例えば幼稚園でのおやつ争奪戦。大抵私は余り物だった。いいよ、余り物には福があるって言うし。覚えたてのそんな言葉を思い浮かべて、特別悔しいとも他のものが欲しかったとも思わなかった。それが自分の性格を物語る一番古い記憶。


「……今日から、マネージャーやらせてもらいます。ミョウジナマエです。よろしくお願いします」


軽く下げた頭に、返ってきた返事は大きく、そして私以上に深く頭を下げるものだから気圧された。頭を上げた彼らは当然私よりも頭ひとつ分……人によってはふたつ分ほど大きく、加えてそんな意図はないのだろうがーー品定めするような視線に、どこを見ればいいのかわからなくて俯いた。


「ミョウジはバレー初心者やから、分からんこともあるやろうけどサポートしたってくれ」

「「「イッス!!!!」」」


「当面の面倒は北と銀島に任せる」


「「ハイ!!!」」


「ほな、今日もよろしく」


「「「オナシャーーース!!!!」」」



慣れない体育会系の雰囲気に圧倒される内に、監督の号令がかかった。散り散りに動き出す彼らの中から先ほど名前を呼ばれた銀、そして北さんらしき人を探す。きょろりと辺りを見回していると、一人、その場から動かない影を見つけた。視線を向けるとそこにはにっこりとした笑顔を浮かべた鈍い金髪の男が立っていて、噂に疎い私でも知っている、二組の宮侑くんだ。高校バレー最強ツインズと謳われる双子の片割れ。うちのバレー部の根幹を支える緻密で華やかなセッティングをするその人。



「俺宮侑。よろしゅうどーぞ。」



大きな体が近づいてきて、すっと手を差し出す。顔は笑っているのに緊張してしまうのは噂に聞く破天荒ぶりからか、単なる自分の人見知りによるものか。ひとまずよろしく、と返事をして差し出された手を握ると、当然だけど自分のものより一回りは大きいそれに少しどきりとした。

握り返された手にぎこちない笑みを浮かべて彼を見ると、宮侑くんは変わらぬ笑顔のままドストレートな言葉を叩きつけてきた。


「バレー初心者とか知らんけど。足引っ張るんやったらさっさと辞めてな」


にっこり、と向けられた笑みと言葉のギャップで情報処理が追いつかない。私は「あ……はあ……」と返すことが精一杯で、しかしその返事が余計に彼の不機嫌を煽ってしまったようで「あ?」と返される。


「ひっ!?す、すんません!!あの、精一杯やるんで、命だけは!!!」


「何言うてん自分。精一杯とかがんばりますとか口だけの言葉とか要らんねん」


「ええ……あの………じゃあちゃんとやるんで、黙って見とけ……?」


「何急にエラソーに言うとんねんしばくぞ!!!」


「ひいっ!?!?!?す、すみませんすみません!!!」


どう言い換えて良いかわからず口にした言葉は思いの外失礼な感じになった。吠える宮侑くんに怯えながら距離を取ったところ、いつの間にか背後に立っていた人物に肩がぶつかった。すみません、と言いながら見上げるとそこにはきりりと顎先が上を向いた、どこか潔白さを感じさせる男が立っていた。男は宮侑よりも背は低く、体格もコンパクトに見えるが並々ならぬ威圧感を持っていた。どうしよう、圧と圧に挟まれて初日からしにそう。


「なんや、侑、初日からえらい熱心やんけ」

「………ス、」

「監督は俺らにサポートしたり、言うたよなあ?俺らが頼んでせっかく来てくれてんから先ずは“ありがとうございます”ちゃうの?」


「……さ、サーセンしたッッッアザッス!!!!」


「ただでさえお前らデカいし威圧感あんねんから、あんまビビらすこと言いなや」

「………(威圧感……)」

「………(北さんには負けるわ………)」


「ん?」


「イエッ!!!なんもないっす!!!



がばっ!!と大きく頭を下げた宮侑くんはそのままウォーミングアップのためみんなの元へ走っていった。そんな背中を見送って一息ついた隣の男の視線はするりとこちらへ向く。目が合うとまるで心の内まで見透かされているような鋭さを感じる。何も悪いことはしてないのに、警察を見るとドキドキするみたいな。そんな私を見ても表情は変えず、男は淡々と口を開いた。


「……すまんな。バレーに必死な奴やねん。許したって」

「は、はい!!イイエッ!!!」

「?どっちなん」

「す、すんませんちょっとテンパりました。大丈夫です、気にしてないので……」

「そおか」


焦る私にぴくりとも笑わない能面の男はなおも淡々と続ける。彼の肩越しには未だ監督と会話を続けている銀島の姿が目に入る。お願い銀、早くこっち来て……!!とこの場の酸素の薄さにエスオーエスサインを送るも銀は気付く気配もない。


「言うん遅なってもうたけど、三年の北信介です。主将やらせてもろてます」

「あ、やっぱり主将さんですか……(圧が………)。改めて、ミョウジです。よろしくお願いします」


「よろしく。ミョウジさんは、銀の紹介で入部してくれたんやんな。幼なじみやったか」


「はい。できれば興味本位やない、部員の身内に頼みたい、言われて……。なんも部活入ってなかったですし」


「そおか。おおきに。ほんで、なんでオーケーしてくれたん?」


「えっ」


圧の強いこの男の正体は予想通り主将さんだった。さすが、ぱっと見ただけでも曲者揃いだろうとわかる稲荷崎バレー部を束ねる主将。オーラが違う。
そんな主将になぜマネージャーの仕事を引き受けたのか、と問われて少し驚く。だって、なぜも何も頼まれたから、それ以外ない。
小学校からの幼なじみの銀島は、体育会系らしい熱意と真っ直ぐさがあるけれど、けしてそれを他人に強要しない大らかさが好きだった。一見正反対に見える私たちだけど、そんな素直でのんびりとした性格の銀と私のポンコツ具合は案外相性が良く、今日までいい幼なじみとして付き合ってこられた。

そんな銀に必死にお願いされれば、断れる筈もない。


「……頼まれた、からですね……。私で力になれるんであれば、と思って……」


「そおか」


正直にそう答えたけれど、口調が躊躇っているのは心のどこかで自信がないから。バレーが好きなので、マネージャーの仕事に興味があったので、そう胸を張って答えることが理想的だと思えた。この目の前の主将もそれを望んでいる気がした。
返事は素っ気なくも思えて、けれど先ほどまでと変わらないようにも思える。何か言われるだろうか、と身構えていた私だったが、主将は「ほな、ざっと説明するな」と話を進めた。それにほっとしたような、何か言って欲しかったような。複雑な気持ちを抱える私に主将はやっぱりそれだけで終わらせることなく。


「監督が決めたことやから俺らもできる限りサポートするけど、中途半端な優しさで仕事するんは一生懸命にやってる奴らに失礼や思うから」


「…………」


「がんばってな」


「…………は、はい」



お母さん、今ので私寿命十年くらい縮んだ気がします。この人は態度だけでなく、言葉にも一分の隙も与えない完ぺき人間なのでしょうか。一瞬でメンタルボコボコにされた私はまだ稲荷崎男子バレーボール部マネージャー、というスタートラインにも立っていないのだ。
安請け合いしてしまったかも、という少しの後悔を抱くこと自体主将の言葉通りだ。今まで17年間、競争だとかプライドとか、悔しい、勝ちたい、そんな気持ちとは無縁で生きてきた人生。それを特に変えたいとも思わなかった自分。人生の転機って、後から考えるとほんの些細で突然訪れるものなんだと知る、梅雨真っ只中の高校二年生、六月のこと。


15072021



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