「どこ見て歩いてんだよ!」
「あっ……」
目の前の地味でどん臭い生徒が、俺とぶつかって尻餅をついた。
大きなフレームの眼鏡から覗く、不安気に見開かれた瞳が俺を見上げている。
その眼差しに俺は全身がゾクリと痺れるほどの快感を得た。
「ごめんなさいっ……! お怪我はないですか?」
「あのさぁ。コレ、どうしてくれんの?」
「あ……」
そう言って、俺はぶつかった際に汚されたスラックスの裾をわざとらしく見せつける。そこにはくっきりと足跡の汚れがついていた。
俺たちのやりとりを見た周囲の取り巻きたちがケラケラと地味男を笑いものにしている。
そして当の地味男は、俯いて今にも泣き出してしまいそうなほどに瞳を震わせていた。
胸が震えた。
この地味な男の切羽詰まった表情を見ると、俺には恍惚の笑みが浮かぶ。
この男に因縁をつけるのは今回に始まったことではない。
いつも何かしら理由をつけて俺はこの男をいびっていた。
それにつられてか、俺の取り巻きたちもこの地味男を馬鹿にしてちょっかいを出すようになっていたが、俺はそれを許さない。
この男を虐げていいのは俺だけだ。
今では周囲もそれを理解している。言葉ではこの地味男を馬鹿にするものの、一切手出しはしなかった。
俺はこの私立学園の生徒会長という地位にある。
生徒の中では俺に絶対の権力があった。
成績も悪くなく、犯罪まがいなことには手を出さない。家柄も悪くない。
大人の理想とする生徒を演じることも上手かった。
教師からの評判はすこぶる良い。
だからこそ今の俺の地位がある。
学園はもはや俺の統治で成り立っている。
ただ、そうなったことには秘密があった。
誰にも言えない、誰にも理解されない、二人だけの秘密があった。
「おい、つかさ」
「……っ」
俺が地味男の名前を傲慢な口調で呼ぶと、この地味男──「つかさ」は見て分かるほど大げさに両肩を跳ねさせた。
「今日の放課後、生徒会室に来い」
「は、い……」
つかさは目線を逸らしたまま、弱々しく頷いた。
そうして俺たちはまた今日も、いつもの儀式めいた行為に及ぶ。
そう。
誰も知らない、誰にも言えない、誰にも理解されない二人だけの秘密があった。
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