「竜崎は一日休みがあったら何する?」

「そんな日は無いです」

「もしものはなし!」


夜12時。捜査本部には竜崎と私の2人だけが残っていた。
竜崎の休憩の時間のほんの少しの間。竜崎がそのときのスイーツを半分くらい食べるまでの間。いつもちょっとだけ。ソファに隣同士に座ってどうでもいい話をする。
あんまり長居すると疲れさせるかなと思って早めに退散するけど、それはささやかながら、とても幸せな時間。

…のはずなんだけど。


「あたしはね、竜崎と散歩したい」

「散歩…。どこへ?」

「決めてないけどー、あんまり人がいないとこがいいな」

「………へぇ」

「季節は秋がいい!落ち葉の中をガサガサ歩くの」

「………」

ぱくり。パフェのてっぺんに飾られてたイチゴを一口で食べる。
…話、聞いてない。

「…。お昼は私が作ったお弁当を公園で食べてー」

「……」

「そんで帰りはちょっと遠回りして並木道を歩いてー」

イチゴをごくりと飲み込む音がして、すぐにスプーンが次の標的を捕える。

「……まぁ、それくらいかな」

「短いですね。終わりですか」

「…だって竜崎、話聞いてないんだもん」

ぎょろりとした黒目が、パフェから私へ視線を移す。

「聞いてます」

「スイーツに夢中じゃない」

「それはそうですが、話も聞いています」

「どーだか」

ビームのようにまっすぐ突き刺さる視線を振りきって、勢いよく立ち上がる。ソファがギシッと軋んだ。
もう竜崎はパフェを半分くらい食べ進めていたので、タイムリミットが来てしまったということだ。

「何をツンツンしてるんですか」

「べつに」

「まあ、確かに…一緒に外にお散歩には行けませんが…」

背後から聞こえたちょっとだけ沈んだような声色に、しまったと後悔する。
わがままで傷つけたかも。
一緒に外出できないからってツンツンしたわけじゃない。
焦って、もう一度ソファに腰を下ろす。

「す、拗ねてないよ!ごめん」

「………」

スプーンをくわえて、怪訝そうな顔で私を見る。

「外に出歩けない恋人を持つと大変ですね」

「………」

意地悪なことを言うと思った。
でもその発言の真意はわからない。

「べつに、散歩できないから拗ねたわけじゃない…もん」

「やっぱり拗ねてたんですか」

「………」

カタリと音をたててスプーンが机に置かれた。
違うの。実現しなかったとしても、一緒に話をして楽しい気分になりたかっただけ。
外でデートできないのはわかってるけど、もしも。もし自由に出歩けたら――…


あれ。
何でだろう、悲しい。



「…マユ?」


みるみる涙目になる私。

もしかしたら、そんなふうにもしものはなしをするだけでも竜崎にとっては怖かったり苦しかったりするのかな。
そうか。そんなの当たり前だ。言ってしまえば、常に敵がいて、常に危険な状態にあるんだから。そんな彼にとって私みたいな脳天気でわがままな女と恋人同士であることこそ危険でしかない。あれ、ほんとにどうしよう、私。

頭の中でぐるぐると、重くて暗い思考が回っている。


「マユ?…マユ、」


腕を掴まれた衝撃で涙がこぼれた。


「どうしたんですか?」

「ねえ、私にとって楽しい話でも、竜崎には怖い話だったりするの?」

「…たとえば、どんな?」

「今の、散歩する話とか、私がよくする、脳天気なデートの話とか、っていうか、私が恋人であること自体っ…、」


言いかけて、反射的に唇を閉じた。
竜崎の人差し指が唇に当てられたからだ。


「馬鹿なことを言わないで下さい」

「………」

「あなたの想像力は時々思いもよらぬ方向に働いて、私に恐怖を与えます」

睨むように竜崎が私を見つめる。
やっぱり私は竜崎のささやかな平和を脅かす存在なの?
また涙が一滴こぼれ落ちた。

「あなたと過ごす時間を私から取り上げるつもりですか」

唇が解放される。竜崎はため息をついて、ひやりとした親指が少し乱暴に涙の跡を拭った。

「…?」

「あなたが楽しければ私も楽しいですし、怖ければ私も怖い。だから実現しないようなことでも、あなたが楽しそうに話している姿が見られれば私は満足です。何より怖いのは、…」

少し言い淀む。その間も竜崎の指先は私の頬の上に置かれていた。

「こうして触れられなくなることです」

「…竜崎、なんで、私と…?」

「……やっぱりあなたは今、恐ろしいことを考えていたのですね…」

呆れた顔で、ぐにっと頬をつねられる。「痛い」と言うと、竜崎は表情を少し緩めた。

「豊かな想像力を、間違った方向に使うのはやめてください。私はあなたを迷惑だと思ったことはありません」

「……本当?」

「ええ。だから勝手にあれこれ考えて離れようなんて思ったら怒ります」

ジロリと睨まれて、その分真剣にそう言ってくれたのがわかって、単純な私は嬉しくて頬が緩む。竜崎もくすりと笑った。

「そうです。そうやって私の隣でニヤニヤしていてください」

「ニヤニヤ…」

「ニヤニヤしながら、楽しそうに話すマユを見るのが好きなんです」

「…はい」

竜崎は何かを誓うみたいに、確認するみたいに、ゆっくり頷く。
そしてまたスイーツのほうに向き直って、大きく口を開けてクリームを頬張った。

「あ、でもさっき話聞いてなかったじゃん!」

「だから…聞いてましたよ」

「………ほんと?」

「…あー…ただ、いつもより艶やかな大きなイチゴがパフェに乗っていたので、意識はだいぶそちらに奪われていたかもしれませんが」

「……やっぱり」

「でもちゃんとマユの言葉は聞いています。ご安心を」



仕事柄、敵に立ち向かうために嘘をも武器にする人だけど、私はどうしてか信じてしまうんだ、この人の言葉を。寄り道もせずまっすぐに。


ダメじゃないみたい。大丈夫みたい。

私、竜崎と一緒にいても意外と悪影響を与えてないみたい。じゃあこれからも隣でどうでもいい話をしてもいいんだね。

3分前まで泣いていても、こんなふうに竜崎の言葉ですぐにケロッとしてしまう自分をどうしようもない女だとも思うけど、今さら直せないや、この脳天気な性格。

だったらとことん脳天気な奴でいてやろう。竜崎の隣でニヤニヤしていよう。

スイーツに夢中になり始めた竜崎の肩にもたれて、私はまた語りだす。



「お弁当はスイーツばっかりがいい?」

「マユの手作りのおかずも食べたいです」

「じゃあ明日作ってくる」

「はい。楽しみにしてます」







Fin



可愛いと幼稚は紙一重なのかなぁと思いながら書いたヒロイン。
宥める竜崎が大好きなので、自然とヒロインは意地っ張りだったり子供っぽかったり、そういう子になっちゃいます(´ω`)





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