一本の藁





「朱麗…、乃亜ここにいない」
『どういうこと!?』
『居ないって、じゃあどうすんだよ。あのお姉さまだけが今の所の頼みの綱なんだろ?』
『どうするって言われたって、そんなの知るわけないで…しょ…って三蔵と悟空は?』


葵の話からここに住んでいるのだと思われる乃亜だが、あの時ここを出てからまだ帰っていないらしい。唯一の頼みの綱が失踪しているということに朱麗は頭を抱えながら後ろを振り返れば、そこに三蔵と悟空の姿は見えなかった。


『あのふたりならあちらの本殿の方へ行きましたよ』
『ホント自由人ね、もう』


いつでも最終的な決定権は三蔵が握っている。この旅も玄奘三蔵法師としての旅の途中だ。だから先陣を切るのは三蔵だ。そのことに関して文句を言うこともあるが、反抗をすることは無い。三蔵居てこそこの旅に意味をが生まれるからだ。
朱麗は眉尻を下げ、困った顔をしながら三蔵と悟空が向かったという本殿の方へと足を運ぶ。


『この建物ってなんだか人間味がしねぇーよな!食いもんの匂いもあんましねーし!』


一足先に本殿に足を踏み入れていた悟空は、本殿の隅から隅まで歩き回りながら匂いを嗅いでいた。おおかたなにか食べ物がないか物色していた、というところだろう…。


『…猿じゃなくて犬だな』
『なーなー、これって犬かな?』


祭壇の横に掘られたそれを触ろうと手を伸ばしたその時、部屋の中だというのに急に風が吹き抜け本殿の障子がガタガタと震える。


『いってえぇ!!?このいぬっころ!!なにしやがんだ!!』
『犬じゃねぇ、狼だ。じっとしてろ!!』


風が吹き抜けたその後に目の前に現れたのは黒い狼だった。悟空は左足を噛み付かれてしまい、その左足をブンブンと降るが振り払えることなくバランスを崩し尻餅をついてしまう。その状況に焦りを見せたのは愛銃に手をかけた三蔵のようだ。

おやめ、クロ私の客人になにをしてるの?」

その言葉を聞いたクロと呼ばれた狼はしぶしぶその咥えていた悟空の足を離すのだった。
そしてその事と同時にクロの反対側に象られた彫り物もまたブワッと風を巻き起こすと、今度は白い狼となり先ほどのクロとは違いシュルリと優雅に声の主の隣に座った。


ほんっと貴方は上品さが足りないわ。まぁそれは貴女もね
「…あなたは口を開く度にいつもそれね。言い返す言葉もないのだけどね」
もう、しっかりして頂戴。貴女はこの…

『見つけたわ!』

済まし顔で話を続ける白い狼の言葉を遮ったのは朱麗だった。


『あなたこことは違う、 反転世界について知ってるわよね!!?』










changement










そのころ清蘭達は悟空の強い要望と、清蘭の優しさ、三蔵が誘惑に負けたことにより飲食店に来ていた。
どうやったら帰れるかと話し込んでれば、そこに割り込んで入ってきたのが乃亜だったのだ。そんな乃亜は「朝ごはんまだなの。奢ってくれたらいろいろ教えてあげてもいいわ♥」と言い朝ごはんを奢ってもらっていた。

もし彼女が言ってることがすべて本当なら、彼女は時間と空間の女神を祀っている社の巫女だという。
ただ彼女の話し方や態度からはあまり神聖な感じや、神々しさはあまり感じなかった。


「貴女、その目の蒼……とても神秘的ね。よく見れば顔も整っているし、まるで女神様みたい」


そして乃亜は清蘭をまじまじと見るとそう言ったが、清蘭本人は表情1つ変えることなく、先程から食べているストロベリーパフェをまた口に運ぶのだった。
清蘭にとって女神≠ニいうその言葉は、嫌でも昔の恐怖コトを思い出してしまい、いい気分はしなかった…。そんなことはここにいる三蔵一行を含め乃亜もまた、知るはずもなかった。
そんな中、乃亜はおごらせたご飯を平らげると満足そうに笑みを浮かべる。


「ぷはー、食べた食べたー!」

「お姉サマまた随分な量食ったな……」
「悟空並ですかね? 」


机を見れば向かい側に座る悟空と同じように机いっぱいにお皿が広がっていた。そしてその呑気な声に悟浄と八戒が反応する。同時に大量の食料は、この細身の女性のどこに吸収されたのかと、疑問が浮かぶ。

