「もしもし、霊幻先生?」




放課後。授業が終わってすぐに人気のない屋上へと続く階段へ来た私。そこで霊幻先生に電話をかけた。2回ほどコールが鳴った後すぐに出た。ヒマなのだろうか。


「おう、ナマエ。どうした?学校終わったか?今日は4時半からだぞ〜〜依頼入ってるからな」

「はい。そのことなんですけど……実は、放課後ちょっと呼び出されて」

「は?呼び出し?校舎裏にか」

「違いますよ。人を何だと思ってるんですか」


相変わらず失礼なことを言う上司だけど、昼間の件で少しピリピリしていたから緊張がほぐれる。
あのあと、帰った教室の雰囲気も居心地が悪かった。あれだけ派手に騒ぎがあれば、当然と言えば当然だけど。


「あの、今日ちょっと色々あって…職員室に呼び出されてるんですよ。それで、バイトの時間に間に合いそうになくて……申し訳ないですけど、」

「ほー、まあ、何があったかは知らんが、しゃあねぇなー。遅れてでも来るのか?」

「はい。あ、でも先生たち外に出てます?」

「うん、依頼内容からして多分な…。まあ、それじゃあ鍵は花鉢の下に置いとくから。ほら、入口のドアの横にあるやつ、わかるだろ?」

「えっ…そんな古典的な場所に隠して大丈夫なんですか……それ以前に事務所に私を一人にして、」

「えっ。何、お前売上とか盗むの」

「しませんよ!」

「だろ。じゃあ大丈夫だよ。そんじゃま、そういうことでヨロシクな〜気をつけて来いよ〜」

「えっ。あ、はい。どうも……ありがとうございます…?」


軽い感じで話は進み、そして切れた。
ツー、ツー、と鳴るスマホを見つめてぼんやり思う。

入ってたった一週間やそこらなのに、こんなに信用されて大丈夫なの?
そう思うと同時に、嬉しさやら気恥ずかしさがこみ上げる。

でもよくよく考えれば、私も出会って一週間やそこらの、しかも胡散臭い詐欺師の男を、先生と呼ぶほど信頼してしまっている。

私が信用すれば、相手も信用する。そういうことなのだろうか。


何か解決の糸口を見出したような気がして、心が晴れやかに感じた。



「……って、あ。呼び出されてたんだった」



そう思い出して、ひとりごちる。
慌てて階段を駆け下りて、職員室へと向かう。なんだか今日は、走ってばかりだなあ。

















「す、すみません……遅くなりました、」



ガラリ、と職員室のドアを開けると、すでに到着していたハルとアンナがこちらを見た。2人が立たされている前には例の村田先生がいる。他にも、学年主任や数人の先生の姿。

悪いこともしていないのに、場の雰囲気の威圧感に尻込みしてしまう。


「遅いぞ。何してた」

「えっと、バイト先に遅れるって電話を…」

「そうか。まあいい、3人とも揃ったから話をするがー」


「あの、」


そう言った学年主任の言葉を遮ったのはまずかったか、遅れて来た癖に何を、というような少し厳しい視線が向けられる。
村田先生の座る年季の入った回転式の椅子が、ギィ、と小さく音を立てた。



