「手掛かりゼロッ、ってかー」


「オイ仗助腹減ったよォ。購買でなんか食おーぜー」


「ん?あぁ、いいけどよー…」



国立ぶどうヶ丘大学はその広大な土地を使用した快適なキャンパスライフが売りである。その広さゆえ、多くの学部を持ち、芸術学部、教育学部、看護学部など専門的な分野にも精通している。校舎は四つに分かれ、本館、別棟芸術学部のA館、教育学部のB館、看護学部のC館と分かれている。

その広大な土地を片っ端から聞き込みをするのはかなり骨が折れる。更には手掛かりはなし。仗助と億泰はB館とC館の間にある購買に立ち寄ることにした。夏休みで時間と品数は限られるものの、教授やサークル活動をする一部の生徒のために商品を置いているようだった。


「おばちゃん、ヤキソバパンひとつ!」

「俺はハムカツサンド。」


「あいよー。あら、ぶどうヶ丘高校の学生さん?校内見学?」

「うす。」

「スゲー広い大学だよな!ここ!」


「ほんとにね〜おばちゃんも来たばかりの頃はよく迷ったわよ、でも色々な勉強ができるし、良い先生も多いしねえ、……あらっ!米澤せんせ!」


おばちゃんからヤキソバパンとハムカツサンドを受け取って少し立ち話をする。たしかにこんな気さくなおばちゃんもいるし、良い大学なのだろうと仗助が感じていたところ、二人の間からニュッ、と黒い腕が伸びてきた。


振り向くと、かなり身長のある仗助が見上げる背丈の、けれど体格がいいというよりひょろ長いといった印象の男性が立っていた。白いハイネックのトップスに黒のノーカラージャケットとパンツ。色素の薄い髪や少し下がった目尻がモノトーンの服装とは対照的だった。


「タマゴサンド。僕は昔っからこれが大好きなんだけども、どうしても黄身のぼそぼそした感じが嫌いなんだよ。でも、世の中黄身だけのタマゴサンドはあれど、白身だけってないよねえ。残念だよ。分けられたらいいのに。」


「……はあ、そっすね」


「オッサン、自分で作ればいいんじゃねーか?」


「はは、そうだね。僕も最近、それが一番いいと気づいた。」


そう言うと男はおばちゃんに金を払って立ち去った。隣で億泰が変なオッサン、と呟く。


「あらあ。そんな言い方しちゃダメよぉ。あの人は芸術学部の米澤教授。美術部の顧問もされてるのよ。見た目の通りなんだか抜けたことを言って生徒をよく笑わせてるけれど、絵画や立体創造、幅広い分野で活躍なさる方よ。おばちゃんもこないだ個展見に行っちゃったわ〜〜!」


「……へえ〜〜〜」


興奮して捲し立てるおばちゃんの隣で、まあなんというか、あの甘いマスクってやつがウケてる理由のひとつでもあるだろうな、と仗助は考える。
そして美術部の顧問と言えば、ナマエさんはあの先生に習っているのか、とふと思った。


「どうしたんだよ、仗助?ハムカツサンド食わねーのか?」


「…いや、何でもねえ億泰。けどこれ食ったら続き調べるぞ。ただし今度は行方不明の生徒じゃなく、この学校の教授についてだ。」
















「えっ、鍵、持ってるんですか?」



デニムのポケットから得意げに鍵を取り出すナマエさん。僕は思わず当たりを見回して人がいないかを確認した。


「昨日準備室の片付け任されてから、どうせ今日も来るだろうしって持って帰ったんだよね。部活もないし、顧問の先生も出張みたいだったしさ。まあ、君がいるならいらなかったけどね。」


そう苦笑いしてナマエさんは美術準備室の扉を開けた。彼女に続いて中へ入ると、日当たりの悪いその部屋は、様々な道具や作品が所狭しと置かれていて、唯一ある窓さえ塞いでしまい、かなり埃っぽく淀んだ空気が漂っていた。


「……理科室も音楽室も、準備室ってどうしてこう不気味なんでしょうか。」

「たしかに。どこもこんなもんだよねえ。」


そう言ったナマエさんは僕が中へ入ったのを確認すると、内側から鍵をかけた。僕が疑問の視線を投げかけると、静かに淡々と口を開いた。


「昨日の話。“カメリア”がないって言ったの覚えてる?」

「はい。」


「実はあの時思い出したんだ。同じ美術部の奈良アケミが失踪した日。放課後、私は顧問の米澤教授に呼び出された。」


「出張先で美味しいお菓子をもらったからあげるよ。美術部員たちに渡しておいて。ついでに丁度コーヒーがはいったから、飲んで行かないかって。その時先生は黒のジャケットを脱いでた。彼はいつも決まって白のハイネックに、黒のジャケットとパンツ。ルーティンのようなものなのかな。生徒たちは何着持ってるんだろうね、なんて笑ってた」