清蘭はストロベリーパフェを食べ終わると、「だいじょうぶ…」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。そうして1つ深呼吸をしてからずいっと乃亜に詰め寄る。


『ねぇ、こうして朝ご飯奢ってあげたわ!時空の狭間≠フこと教えて!!私はみんなのいる所へ帰りたいの!!』


帰りたい


ただその一心で清蘭は乃亜に迫り、乃亜は口の周りについた汚れを拭きながら黒い目を細めて笑った。


「約束だものね、もちろんいいわよ」
『やったぁっ!』
「と言いたいところだけど」
『え…?』
「実は私よく知らなないのよ、そのこと」


やっと帰れると思い心踊らせた清蘭は、予想していた答えとは違い思考を停止させてしまう。
そんな状況に三蔵は怒りをあらわにし、乃亜を睨みつける。


「おい、ふざけてんのか」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!確かに知らない≠ニは言ったけど、我が社にその反転世界についての書物があるはずですわ…たぶん……」
「あ゛ぁ?」
「あ、ありますあります!」


流石に最高僧様の睨みが効いたのか、ビクッと縮こまる乃亜。
彼女の言ってることが本当かはまだわからないが、今のところ彼女を信じてその反転世界についての書物を探すしかない。


『じゃあ、私一緒にいって探す』
「……チッ。おいその社とやらに案内しろ」


三蔵はため息混じりの舌打ちをすると乃亜に案内するように告げる。乃亜はその言葉を聞くと、まるで先ほどとは別人のような顔をし、どこか神々しい雰囲気を醸し出し席を立った。


「承知いたしました、北方天帝使 第31代唐亜玄奘三蔵殿」
「…!?」

「あ、そうそう皆様に1つご忠告を…。社の中のモノにはお手を触れぬようにお願い致します」

「もし触ったらどーなるんだ?」
「今言ったことを守っていただけなかった場合は、わたくしのやしろ等で起こりました怪我、お身体欠損、そしてお命への保証は致しかねますゆえ…」


乃亜はあくまでにっこりと笑って言うが、それを聞いた5人は少し心配そうに顔を見合わせるのだった。







changement









フラフラとでかけていってしまった乃亜をやっと見つけた!と、朱麗は食い気味で乃亜へと話しかけた。
だがその返答は朱麗や葵、一行の思っていたものとは少し違っていた。


反転世界、ね…」
『そう!』
「えーっと、知らないって言ったらどうする?」

『はい?』


その言葉を聞いた朱麗の表情そのものは笑顔を保っているようだが、溢れる怒りは押さえ込めてないようだった。


「…もしかして貴女、怒ってる?」
『何言ってるの、当たり前でしょ!!?ていうかアンタ達も何か言いなさいよね!三蔵も悟浄も、清蘭が帰って来れなかったらどうするのよ!!』


うまく進まない話に怒りをあらわにする朱麗は、まるでその感情をぶつけるように二人に話を振った。


『急に話振られても、なぁ』
『珍しくお前がひとりで動いてやがるから、それを見ていた』
『あのねぇ!!!?もう、いいわっ!葵は?帰りたくないの!?』
「えっ!?いや、帰りたい、けど……」


話を振った先のふたりがあまりにも思った回答と違う返事をしてくるものだから、その怒りはまた少し増すと今度はそのまま葵に回ってきた。
そのことに葵は帰りたいという気持ちよりも、気迫に押されてしまい朱麗から目をそらすのだった。


「さー、どうしようか」
『みんなして、もう!ふざけないで!!』
「…なんでこう、年増を過ぎると怒りっぽくなるのかしら
『…ちょっと?私、まだ23なんだけど?』
「えーっと…じゃあ正しくは中年増なのね!あ、じゃなければ年増盛り?」
『………』

『あ、姉貴…?』


年齢のことを触れられ、また別の怒りを振りかざす朱麗は余計に正しく訂正されてしまい、何故か反論するのをやめてしまう。そしてその様子に、焦ったような表情で悟浄が声をかける。


『あのねぇ!!!!わた、』
!! 申し訳ありません!!
『しは…、って……え?』


あまりにもむかつくことが重なるものだから、その頬を引っ張ってやろうと手を伸ばし、距離を少し詰めようとした時だった。
その会話を割るようにして謝罪の言葉を述べ、こうべ垂らしたのは白い方の狼だった。悟空の隣で黒い方の狼もまた目を伏せ、どうやら朱麗に敬意をはらっているようだ。