「あの子は、小林さんは、大丈夫なんでしょうか」



首から大量の血を流している姿が、目に焼きついている。

難しい顔でそう訪ねた私の質問に答えたのは、学年主任ではなく、黙って聞いていた村田先生だった。


「大丈夫だ。頚動脈を傷つけていたら危険だったが、その心配もない。今は病院で手術をしたあとで、1日だけ仮入院するそうだ。彼女の気持ち次第でいつでも学校へは戻れる」

「そう、ですか…」

「あの、手術って」

「傷口が広く出血が酷かったんでな。5針ほど縫ったそうだ。傷が残る心配もあるが、精神状態の不安もあるな」


「………」


やはり、思っていた以上に事態は深刻だった。

うずくまる彼女を見つめていた、あの女子生徒の姿が脳裏に浮かぶ。



「それで、君たちはあそこで何をしていた?」



動揺する私たちに学年主任が鋭く問う。少なからず、今回の一件に私たちが絡んでいると疑ってかかっているようだ。


「何って、私たちは昇降口のところでお弁当を食べてただけですよ。それで、悲鳴が聞こえたから慌てて飛び出しただけで」

「昇降口?なぜそんなところで弁当を食う必要がある。それに、悲鳴が聞こえたら普通は不審がって近づかないだろう」

「なっ!私たちが嘘言ってるって言いたいんですか!?」


ハルの強気な物言いは学年主任の疑いを更に深くさせたようだった。そこでアンナが慌てて口を開く。



「本当です。私たちは彼女を心配してあの現場に行っただけで、彼女に危害は加えてません!」



必死に訴えるアンナに、先生たちがちらちらと目を合わせる。普段から特別目立った行動はしていない私たちだ。まさか後輩の女子生徒を集団リンチ、だなんて先生たちも本気で疑ってはいないだろう。

けれど、白昼堂々、女子生徒が首の肉を噛みちぎられるという不可解でショッキングな事件が起きたんだ。

疑心暗鬼になるのも仕方が無い。




「あの、私。見ました」




静かにそう訴えると、一斉に全員の視線がこちらに向く。それに、うぐ、と尻込みしてしまうも、なんとか続けて言葉を紡ぐ。


「小林さんがうずくまっていた時、目の前でそれを見下ろす女子生徒を見ました」


「なっ…!!なんでもっと早く言わないんだ!!どんな生徒だ!?オイ、全学年の名簿を持ってきなさい…!!女子生徒だけでいい!」


「……その必要はありません、」


慌ただしく近くの女性教師に命令する学年主任の言葉を、静かに否定したのは村田先生だった。私に向いていたみんなの視線は、今度は彼に向く。



「病院に向かう途中、小林が言いました。『話したこともない、同じ学年の女の子だった。昼休み、校舎裏で絵を描いていたら、急に背後から噛み付かれた』、と。」



話したこともない同級生……?

その衝撃の告白に、場の空気は凍りつく。それが本当だとしたら異常者だ。ほぼ初対面の人間に急に噛み付き、その肉をえぐりとる。人間のすることではない。


そう、あれはおそらく人間ではない。


そう思ったから、私も言うのを躊躇っていた。



「は、話したこともないって、そんな…」

「そ、そんな生徒がうちにいるのか…!?異常すぎる…!!」

「……私は一年生の担任を持っています。小林に言われた特徴を聞いて、ある生徒だと思い至りました」

「だっ、誰なんだ、それは……!!早く言いなさい!」


声を荒らげる学年主任に、ヒートアップする職員室内の困惑。関係のなかった先生ちも、さきほどから繰り広げられる異常な話と空気にざわついているようだった。



「……私が受け持つクラス、1年1組のーー鈴木ミサト。」




その言葉を聞いて学年主任は女教師が抱えていた一年生女子の名簿録を取り上げた。バラバラと捲っていくそこには一年生全ての女子生徒の顔写真や名前、住所などが記されていた。
おそらく、機密情報なのだろう。物珍しげに見つめていると背後から他の先生に肩を引かれた。見るなということらしい。


「……あった!この生徒か!?君が見たと言うのは…」


学年主任の、太い、シワの深い指でさされた先には、顎までのボブヘアの女の子がカメラに向かって難しい顔をしていた。学生写真をとった時のものだろう、みんなこういう写真はたいてい変な顔になる。



「……はい。この子で間違いないです」



たしかに、私が見たのはこの子だった。しかし、雰囲気があまりにも違いすぎる。黒々とした目はまだあどけなさを湛えているし、肌も唇も血色が良く、髪にも艶がある。

同一人物ということは間違いないが、まるで別人のようだった。


「村田先生。彼女は」

「……午後の授業から姿が見えていなく、なので私も彼女とすぐに合点がいきました。自宅に電話したところ、お母さんが出られて、泣きじゃくっているそうで、明日の放課後詳しく話を聞くと伝えました」


「……(泣いて…?)」


あの鋭い形相で私を見つめていたあの子が、泣いていた…?