「その時は何も疑問を持たなかった。ああ、ジャケットを汚したんだなってくらいにしか思わなかった。実際、絵を描く人にとってはそんなこと、日常茶飯事だったし。だから、椅子の背もたれにかかった、黒のジャケットから、付着したカメリアが覗いてるのなんて気にも留めなかった。」



ナマエさんは表情を変えずにそう言うと、ずんずんと準備室の奥へと入っていく。そして周囲が散らかるのも気にせずにあらゆるものを物色し始めた。



「それは、」



「…あの日、先生は美術室で絵を描いていたアケミを襲ったのかな。それで抵抗されて、ジャケットにカメリアが付着した。その証拠を隠そうと、何らかの方法であの絵からカメリアを消した。そこに事前に呼び出していた私が来た。先生はお茶を勧めて、アリバイ作りを成立させた。あの時、あの部屋にはきっと彼女がいた。」



「ナマエさん。」




「私は、気付いてあげられなかった。」



淡々と喋っていた彼女の声が震えた。僕も彼女に続いて周囲を漁る。



「きっと彼女たちの手掛かりがあるはず。強い思いの残ったものが。モブくんが触れればわかるはず。先生は今日は出張だって言ってた。その間に証拠を見つけて、みんなと合流しよう。」



彼女の言葉に頷いて目ぼしいものには片っ端から触れてみた。すると特に作品なんかは個人の思いが深く残るようで、様々な生徒の記憶を感じることができた。その中に、ナマエさんの言うように、白のハイネックに黒のジャケットを着た男性の記憶も見た。



『………。ナマエさん、その、米澤教授って、どんな人なんですか」


「……ちょっと抜けてるけど優しくて、面白くて、やっぱり結構変な人で、でも、先生の描く絵、すごい好きだったよ。でも、今となってはわかんないな。」


「……そうですか、」



ナマエさんが証拠を見つけてからみんなと合流しようと言ったのは、きっと教授を最後まで信じたかったからだろう。そして本当は、証拠なんて見つかって欲しくないんだろう。僕が見た米澤先生の作品の記憶は、必死に自分をすり減らして、努力して、考えて、そうしてやっと生み出したひとつの作品だった。



「……ナマエさん、この扉の向こうは何ですか?」


「え?扉?」


ふと、大きなビーナスの像の向こう側にもう一つ扉があることに気付いた。その像をなんとか動かしてスペースを作り、ドアノブを回してみた。けれど開かない。


「そんなとこにもう一つ部屋があるなんて知らなかった。………そこかな。」



「………開けますよ。」


「…お願い。」



静かに肯定の返事をした彼女を確認して、ドアノブに手をかざした。カチン、と鍵穴が真横に向く。ひとつ唾を飲み込んでそっとノブを回した。



「………暗くて、よく見えない。電気は……」


「窓も何もない、まるで地下室みたいな……」


準備室の窓から申し訳程度に入る日差しに照らされているのは入り口のほんと一部分。ナマエさんの言うようにまるで地下室のような真っ暗闇だ。けれど二人とも、何かの気配を感じているのは確かだった。そして、何か生き物の、生臭い匂いも。

手探りで壁際のスイッチを探り当てて、そして押した。パッと一気に明るくなった室内に、慣れない目が一瞬眩む。そして。




「………なんだ、これ……」





そこに広がっていたのは、数十体はあろうかという女性の像が、所狭しと部屋中に置かれている光景だった。



「………像じゃない、これ、全部………生きた人間だ………」



もとい、その像たちはそれぞれが意志を持ったような奇妙な動きをしていた。目も口も耳も鼻も、手も脚も。一見なんの変哲もない美しい像に見えるが、その動きのちぐはぐさは見る人の恐怖を煽った。数体の像のギロリとした目が僕たちを見る。手を動かし、口をパクパクと動かす。でも何を喋ることもない。その場を動くこともない。彼女たちは確かに生きている。生きているけどこれは………




「殺人と同じだ。」




「やあやあ、それは手厳しいね。死んでしまったら意味がないんだよ。僕としては、この状態がベストなんだ。……やっぱり、君にも理解できないか。」




そこには記憶で見た、優しい笑顔をたたえた教授が立っていた。



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