あなた様がこのような場所へおいでなるとは…!気づきもせず、大変失礼いたしました。なにとぞ、未熟な私たちをお許しくださいませ…騰蛇とうだ
「モリーブ、いったい…」
今言った通りよ。このお方中には騰蛇とうだ様がいらっしゃるわ
「!!?」


女神・騰蛇

こちらの世界では通称【死の女神】と言われている。朱麗と同じくように白い髪に紅い瞳を持つ女神だ。

朱麗は『またか』といった感じで、先ほどの乃亜に対して向けた怒りよりも女神と呼ばれたことへの苛立ちの方が勝ってきたのであった。


『あー、そんなのいいわ。はっきり言ってすっごいめんどくさい。私、美人だけど女神なんかじゃないし』
『そーそ、すっごく普通の女子だもんなー』


普段ならば自分のことを自分で美人と言いきれるのか、というツッコミを入れる所なのだが、この話題の時は悟浄もすかさず合いの手を入れると彼女をなだめるのだった。
すこし頭が冷えたのか少し考えた顔で頭を掻くと、先ほどモリーブと呼ばれた白い方の狼を見た。


『………でもまぁとりあえず、そこの礼儀正しい狼さんに免じて許してあげる事にするわ』


そう言われ、モリーブはまた目を伏せ軽く会釈をするように頭を下げた。朱麗の言う通りなんとも礼儀正しい狼である。


「それでなんだけど、時空と空間の女神様の社だって、アンタそう言ったよな。だったらその事に関する書物とかそういうの、どこかにないのか?」


乃亜は葵の言葉を聞き、必死に何かを思い出そうとする。少し間を置いて今度は閃いたかのように「そうだ!」と声を出すと社の奥へと視線を向けた。


「確かそれに関する書物が何冊かあるのよ!で、その書物がしまってある書庫がこの奥にあるんだけど……」
「けど…?」
「なにぶん長年整理してないからどこにあるかわからないし、掃除もしてないのよねぇー…」
『とりあえず案内だけでもお願いできますか?片付けなら僕達でも出来るので…』


少し離れたところで見守っていた八戒が口を開いた。気づけば朱麗の隣に立っており、朱麗は八戒へと腕を絡ませていた。先ほどの女神に関する発言があったからなのかはわからないが、八戒が隣に来たことによって彼女の表情は和らいだようだ。

そしてここにきてようやく掴めそうな情報。まだまだ不確かではあるが、それでも今は藁にもすがる気持ちで乃亜に案内されるがまま、社の奥へと移動することとした。





























***
はい!大台2桁!!
前回の【*並行世界*】は何話までやったのかなぁ、と思ったら18なのね。
大台とか言ったけど、まぁこれからってことですかね。頑張ります(白目)



だんだんと咲夜さんの方のオリジナル要素が強くなりつつあります。そのため構成、総編集の黒音は頭を悩ませまくりです←


えっと今回の話は、全体的には時空の狭間/反転世界に関する書物
っていう情報を手に入れて、次回でそれが見つけられるのか、ってとこですかね。

新しいキャラクターとしては、よくある狛犬の代わりにこちらの社のでは狼さんがいまして、神通力とでも言いますかね、動きます(キッパリ)

黒い方が【クロ】まんまですね!
白い方が【モリーブ】そこは白じゃないのかよ!
って感じですね。
意味合いに関してはクロは黒いからですよね。モリーブはギリシャ語で【導く】です。
そのへんのツッコミに関しては次回の清蘭さんたちの方でやってもらおうかなぁ(ネタバレ感)



こんな感じです!
あ、ちなまに狼さんたちには清蘭、朱麗の中に二つの魂(ひとつは本人、もうひとつは女神の)というのが感じ取れる(見える?)らしいですよ。
乃亜さんは一応人間なので、よくわかりません。でも女神というものは信じてます。

清蘭さんたちは おとぎ話 というふうに認識していて、多少容姿が似ているからと女神と言われたりするのを嫌っているそうです。
過去にいろいろあるからだそうです(ザックリ)


というわけで(?)長くなりしたがまた次回!



読んでくれてありがとうございました。
黒音 / 咲夜


2016.08.02

[ 12/12 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -