【絆】


※映画ネタばれが含まれます。
 映画まだ見てない方は見ないほうが吉。
 映画後ねつ造です。




















動かないその身体は、それでも三成の手に温もりを伝えてきていた。
故に、彼は生きている。
病により茶色に変色した乾いた肌は、どことなく青みを増していた。それでも、暖かい手は、昔と変わることは無い。
目を覚まさないだけなのだ。夜が明ければうっすらと目を開け、「やれ、三成。そんな顔をしてどうした。いい男が台無しぞ」
そう言ってくれるのであろうと。

「死人も同然です」

京から招いた老人医者は、三成と家康に告げた。
京でも一番の腕を持つ、高名な医者だった。
「死人」
その言葉を聞いた瞬間に、三成の身体は震えた。家康は、ちらりと震える彼の拳を見た。
骨が浮き出るほどに固く握られたそこから、ぽたぽたと鮮血が落ち、三成の袴を濡らしていた。

「息はありますがな、四肢はもう動きませぬでしょう。覚醒するかも微妙なところですな・・・・このまま覚醒しなければ餓死するだけで・・・」

「それを!!!!!」

「ヒッ・・・・・・!?」

三成の手が、医者の胸倉を掴んだ。
家康が、関ヶ原の戦い直前に対峙した以上の憤怒を持った顔で、三成は医師を睨みつけた。
いや、憤怒だけではない。やり場のない悲しみの色すら浮き出ている。

「どうにかするのが、貴様の仕事だろう!!生きている、刑部は、生きている!何が死人だ!!!!!」

悲痛なまでの叫びが、部屋に響いた。
医者はただ、目を見開きながら「申し訳ありません」と繰り返す。その言葉すら届かず、三成は医師を責め、罵倒し続けた。
終いにはボロボロと涙を流しだした三成の手を、大きな家康の手が包み込んだ。ゆっくりと、指を一本一本優しく解き、医者を三成の手から救ってやる。
怯えた医者は直ぐに尻を見せて逃げると、部屋の隅で頭を隠し震えている。
そんな情けない姿を見ても、吉継を「死人」と言われたことが余程頭に来たのだろう。三成の怒りは収まらない。
いつの間にか三成の手には刀が握られており、今にも医者を斬り殺そうとしていた。
家康は医者を守るように、三成の前に立った。可哀想なくらい震え、涙で瞳を濡らす三成は、それでも鬼のような形相で「退け家康!」と叫ぶ。

「三成、この者は本当のことを言っただけのことだ。落ちついて、話を聞くんだ」

「刑部は死んでいない!生きている!」

「ああ、そうだ。刑部はまだ生きている。この者は恐らく日ノ本一の医者だ。この者以外に刑部は救えないだろう・・・だから、落ち着け、な?」

諭すように、家康は三成を覗きこんだ。

「三成・・・な?」

三成は荒い息を吐きながら、家康を睨む。しかし、次第に家康の暖かな瞳に毒気を抜かれたのか、ふっと睫毛を伏せた。
かざしていた刀を、下に降ろす。

「・・・・悪かった、私の悪い癖だ。直ぐに頭に血が上る」

「若い証拠だ、三成」

あまりにも素直に頭を垂れた三成が、可愛らしい弟のように思えて、家康はその頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
柔らかい銀の髪が心地いい。

「歳は貴様とたいして変わらん」

三成は直ぐに不満そうに呻くと、家康の大きな手を鞘で払いのけた。




※※※※※※※※





あの、関ヶ原の戦いから二日がたつ。
いつ果てるとも知れない戦いの中、関ヶ原の荒野に立っていたのは家康だった。
何百回かの刀と拳の交わりをした後、突然三成は倒れた。
力は互角だったが、家康の体力勝ち、と言ったところであろう。
家康と三成の戦いが決した後、伊達政宗と真田幸村は、二人寄り添うように燃え尽きていた。まさか死んだのではないか、心配し駆け寄った家康の耳に聞こえてきたのは微かな寝息だった。
全く、どこまでも自分勝手で幸せな奴らだ、と家康は苦笑いしてしまった。
「忠勝!!」
家康が、彼の忠臣の名を呼ぶ。
無敵の兵は直ぐにその声を聞きつけ飛んできた。おおきな排気音を立てながら地上に降りたその鉄の腕が抱いていた者に、家康は「あ」と声を漏らす。
満身創痍の、大谷吉継だった。
家康は、三成を担いで忠勝の背に乗ると、直ぐに大阪城に行くように命じた。
機械音を轟かせながら、忠勝は飛ぶ。
政宗と幸村のことは気になったが、まあ、あの二人のことだ。心配はあるまい。
今心配なのは、三成を庇って倒れた吉継の身体だった。



※※※※※※※※





「刑部が生きていて、本当に良かったよ」

医者を帰した後、家康は笑った。
あのように怯えたままでは満足に診察も出来まい。もしかしたらそのまま京に逃げ帰るかもしれないが、それはそれで構わない。
家康は知っていた。
もう、吉継は助からないであろうことを。どんなに高名な医者の腕を持ってしても、覚醒しない者を救うことなど出来ないのだから。
それでも、そんな残酷なことを、この可哀想な三成には言えず、暗い気持ちを抱えたままそれでも能天気そうに笑った。

「・・・・ああ。刑部は死なない。私が、許可しない」

「そうだ、死なないさ。刑部だってお前のことを置いて逝けるはずがない」

「早く、目を覚ませ刑部」

三成は、吉継の手を握った。包帯に巻かれ、病んでかさかさと乾いた音が鳴る手は、暖かい。

「貴様はもう傷つくことは無い」

三成が、吉継の手を自分の頬に当てる。
愛おしそうに何度もその手を動かし、三成は自分の頬を撫でさせた。

「私の憎しみは潰えた。今はただ、秀吉様がおつくりになったこの天下が、どうなっていくのかを見てみたい・・・・なあ刑部、一緒に天下の行く末を見守ろう」

家康は、呟く三成から目を背けた。
背けては駄目なのだ、とわかっている。しかし、このあまりにも純粋で、美しい男があまりにも哀れだった。
崇拝する秀吉公と半兵衛を無くし、唯一無二の親友との絆すら絶たれようとしているこの男が、哀れで仕方なかった。その細い背中を抱きしめて「大丈夫だ」と言ってやりたい。「わしが共にいるから」と。
しかし、この男はそれを望まないだろう。
彼が欲しているのは、目の前の死人のような男の命。

「今度は、私が守る。貴様の身体も、心も、もう傷一つ負わせない」

祈るように、三成は言った。
もしかしたら、三成自身も吉継が目覚めないであろうことを、わかっているのかもしれないと家康は思った。

「起きてくれ、刑部・・・・・・私は、貴様が」

「ッ・・・・・・・・」

三成が、吉継の身体を抱き締める。絶対に壊さないように、優しく。
家康は、小さく呻くと、部屋を出た。
そのまま廊下にうずくまると、泣いた。
何故、涙が出てくるのかわからない。二人の「絆」を超えた美しすぎる何かに、圧倒されたのか、それともあそこまで三成に愛される吉継に嫉妬したのか・・・・。家康にはわからなかった。ただ、溢れる涙は止まらず、日が落ちるまで、彼は泣き続けた。







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