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ルドガーとエルが仲間との待ち合わせ場所にやってくると、ジュードとミラとローエンが既に到着していた。
聞けば、他のメンバーはそれぞれ仕事があったり、少しでもルドガーの助けになるようにクエストを受けてくれたりしているらしい。
それを聞いたルドガーは、今朝の出来事でささくれた心が少し和らいだ気がした。
Chapter12 "俺"とエル
連れ立ってクランスピア社の前まで行くと、なんとエントランスの外にビズリー自らが待ち受けていたのだった。
さらにその両脇には、道を作るように何人もの分史対策エージェント達が並んでいた。
そして、ビズリーの前には一人のエージェントが対峙している。
2人は何か話していたが、一行が辿り着いた気配を感じたのか会話を終えてしまったようだった。
「あれって……」
「セレナ!」
ジュードがそのエージェントの後ろ姿を見て呟くと、エルがその背中に駆け寄った。
彼女はゆっくりと振り向いて、まずエルを見てからその後ろのメンバーを確認し柔らかく微笑んだ。
セレナのエージェント服姿を見たのは、誰もが初めてだ。
「ルドガーとマクスウェルだけを呼び出したつもりなのだが?」
その様子を気にも止めず、全員の顔を見回してビズリーが言う。
それに言い返したのはジュードだった。
「クランスピア社は信用できませんから」
ビズリーはその言葉にも特に気を悪くした様でもなく、ただ棘のある言い方でジュードのことを、源霊匣と言う半端な理想を語るだけの人間だと思っていたと返した。
それを見たローエンも皮肉気に返し、またビズリーが恭しく言い返すと言うあまり雰囲気の良くない会話が続いていく。
そこに響いたのはミラの凛とした声だった。
「お前がビズリーか。確かに一筋縄ではいかぬ男のようだな」
ビズリーは面白そうに目を細める。
「ほう……そう言うお前が本物のマクスウェルか」
「エルのミラだって本物……!」
エルが割って入ろうとする。
しかし歩み寄ってきたセレナがその手を握って落ち着かせ、ミラは2人の前に一歩出た。
「ミラ=マクスウェルだ」
「さすが精霊の主。気位が高い」
「時空の狭間は安定したようだな」
ビズリーの言葉には特に反応を示さず、ミラは淡々としている。
セレナは、この養父の発する威圧に全く押されることのないミラの背中を見つめていた。
そのセレナの後ろ姿を、ルドガーが無表情で見つめている。
ジュードはそんなルドガーの横顔を盗み見たが、セレナがなぜルドガーと一緒に来なかったのかも、ルドガーがなぜこんな顔でセレナを見ているのかもどちらの答えも得られそうに無かった。
やがてビズリーに促されたヴェルが次の任務について説明しはじめた。
どうやら今回はかなり深度の分史世界らしい。
ただ、最後の道標が何かは分かっていないと言う。
しかしセレナは知っていた。
(……最強の骸殻能力者)
これを調べる為に朝から分史対策室に乗り込み、過去のデータなどを洗いざらいさらってきたのだった。
セレナは分史対策室の所属ではない。
しかしこういうときは社長の娘という肩書きを笠に着て、リドウの不在を確認して顔を出せば、他のエージェント達は何も言えないのだった。
本当にデータには何も残っていなかったが、たった一人、生前の父と懇意だった古株のエージェントがこっそりと教えてくれたのだった。
もしかするとビズリーはそのことに気付いていたかもしれない。
しかし彼は特に何も言わず、道標は時歪の因子を探せば見つかるとしか言わなかった。
「ルドガーに期待しているのだな」
わざわざエージェント達に見送りをさせると言うビズリーに向け、ミラが問う。
ビズリーは笑いながらそれに答えた。
「当然だろう。クルスニクの鍵は最後の希望だ……オリジンの審判を超える為のな」
「期待されてるって」
エルがルドガーに振り返る。ルドガーは硬い表情のままだったが。
それを見てなのかは分からないが、ビズリーは一瞬だけセレナを見てからルドガーに目線を移す。
「娘が朝帰りするほど入れ込んでいるようだしな」
「……チッ」