新たな疑問を感じる私に、学年主任の大きなため息を隣に聞く。


「…わかりました。その生徒には明日詳しく話を聞くことにしましょう。君たちも、今日はもう帰っていいぞ」

「………」

「は、ハルちゃん」


疑っといて、謝罪もなしかよ!と言わんばかりの睨みをきかせるハルに、慌ててアンナがなだめる。

するとそこでスッ、と間に入ったのは意外にも村田先生で、「とりあえず職員室から出なさい」という言葉に私たちは渋々その場をあとにする。



「疑ってすまなかったな。」



職員室を出て少し歩いたところで、村田先生がそう言った。予想外の言葉にハルをはじめ、私たちはきょとんとしてしまう。


「い、いえ」

「明日以降また君たちにも呼び出しがかかるかもしれないが、悪く思わないでくれ。他の生徒たちにもきちんと事情は説明する」

「村田先生…」

「……いえ、他の生徒には言わないでください。」


私たちが少しでも他の生徒から不審な目で見られないように、との配慮だとはわかっていた。
思いがけない先生の気配りに、アンナもほっとしたような声を漏らしていた。けれど、それを遮って言った言葉に、3人ともが驚いたような視線を私に向けた。


「ナマエ…!?」

「なんで、」


ハルとアンナの困惑した声を隣に聞く。村田先生も不思議そうに私を見下ろしていた。


「君は…たしか、」

「ミョウジです」

「そうだったな。ミョウジ。どうしてそんなことを言う?」


村田先生はきちんと私の名前を言い、そして問いかけた。誠実な人だと思う。

ハルもアンナも、私の答えを静かに待っていた。



「小林さんも好奇の目に晒されたくないだろうし、鈴木さんも。他の生徒が知ればきっとこの学校に居られなくなります」

「だけどナマエ、相手は傷害罪…もしかすると殺人未遂で逮捕されてもおかしくないことしてるんだよ…?」

「……」



たしかに、そうだ。ハルの言う通りだ。

けれど、私の推測が正しければ。もし、今回の事件が彼女の意志とは関係なしに起きていたことだとすれば。

彼女のことも、守ってあげないといけない。




「他の生徒に言うのは、事件が解決してからでも遅くないと思います」




そう言うと、村田先生は少しの間を置いて、納得したように首を縦に振った。その様子を見てほっとする。



「……そうだな、ミョウジ、お前の言う通りだ。まだ、鈴木が犯人と決まった訳じゃない。小林が嘘を言っているとは思わないが、自分の生徒を信じてやるのが担任だ」



そう言った先生は私たちが今までイメージしていた、厳格で頭の固い変人数学教師、というものと全く違った。

どの教師よりも生徒思いで、毅然と優しい、とてもいい先生だったんだ。


「他の先生には私が話をしておく。君たちも今日はまっすぐ帰りなさい。気をつけてな」


そう言い残して村田先生は職員室へと帰って行った。

その後ろ姿を見送って、さあ私たちも帰ろうか、と振り向くと、なぜかハルが号泣していた。


「え"っ。なんで泣いてんの、キモッ!」

「ハルちゃん鼻水出てるよ〜…」


「だっでっ!!村田があんなにいいぜんぜえだっだなんで!!わだじ、誤解じでで悪がっだど思っで〜〜」


鼻水垂らしながら号泣する幼なじみに軽く引きつつ、アンナと顔を見合わせて笑った。
ちゃらんぽらんで気が強くてケンカっ早いけど、いい奴なんだよな〜。もちろん、アンナもだけど。


「はいはい。化粧ドロドロだから」

「ハルちゃん、村田先生に惚れちゃったんじゃない?」

「ぞうがも〜〜!!これがら数学ぢゃんどうげる〜〜!!!」

「えっ」

「まじかよ。ないわ〜」


まさかの村田先生に惚れちゃった?らしいハルをアンナと引っ張ってなんとか下校する。グラウンドで部活してたサッカー部とかにめちゃくちゃ変な目で見られたけど、しょうがない。

正門の前でようやく涙も鼻水も止まったらしいハルをアンナに託し、2人と分かれる。


「ナマエ、ほんとにこれからバイト行くの?もう5時回ってるよ?」

「村田にまっすぐ帰れって言われたのにー」

「ハルはどんだけ村田信者になったの。でも、約束だし、ちょっと用事もできたから行ってくるね」

「そっか。気をつけてね」

「また明日学校でね〜〜」


すっかり日も暮れて快晴だった空がオレンジ色に染まっている。少し離れたところで手を振る2人の影が長く伸びている。私も手を振り返して、そして前を向いた。

向かうは霊とか相談所。霊幻先生とモブくんに、今日のことを話すために。



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