※大好きだった先輩に別れを告げたら監禁されたの続き
※というか、女子校時代(過去編的な)
おばさんの薦めでこの高校に来て早2ヶ月。
まだまだお互い知らないことも多いけれど、私にも一応の友達というものができた。
そんな彼女たちが夢中なのはそれぞれ学園の王子様、お姫様たち。
しかも、意外と憧れを通りすぎてみんなガチなところがある。
女子校はそういうところがある、と聞いていたが、さすがにこのガチ率には驚かざるを得なかった……のだが、2ヶ月もたつと人間慣れるものだ。
あとからわかったことだが、私たちのグループは高校一のガチレズグループだと有名だったということなので、それも原因かもしれないが、とにかく私は女性が女性を好きになることについて、いつの間にか疑問を持たなくなっていた。
そんな彼女たちから聞かれた質問、「なまえには好きな人いないの?」この質問に、私はずっと答えられずにいた……のだけれど。
「大丈夫かい?」
たった今、答えられるようになりました。
大好きな先輩の裏の顔に気付けなかった
「は、はい…大丈夫です。
すみません、よそ見してて」
無造作にまとめられたぐちゃぐちゃな髪、指定の長さのスカート、目の下の隈。
それだけ聞くとどんな醜女かと思うかもしれないけれど、とんでもない。
今私の目の前にいる彼女は美しく、かっこよく、優しそうな、いかにもな王子様だったのだ。
「いや、それは私もだから気にしないで。
…ほら」
そういって、彼女が手を差しのべてくる。
私たちが曲がり角でぶつかってしまって、私は転んでしまったからだ。
上履きの色からして、一つ上の学年だ。
「よっと」
「あ、ありがとうございま…痛っ」
彼女が手を引っ張って私を立たせてくれたけれど、転んで足をひねってしまったみたいで痛い。
「あちゃー、ねんざしちゃったかな。
歩けない?」
「い、いえ…大丈夫です…」
「無理しないの、そんなんじゃ歩けないって。
ほら、保健室行こう」
彼女が私に背を向けて、しゃがんでくる。
「ほら、おんぶしてあげるから、跨がって」
「いえ、そんな…っ」
「いいから、ほら」
「ええ…は、はい。
失礼します……」
彼女におぶさって、保健室へ。
先生に手当てをしてもらって、部屋を出るまで、隣にいる彼女に私はどきどきしっぱなしだった。
「ねえ、君一年だよね」
「は、はい!」
「何組?もうこのあと用事ないなら、荷物持ってくるから、親か誰かに電話して、迎えにきてもらった方がいい」
「あ…えっと、A組ですけど…でも」
「わかった、君はそこで待ってて。
……っと、名前は?」
「えっと、なまえですけど、あの!」
「そうか、なまえね。
じゃあ、取ってくる!」
「あのっ!」
私の制止も聞かずに彼女は走り去ってしまった。
仕方なく携帯でもいじりながら待っていると、しばらく待っていると、彼女が私の荷物を持ってきた。
「ごめんよ、待たせたね。
誰か呼べた?」
「い、いえ…あの…私、両親いなくて」
「…………」
「おばさん、娘でもない私のために毎日働いて…その……」
「…ごめん、初対面の人間に話したくはなかったでしょう。
とにかく、君には事情があって迎えを呼ぶことはできない、それだけわかったことにしておくよ」
「すみません…」
「いいんだ。
じゃあ、どうしようか。
なまえは、何通学してるの?」
「えっと、徒歩です」
「何分くらい?」
「30分くらい…」
「じゃあ、一人で帰るのは無理だね。
よし、ならこうしよう。
私自転車通学なんだ。
だから、それで送っていくよ。
家、どこ?」
「いえ!そんなの悪いですよ…。
保健室までわざわざ連れて、荷物まで持ってきてもらっちゃって…それだけで、十分ありがたいです」
「そんなこと言わないでよ。
私が送りたいだけなんだから」
結局家を教えて、二人乗りで私は彼女に送ってもらった。
彼女の背中に抱きついて、色々聞いて、私はこのまま死んじゃうんじゃないかってくらい、どきどきしていた。
彼女の名前はハンジさんと言って、巨人の生体に興味を持っているらしい。
途中から「巨人はね!」なんて話始めたハンジさんが暴走して、転びそうになったりして大変だったけど、私はハンジさんのことが色々聞けて、楽しかった。
次の日から、ハンジさんは私を迎えに来てくれるようになった。
毎朝自転車で送ってくれて、足が治ったころには、ハンジさんが自転車に途中まで乗ってきて、私のうちからは自転車を押して歩いて学校に通うようになった。
なぜ自転車に乗らないのか聞くと、「歩いた方が、なまえと長く一緒にいられるでしょ?」と言われて、こんなにかっこいい人ハンジさん以外にはいない!と思ったのが懐かしい。
もちろん、今もそう思っているのだけれど。
「なまえ、お弁当食べに行こう」
「はい!」
お昼休み、ハンジさんが教室まで来てくれて、私たちは屋上に向かう。
屋上でご飯って青春ですよね!と言ったら、「うちの学校、開放されているけど行く?」と言ってくれて、それ以降私たちは屋上でお弁当を食べている。
まあ、開放されているってことは、漫画みたいに屋上で二人っきり…みたいなのはできるわけじゃないんだけど。
それでも、なぜかちゃくちゃくと屋上でご飯を食べる人たちは減っていって、最近は大体私二人だ。
「……みんな、屋上は飽きちゃったんですかね」
「…さあ?そうなんじゃない。
みんなのことなんてどうでもいいよ。
ほら、ご飯食べよう」
「はいっ!」
空を背に、私たちは寄り添ってご飯を食べ始める。
「卵焼き?」
「はい、おばさんの作る卵焼きおいしいんですよー、食べますか?」
「うん、ちょうだい」
「はい、どうぞ」
一口とって、ハンジさんの口元に卵焼きを持っていく。
「はい、ハンジさん。
あーん」
「あーん」
ぱくっとハンジさんが卵焼きを食べる。
「うめえ!」
「でしょう?」
「うん、ありがとう。
じゃあ、代わりに私の巨人ウインナーあげるよ」
「巨人ってなんですかあ」
「いいから、はい、あーん」
「あーん」
ぱくりとウインナーを口にする。
味といえばまあ普通の焼いたウインナーの味なのだが、ハンジさんが食べさせてくれた、と言うだけでとてもおいしく感じる。
「おいしいです」
「そりゃよかった!」
ハンジさんが頭を撫でてくる。
おばさんの元々おいしいお弁当が、ハンジさんと食べるだけでもっとおいしくなる。
「ところでなまえ、最近何か悩んでない?」
「え…っ」
箸が止まる。
なんでそんなことを聞くのかと、ハンジさんを見上げると、撫でていた腕で頭を引き寄せてきた。
頭をハンジさんの胸に預ける。
「教室に迎えに行くと、いつも少し落ち込んでいるから。
たぶん、よく見てないと気がつかないだろうけど…」
ハンジさんは本当によく私を見てくれている。
そう、私には少し悩んでいることがあった。
でも、言わないでいたのにはそれなりの理由があった…はずなのだが、こんなふうに聞かれては、言わざるを得ない。
「最近、友達がおかしいって言うんです、ハンジさんのことを」
「私のことを?」
「…はい。
私は、そんなことないって言うんですけど」
「あっはは、あながち間違ってないよ!
私がおかしいっていうの。
私はなまえが好きで好きで、おかしくなってる」
「、ハンジさんってば、もう!」
恥ずかしくなって、彼女の胸に預けていた頭でぐりぐりと彼女を押す。
痛い痛い、とハンジさんが漏らすけれど、気にしない。
「でも、まあ…そっか。
それで悩んでいるってことは、私のこと、嫌になったとか?」
「まさか!
ただ、大好きなハンジさんをそんなふうに言われるのが嫌で…」
「ああ、泣かないでなまえ。
ごめんね、意地悪言って。
大丈夫だよ、そもそも私が君のこと、離してやらないから」
ハンジさんが撫でてくれる。
「そうだ、なまえ。
明日土曜日だけど、予定あいてる?」
「え…?あ、あいてますけど。
何でいきなり……?」
「君が行きたいと行っていたカフェがあるだろう、そこに行こうよ。
気晴らしだよ、気晴らし」
「…うん!」
嬉しくて、ぎゅうっと私はハンジさんに抱きついた。
明日はデートだ。
何着ていこうかな、髪は巻こうかな、なんて考えながら、「さ、早くお弁当食べちゃおう」と言われ、私はまた箸を動かし始めた。
朝、いつものようにハンジさんが迎えに来てくれた。
「ごめんなさい、遅くなって!」
「いいや、時間ぴったりだよ?
きっと、服を迷ったり、髪に手こずったりしていたたんだろう?…私のために」
かあっ、と頬が熱くなる。
図星だからだ。
一応、夜のうちに服は選んでおいたのだけれど、朝になるとあれじゃない、これじゃないと色々思うところが出てきてしまって、結局全く違う服になってしまった。
髪も、なるべく可愛くしたくて巻いたり、巻きすぎて伸ばしたり……とにかく、満足できる出来になる頃には、家を出る時間になってしまった。
「さあ、行こうか」
ハンジさんに手を取られて、駅に向かう。
ハンジさんの格好は、ぱっと見、男か女かわからないような、少しラフな、でもすごく似合っていて、彼女の横を歩いているのが、ものすごく誇らしくなってくる。
「あれ、なまえ。
今日お化粧してる?」
すっ、と頬を撫でられる。
「少し…。あんまり好きじゃないですか?」
「いや?
もちろん素顔も好きだけど、メイクしてもかわいいよ。
元がなまえだからね、上に何を乗せようと変わらないよ」
本当に、どうして彼女はこうキザな台詞が言えるんだろう。
恥ずかしくてぎゅっ、と手を握り返した。
このあと電車で何駅か乗って、目的の駅で降りた。
多い人混みではぐれないように、ハンジさんが私を引き寄せる。
そのまま行きたかったカフェに入った。
「なまえ、何頼む?」
「これとこれ…迷ってるんですけど、どっちがいいかなあ。
どっちも美味しそう…」
「じゃあ、私がこっちを頼むよ。
そしたら、二人で交換して食べ合える」
「本当に?
やった、ありがとう!
ハンジさん大好き」
「お礼はキスでいいよ」
「ハンジさんってばあ」
そんなことを言い合いながら、それぞれ注文をして、あーんなんて言いながら食べさせあって、じゃあそろそろ出ようか、ってとき。
ハンジさんは、伝票を持ってさっさとレジに向かってしまう。
「え、待って!」
バッグを持ったり、出していた携帯を閉まったりしているうちに、ハンジさんはさっさと会計を済ませてしまった。
「じゃあ、なまえ。出ようか」
「え、は、はい…っ」
彼女にさっと手を引かれて、カフェを出る。
「おいしかった?」
「はい…」
「ならよかった」
「あ、あの…お金…」
「ああ、いいんだよ、気にしないで。
私の奢り!」
「でも、悪いですよ。
この前のデートでも、奢ってもらっちゃいましたし」
「いいんだ、これは一種見栄を張っているだけなんだから。
先輩には華を持たせて、後輩は素直に甘えるものだよ」
にこっ、と笑って彼女が頭を撫でてくるものだから、私は嬉しくなって彼女の腕に抱きついた。
そのまま、腕を組んだまましばらく歩いた。
その後、私たちは大型ショッピングモールに来て、映画を観たり、買い物をしたりして、そろそろ帰ろうか、という頃になった。
「なまえ、そろそろ帰ろうか」
「えー…」
「えー、じゃないの。
おばさん、心配するでしょう」
「うん…そうだよね。
じゃあ、帰りましょうか」
「うん、帰りも送っていくからさ。
あ、そうだ。ちょっとここで待っていてくれる?