その言葉にルドガーはさらに表情を苦くし舌打ちした。
セレナは養父に非難の目線を送るが気づかないフリをされている。
ジュードとローエンとミラは事情が分からず2人を交互に見ただけだったが、エルも含めた3人の雰囲気から、何かあったのだろうと察した。
「早く行こう」
そんな一同に声を掛けたのは他でもないセレナだった。
彼女は微笑みながら、自分はいつも通りだと言わんばかりに振舞っている。
それからいたずらっぽく笑うと、険しい表情のままのルドガーに歩み寄った。
「さあ、エージェント・ルドガー。ツーマンセルではないけど、“同じエージェントの仲間として”私もあなたの側で戦うから」
それは、ビズリーにも聞こえるくらいの声量で発せられた誓い。
ビズリーはただ目を瞑って口の端を上げた。
ルドガーは硬い表情のままだったが、やがてセレナの言葉に促され、目を閉じて座標を意識した。
次にルドガーが目を開けた時、そこはリーゼ・マクシアのカラハ・シャールだった。
一行が辺りの様子を伺いながら歩いていると、突然ローエンに食ってかかってきた男がいた。
男によれば、どうやらこの世界のローエンは8年も前に殺されてしまったらしい。
しかも、正史世界では水が枯れてしまっているウプサーラ湖にその遺体が浮かんでいたと言うのだ。
「ウプサーラ……ミズウミ……」
男の話を聞きながら、エルがその単語を復唱する。
セレナはそれが気になって、エルにそっと話しかけた。
「エル、聞き覚えがあるの?」
「ううん……エルの家の前にミズウミがあったと思うって前に言ったときがあって……でもミズウミなんてもう水が枯れたところしかないって聞いて、ミラが勘違いじゃないのかって言ってて……」
エルはまとまらない話をぽつりぽつりと話す。
セレナはその話と今までの事を頭の中で繋ぎ合わせながらも、思い浮かんだ一つの可能性にそれは無いと一人首を横に振った。
そうしている間に、一行は領主の邸宅の前にやってきていた。
正史世界ではルドガーやエルやローエン達が、ここにタイムカプセルを埋めたらしい。
領主は親しかったローエンの死のせいか屋敷に篭り切りらしく、屋敷の周りも人はまばらである。
庭の隅でタイムカプセルを掘り返そうとしている一行に気付く人間はいなかった。
「確かに私達が埋めたタイムカプセルのようですね……」
ルドガーとローエンの分だけを掘り返し、ローエンが中身を確認して告げた。
どうやらこの世界は正史世界と途中まで同じ時間軸だった、セレナ達の未来の世界らしい。
ローエンという一国の宰相の死が枝分かれの原因なのか、それはまだ分からなかったが。
そこでセレナが口を開いた。
「時歪の因子は多分、クラン社の関係者だよ」
「何だと……?」
ミラが腰に手を当てる。
その格好が自分の親しかったミラとそっくりで、セレナは懐かしさから少しだけ微笑んだ。
「最後の道標は、“最強の骸殻能力者”」
「最後の……骸殻能力者……?」
「なんで知ってるの?」
ローエンが復唱すれば、ジュードが問いかける。
「今朝、何か知ってそうな人を当たって見たの。分史対策室には何の情報も綺麗さっぱり、不思議なくらい無かったけど」
セレナはあの、あまりに不自然な情報の無さを思い出して苦笑した。
だがなぜそうなっているのか見当もつかなかったし、養父は恐らく知っているはずなのにどうして教えてくれなかったのかも分からないままだ。
先程ルドガー達が来る前にそれとなく問うてみたが、はぐらかされただけたった。
「私の両親が分史対策エージェントだったのは話したよね?お父さんが生前仲良くしてた人に話が聞けたの。そしたら……」
――彼は言っていた。
「過去に一度だけ、私のお父さんとその時の“鍵”が他の分史世界から持ち帰ったことがある道標が、“最強の骸殻能力者”」
その言葉に全員が息を飲む。
「“鍵”だった人は直後にクロノスと戦って亡くなってしまったんだって」
――その“鍵”が、ビズリーの亡くなった妻であることも。
セレナの父親はこの話を、いつか後世のエージェントに話して欲しいと語っていたそうだ。
自分は早く死んでしまうかもしれないから……と。
それがこの厳しい仕事のせいなのかセレナには分からなかったが、父の願いは娘によって叶えられたことになる。
『君が聞きにきて、運命ってあるんだなと思ったよ』
かつての父の友人はひと気の無い廊下のベンチに座って、懐かしそうに目を閉じながらそう言っていた。
彼はクオーター止まりで骸殻能力の低いエージェントではあったが、その言葉には沢山の同僚を見送ってきた重みがあった。
「じゃあ、クラン社に行ってみる?」
ジュードが提案する。
しかしそれを否定したのはルドガーだった。彼はGHSの画面に目を落としている。
「いや、トリグラフは偏差が低過ぎる……まあこの世界自体かなり偏差が無いんだけどさ」
「そうなんですか……骸殻能力者と言ったらエージェントの方でしょうから、任務で外に出ている可能性もありますね」
「じゃあ、他に気になるところって言えば……」
「ウプサーラ湖……だな」
ローエンとジュードが話していると、ミラが全員の気持ちを代表するようにルドガーに向けた。
ヴェルから送られてきたデータによると、どうやらディール地方の偏差が怪しいと言う。
話がまとまった一行はまずはエレンピオスに渡る為、マクスバードを目指すことにした。
道中の売店などで、少しずつこの世界についての話が聞けた。
どうやら今もリーゼ・マクシアはガイアス王によって善政をしかれているとのことだった。
しかし妙な話も聞くことができた。
ガイアス王はもう自力で立つこともならない身体で、城に籠って内政ばかりに力を入れている……と。
ただエレンピオス側も相変わらず穏健派が政権を握っており、そのおかげで両国の関係は友好的なものになっているらしかった。
「あのガイアス王が……」
シャウルーザ越溝橋のアーケードにて話を聞かせてくれた商人に礼を言ってその場から離れると、セレナは腕組みした。
すると先を歩いていたルドガーの元に、一匹の見たこともない生物が近寄ってくる。
ルドガーがその可愛らしい生物を撫でると、なんとそれは治癒術をかけてくれたのだ。
「これって、源霊匣!?」
それを見たジュードが驚きの声を上げた。
するとアーケードの奥から一人の女性が向かってきた。
「こんなところにいたのね」
彼女は源霊匣の前までやってきて、安堵したように表情を和らげた。
ジュードが女性に問えば、それは正真正銘の源霊匣らしい。
しかも制御出来なくなることもないという。
彼女曰く、この世界のジュードがこれを完成させたらしかった。
しかしもう一つあまり嬉しくない話も教えてくれた。
「マティス博士、例の大量殺人事件の被害者の一人だったらしいわよ」
「僕も殺されてる……」
ジュードは仲間達にだけ聞こえるように呟いた。
「源霊匣について、どこに行けば詳しく分かりますか?」
ジュードがさらに問えば、女性は少しだけ考え込んだ後答えた。
「やっぱりクラン社じゃないかしら?あ、でも製造と販売を独占してるっていうから、教えてもらえないと思うけど」
「クラン社が?」
セレナはその言葉に驚く。
その声に女性はセレナを見ると、慌てた様なそぶりを見せた。
「って、クラン社の方じゃないですか。ごめんなさい、別に悪く言ったわけじゃなくて……」
「いえ、気になさらないで下さい。本当のことですから」
セレナは彼女に向け穏やかに笑いかけて見せる。
そうすると女性は一礼して、源霊匣を抱き上げてその場を立ち去った。
「クラン社が源霊匣を製造……?」
セレナは険しい表情で腕を組む。
ジュードも腑に落ちない雰囲気だ。
「僕らだってバランさんを通してクラン社にスポンサー契約を何度か打診したことがあったけど、上層部の許可が降りなかったって断られてるのに……」
「ごめんね……」
ジュードの言葉を聞いたセレナが申し訳無さそうに俯いた。
それを見たジュードが慌てる。
「いやいや、セレナのせいじゃないからね!きっとこの世界の僕は結果を出すことができて、それでクラン社を納得させてスポンサー契約を獲得したんだと思う」
「しかし言われてみれば、クランスピア社は革新的な技術を先読みしてどんどん取り入れて行く会社と聞いたことがあります。
それなのに源霊匣の研究に興味を示さないのは、いささか疑問ですね」
「ビズリーさんに、中途半端な理想っていわれたでしょ?
そう思われている内は多分納得してもらえないんだと思ったよ」
ローエンの言葉にジュードがそう返す。それからジュードはセレナを見た。
「自己紹介したとき、僕の論文を読んでくれたって言ってたでしょ?クラン社にも僕の研究に興味を持ってくれてる人がいたんだって分かって、すごく嬉しかった」
「私は学生の頃から黒匣の研究をしてきたの。でも卒業する年になって断界殻の解放があって、黒匣はこの世界を滅ぼしてしまうものだと知った」
ジュードだけでなく全員の視線を受けながら、セレナはゆっくりと語る。
「愕然としたよ。自分はそんなものをそうと知らずに作り出そうとしていたんだもん。それで、ジュードが発表した源霊匣の論文に興味を持ったの。こんな発想があるなんて、って衝撃を受けたよ」
「……あ、ありがとう」
ジュードは少し照れた様に笑って見せた。
そんな話をしている内に、一行はマクスバード駅に到着した。
ディール行きの切符を購入し、列車に乗り込む。
列車の中でも話題はクラン社のことと源霊匣についてだった。
「もしかしたら、この世界のセレナさんがお父様に進言してくださったのかもしれませんよ」
ローエンは先程のセレナとジュードのやり取りから、そんな予想を立てていた。
しかしこれはセレナ本人が否定した。
「お父様が仕事の話で私の意見を取り入れるなんて考えられないな。クラン社に入るのだって反対されてたくらいだし」
「そうなのか?人間は、自分の子に仕事を継がせることが多いと本で読んだのだが」
「私じゃあ頼りないんじゃないかな。それに子供と言っても養子だしね」
ミラの問いに、セレナは寂しそうに呟いた。
「噂で聞いたことがあるんだけど、お父様には本当の子供がいて、昔仲違いして家を出ちゃったんだって。
もしかしたらその人に後を継がせたいのかも、って考えたことならある。確認したことはないけど……」
セレナはいつも、社内で自分がどう評価されているかを内心恐れていた。
社長の情けで養女に迎えられた一社員の娘。
本当の子供がいるはずだから、いつかはその子供にクラン社を継がせ、セレナと結婚させることで逃げられない様にするのではないかなどという噂もあった。
それでも亡くなった両親への憧れや養父への尊敬の念や少しでもその役に立ちたいという気持ちから、クラン社の入社試験を受け問題なくパスしたのだが。
なので、なんとか実力を認められたいと仕事に打ち込んできたのだった。
「詮無き事でしたね」
沈みこむセレナに向けてローエンが微笑んでみせた。
これ以上そのことを考えても仕方が無い、そう言うことだろう。
その間もずっとルドガーは窓の外を眺めているだけで、会話に入ろうとはしなかった。
その隣でエルがルドガーの横顔を盗み見ては声をかけようとしてやめるのを繰り返していた。
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遂にやってきましたChapter12。
“彼”との対峙まではまだ少しかかります。
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