アルバイトの帰り道

「三成さん!」


駅へ向かう三成さんの歩幅に合わせるのは大変で、それなのに早歩きで進む三成さんは、未だに私の腕を掴んだまま。名前を呼んでみても耳には届いていないようで、私は躓きそうになるのを必死にこらえるのに精一杯


「三成さんってば、あ!豊臣店長だ」


「どこだ、秀吉様!」


やっと止まってくれた三成さん。ああ、結局駅の目の前まで三成さんに連れ去られて来てしまった


「ごめんなさい、人違いでした。……あの、腕を…」


三成さんは、掴んだままの私の腕を見ると、「くっ」と悔しそうな声を出して手を離した


「あの、さっきのお客さんたち…」


「ああ、店の信頼と風評と品格を落とすために、自身の髪の毛を混入させイチャモンをつけたのだ。汚らわしい女め。秀吉様と半兵衛様の店をあのように侮辱するなど、まだ怒りがおさまらん!」

本当だ、「貴様ァァァァァァ」って今にも叫び出しそうなほど手が震えてる。怒りで震えるって表現が本当にあるんだな、って改めて実感した。あ、そういや今までにもあったっけ、私を怒るとき震えてたっけ


「っていうか、そんな理由で髪の毛入れたんじゃないですから!」


ツッコミを入れると、三成さんは「何?」とギロリといつもの睨みを私に向けた


「いや、だから…あの人たちは三成さんや竹中副店長とお話ししたくて入れちゃったんですよ。私がパスタを持って行ったのが気に入らなくて…」


「くだらん!そのような理由で店を貶めるような真似をするバカがどこにいる!ましてや貴様のような女に嫉妬するなど笑止。奴らはトヨトミバスタと同業者、あるいは秀吉様に嫉妬する…」


ダメだ、三成さんの頭の中は「豊臣秀吉」しかない
この人は、自分が格好良い、モテるってことを全く自覚していないんだ


「じゃあ、もうそういうことでいいです」

三成さんの「秀吉様すごい!」の話を遮って駅内に進むと、ブツブツとまだ秀吉様のことを何か言いながらも歩み出した


「……」


そう言えば、アルバイトを始めて、三成さんと一緒に働くこと1週間以上あったけれど、こうやって一緒に帰るのは初めてだな

家、どこらへんなんだろ


チラリと後ろを見てみると、バッチリ三成さんと目が合ってしまい…


「ついてくるな」


私の方が前にいるんですけどー、てか、改札こっちしかないじゃないかー
なんて心の中で反撃した


ピ、………ピ………


改札を抜けると、私の真後ろから三成さんも改札を通って来た
駅のホームは、人がまばら。会社帰りのサラリーマンに、下車した学生がベンチに座っておしゃべりしている


少し間を取って、三成さんは私と同じ方向を向いて電車を待っている


帰る方向も一緒なんだ


三成さんは、耳元にイヤホンをつけて、まるで私が見えていないかのようにずっとまっすぐだけを見ていた


三成さん、どんな音楽聞いてるのかな
あたりまえだけど、三成さんのこと何にも知らない。大学生って言ってたけど、どこの大学に通ってるんだろう?同じ大学なら、竹中副店長も何か言ってくれそうだし
私たちって、本当にトヨトミパスタのこと以外話さないんだなぁ

三成さんは、左腕をあげて腕時計を見た
背が高くて、脚も長くて、その上、顔もいい
三成さんって何も話さなければ、本当に格好良いのになぁ



「わ、わ、私ってば何考えてんの!」


自分でもありえないことを考えてしまい、ついつい口走ってしまった口元を押さえた
そっと、三成さんの方をチラ見してみると、涼しい顔をして音楽を聴いていた

よかった、見られてなかった


目の前に電車が到着すると、私は三成さんより早く電車に乗った

どうか、降りる駅が違いますようにと




















それなのに、



「貴様…言い加減にしろ」


なんと、降りた駅も同じだった
電車が背中を過ぎ去ると、降りたホールに残ったのは私と三成さんだけ


「ち、違いますよ!三成さんをつけてきたわけじゃありません、私もここが家の最寄り駅なんです」


そう言うと、三成さんはプイと何も言わずに階段を降りて行った


まさか、三成さんと同じ駅だとは…


改札を抜けて、帰る方向へと足を向けると、まさか前方には三成さんの後ろ姿
少し距離を取って帰ろうかと思ったが、どうせ三成さんは歩くスピードも歩幅も広いしで追いつくわけがない
と、気にせず三成さんの後ろ姿を目の前に、私も進む

だって、三成さんを追いかけてるわけじゃないし
変にコンビニとかで時間を潰すのも負けた気がして嫌だし


駅から少し歩き、普段のスピードで歩いていると、三成さんの後ろ姿も見えなくなってきた
だけど、駅から離れてくると、だんだんと街灯も少なくなってき、夜中に一人で歩くのはやっぱり怖いなぁと思っていつも走って帰る道中に差し掛かった


さすがに、ここまで三成さと帰る方向が一緒ではないだろうと、全力で駆けた


すると、自宅マンションの前に見知った男の影


「まさか…!」


走る足音で気づいたのか、三成さんが振り返った


「貴様!私についてくるなと…」


「私の家は、ここなんです!」


マンションを指さすと、三成さんは「な、に…」と驚きの表情を見せた


「だから、ゼェゼェ…三成さんの後をついてきたわけじゃないです!」


額の汗を拭うと、三成さんは言った


「まさか貴様が隣のマンションに住んでいようとは…」



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