


「何事かい?…と、三成君となまえ君?」


バックヤードから竹中副店長、それから豊臣店長が慌てて出てきた


「こっ、この人が…」


二人の背中に隠れると、男は先程までの邪悪なオーラムンムンから一転、耳が垂れ下がった従順ワンコへと変身した


「お疲れさまでございます!秀吉様!半兵衛様!」


「うむ。お疲れ、三成」
「お疲れさま、三成君。今、なまえ君の声がしたけれど……」


「この人が急に……」
「おい、女!すぐにそこから離れろ!秀吉様!半兵衛様!その女は秀吉様目当てで入った不届き者です」


今度は私が発する前に男が私の声を遮った。某裁判ゲームの主人公ばりにビシィと人差し指を私に向けて高らかに叫んだ


「落ち着きなさい、三成君」


竹中副店長が宥めるもこの男の興奮はおさまらない。豊臣店長がゴホンと咳き込み低い声で「三成」と名前を呼ぶとやっと我に返ったかのように落ち着いた


「申し訳ございません、秀吉様、半兵衛様」


豊臣店長は、頭を下げる三成さんの肩を叩いた


「改めて。今日から我が店で働いてもらう、みょうじなまえだ。色々教えてやってくれ、三成よ」


「はっ、はい!秀吉様がおっしゃるのでしたら喜んで」


三成さんは今にも床に伏せて深々と頭を下げそうな勢いだった。それを呆然と竹中副店長の背中の後ろから怯えながら見ていた私は、この男がこれからのアルバイト生活の不安要素になるんだと確信を持ってしまった


「……石田三成だ」


それだけ言い残して、三成さんはバックヤードへとスタスタと行ってしまった


「あんなだけど本当は優しいいい子だから。なまえ君もよろしく頼むよ」


三成さんがいなくなった後をまるで親のように優しい瞳で見つめる竹中副店長

あんなだけど竹中副店長にそう言われたら否定するわけにはいかないじゃないか
とりあえず「はい」とだけ返事をしておいた


「アルバイトは彼となまえ君の二人。学生同士、年も近いからすぐに打ち解けると思うよ」


こればかりは無理だと思います、竹中副店長。だけどとりあえず「はい」とだけ返事をしておいた


「あとはコックの見習いが…」


竹中副店長の説明の途中で、チャリンチャリーンと店の鈴が鳴った


「あ、いいところで来たね」


竹中副店長がドアを指差すので振り返ると、プロレスラーのようなガタイのいい、前髪が両目を邪魔するほど長い男が片手に大きなクーラーボックスを抱えて入ってきた


「おお、今日はいい魚が手に入ったぜ!…ん?」


「紹介するよ、今日から店で働いてもらうみょうじなまえ君だ」


「はじめまして、みょうじなまえです。よろしくお願いします」


「ああ、お前さんか前田の紹介で入ったってバイトは。小生は黒田官兵衛だ、よろしくな」


豊臣店長といいこの人といい、このお店って無駄に体格のいい……でも石田さんに比べてかなりまともみたいだ。前髪も長いだけで尖ってないし


「彼はこの店でコックとして修行中なんだよ。時々、味見なんかもお願いすることがあると思うからその時はお願いね、なまえ君」


「はい!楽しみです」


「ま、長く続かねぇと思うがお前さんも頑張れよ」


「え?」


長く続かない?


「こら、失礼なことを言うんじゃないよ。君はさっさと食材を秀吉のところへ持っていきなさい」


黒田さんは「はいはい」と適当に返事をしてバックヤードへ小走りに駆けていった
長く続かないって、このバイトがってこと?私ってそんなに根性なさそうに見えるかな?初めてのアルバイトだからやっぱり難しいのかな……


竹中副店長にその意味を聞けずにモヤモヤしながらバックヤードで、制服をあわせたり、大学の時間割を見ながらシフトを相談したり
何故か、三成さんに睨まれながら竹中副店長にお皿やコップの持ち方を教えてもらってその日はアルバイトを終えた


三成さん以外は皆さん優しく接してくれるから、頑張ってアルバイト続けなきゃ!



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