トイレ寄ってくるからさ」
「わかりました。
ちゃんと出たら手、洗ってくださいよ」
「わかってるってー」
彼女がトイレに入っていくのを見て、私は近くのベンチに座って待っていた。
ちらっと中を見ると、行列ができているみたいだった。
これは、しばらく待ちそうだ。
「ねえ、君」
「……はい?」
「一人?」
……なんてことだ、まさかこんなタイミングに初のナンパにあうなんて。
しかも三人。
逃げてしまいたいけれど、ハンジさんを待たなくてはいけないし、そもそもこう囲まれては、どう対応すればいいのかわからない。
どうしようもなくしばらく対応していたが、疲れてきた。
ハンジさん、早く帰ってこないかな……。
「ねえ、一人なら遊ぼうよ」
「いえ…人を待ってるんで……」
「誰?彼氏?」
「いや、そんなんじゃ……友達?です…」
「へえ、ならその友達も一緒に遊ぼうよ」
「いえ…無理です」
「そんなこと言わずにさあ」
「無理だよ、私も彼女も君たちには興味ない」
「ハンジさん…」
ハンジさんが私を見るや否やそう言って、私のところに来てくれた。
私を立たせて抱き締める。
男たちから「女?」「いや男だろ」「いーや女がだ女子便から出てきた」なんて声が聞こえる。
「そんなこと言わずにさ、五人で遊ぼうよ」
「っ、や!」
一人が私の腕を無理やり引っ張ろうとする。
ハンジさんが、それをすさまじい早さで引き離すと、相手の男の腕を捻り上げた。
「いってぇ!」
「何するの…。
彼女に触らないでよ、私のなまえなんだから。
お前たちが触っていいような子じゃないんだよ。
同じ空気を吸わせてしまっていると思うだけでも気分が悪い」
ぎちぎちと掴む手首から音がなる。
そんな光景を見ながらも、懲りずにもう一人がこちらに手を伸ばしてくる。
それを見たハンジさんが、器用に彼の足首を蹴った。
痛そうに足を抱えている。
捻りあげていた一人の男の手を離すと、痛みにおののく二人と、恐怖におののく一人をハンジさんが睨み付ける。
「去れよ、早く彼女の前から消えてくれ」
三人ががたがた震えながら後ずさる。
このときのハンジさんは、なんというか、ものすごい迫力で、私まで怖くなって、彼女にしがみつく。
「いいか?お願いはしてない。命令した、去れと」
「……ハンジさん」
彼らが去って、私は彼女を呼んだ。
はっ、と何かに気づいたように振り向くと、泣きそうな私をいつもの優しい笑みを浮かべて撫でてくれた。
「……ごめんね。
怖がらせちゃった?」
「いえ…、助けてくれて、ありがとうございます」
「…許せなかったんだよ、君に触れられたのが。
……ごめん、送るからもう帰ろう。
遅くなったら、おばさんが心配するよ」
「……はい」
そうして、手を繋いだまま私たちはまた電車を何駅か乗って、家に帰ってきた。
玄関前、彼女は私の頭を撫で、「また明後日、迎えに来るね」と行って、帰っていった。
あのときのハンジさんは少し怖かったけれど、かっこよかった。
今日のハンジさんを思い出しながら、私は笑顔を溢して、早く明後日にならないかな、なんて思っていた。
「……ん」
ふと目が覚めた。
ずいぶんと懐かしい夢を見ていた気がする。
聞こえるのは相変わらずのパソコンを叩く音と、鎖の擦れる音。
「ハンジさん…」
「ああ、なまえ起きた?」
「ハンジさん、屋上…」
「…屋上?」
「屋上、途中から誰も、来なくなった…」
「ああ、うん、高校のときのお昼ね」
「友達も、段々私から離れていった」
「だって、少し距離を置け、なんて君にアドバイスするからさ」
「ナンパしてきた男の人を締め上げるハンジさんの目、すっごく怖かった……」
「なまえに、触れたのが許せなかったんだ」
「……全部、ハンジさんなの?」
「ああ、そうだよ。
今まで気づいてなかった?
屋上だって、君が二人っきりが漫画みたいでいいっていうから、二人っきりになれるように常連だったみんなに"お願い"したんだよ。
君の友達だってさ、君に私から離れろだとか、すごい子は私に直接お前はおかしい、なんていうから、私となまえの邪魔しないでくれ、って"お願い"したんだよ。
ナンパの件は、あれだね、悪かったよ。
君の前であんな姿を見せるつもりはなかったんだけど。
……君が、浮気さえしなければ、私はずっと君の前では"王子様"でいられたのにね。
なまえが悪いんだよ、私を裏切るから。
…なまえ、聞いてる?」
「……」
夢に見た思い出の謎解きができた私は、満足して再び眠りに堕ちてしまった。
ハンジさんをおかしいと言っていた友人たち。
彼女たちを邪険に扱ってしまった過去の私を叱ってやりたい。
お前は間違っている、今のうちに逃げろって。
でも、そんなこと今さら気づいたって仕方ない。
私はもう、捕まってしまったのだから。
そしてもうきっと、一生逃げられない。