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Chapter6 クランスピア社


「これで君も我が社のエージェントだ。
期待しているぞ、ルドガー」

エレンピオスの一大企業、クランスピア社。

そのクランスピア社の社長ビズリー・カルシ・バクー。
彼はたった今新人エージェントに任命したルドガー・ウィル・クルスニクと握手を交わし、威厳のある声でそう言った。

「君に"力"の使い方を教えてやろう。
地下に訓練所があるからそこへ来るといい」

"力"とは、ルドガーの持つ骸殻能力のこと。

ルドガーはその骸殻能力ゆえ、クランスピア社のエージェントに抜擢されたのだ。

「……と、その前に一つ。ヴェル君」

ビズリーはまだ何か言い残していたようで、秘書であるヴェルに目配せをする。
ヴェルは既にドアの前で待機しており、ビズリーの合図に短く返事をしドアを開けた。

「お待たせ致しました。お入り下さい」

ヴェルに伴われて社長室に入って来たのは、まだ新しいものと分かる制服に身を包んだ、ルドガーより少し年下くらいに見える女性だった。

「ルドガー、君の初任務に同行させる新人エージェントだ。
骸殻能力は無いが一族の人間だ。役には立つだろう」

入って来た女性はルドガーと同じ新人のエージェントだと言う。
彼女は少し不安そうに、眉を下げた。

「はじめまして、エージェント・ルドガー。セレナ・ロザ・バクーと申します。
社長、この度は本当にありがとうございます」

そう言うと、セレナと名乗った女性はルドガーにお辞儀をした後ビズリーに向き直り、また深々と頭を下げる。

「得られるものが無ければ2度目は無いと思いなさい。
良い報告を待っている」

ビズリーはまだ頭を下げたままのセレナにそう言うと、地下訓練所にて待つと言い残して出て行った。

セレナはビズリーが出て行った後も、しばらくドアの向こう側を見ているようだった。
しかしルドガー達の視線に気付くと、はっと姿勢を正してその場にいたメンバーに向き直り苦笑する。

「お恥ずかしいところをお見せしてすみません」

するとまずジュードが疑問を口にした。

「バクーって、ビズリーさんと同じ苗字ですよね?」

アルヴィンとレイアも一度顔を見合わせてから各々に思ったことを続ける。

「聞いたことあるぞ。セレナって、もしかして……」
「確か、ビズリー社長の……」

「はい。私はビズリー・カルシ・バクーの娘です」

セレナは立て続けに質問を投げかけられ、少し困ったような顔をした。

「ですが、血は繋がっていなくて。養子なんです、私」

「どうしてルドガーに同行を?」

続け様にジュードが問うと、セレナは小さく頷いた。

「開発中の装置のテストがしたいんです。
分史世界に持っていかないとそのテストが出来ないので……」
「セレナ様は兵装開発部門所属でいらっしゃいます。
ご自身で試験をパスされて、エージェントになられました」

セレナの横にいたヴェルが続けた。
おそらく助け舟を出したかったのであろう。
社長の娘という立場のおかげではなく、実力でエージェントになったのだと言いたいらしい。

「シャチョーレージョーだけど、すごーい強いってこと?」

その言葉を受けてエルが小首を傾げた。そんな言葉をどこで覚えたのだろうか。
ルドガーがエルに視線を送り頷く。

「ありがとう、ヴェルさん。
皆さん、私は一応戦闘エージェントでもあるので足手まといにはならないつもりです。
どうかよろしくお願いします」

そう言って再度お辞儀をしたセレナ。
社長の娘と聞いてからの一同の視線が気になるようで、居心地が悪いのかずっと困ったように眉を下げたまま微笑んでいる。

ルドガーはそれに気付き、しばらくセレナのその姿を見てからすっと右手を差し出した。

「一緒に戦ってくれるんだろ?なら心強いよ。よろしく」

セレナは驚いたように目を見開いてから、ルドガーの顔と差し出した手を交互に見た。
それから周りを見渡すと、他のメンバーも皆ルドガーが良いならと言った感じで各々笑顔で頷いた。
エルは気合の入った表情でガッツポーズをしている。

それを見たセレナは初めて嬉しそうににっこりと笑い、自分の右手を差し出した。


その後セレナを含めた一同は、ヴェルから地下訓練所に向かうよう促された。

社長室を出てエレベーターに乗り込む直前、セレナがひょこりとルドガーの後ろから顔を出す。

「先程はありがとうございました、ルドガーさん」
「ルドガーでいいよ、敬語もいらないし。新人同士だからな」
「……分かった。改めてよろしくね、ルドガー!」

照れたようにはにかむセレナにルドガーはニカッと笑い返した。

「しっかし噂の社長令嬢がエージェントだったとは驚きだぜ」

エレベーターに乗り込みながら、アルヴィンが後ろから声をかけた。
レイアも相槌を打つ。

「うんうん。
ビズリー社長には一人娘がいるけど、大事にされてて表舞台には出てこない……ってのがもっぱらの噂だったからね」
「そんな噂が?
少し前まで学生でしたし、父は私にクラン社を継がせるつもりも無いみたいなので公の場に出ることは多くなかったですけれど」
「セレナ、ガッコー卒業したばっかりなの?じゃあルドガーと同じ年くらい?」

エルの問いかけに、セレナはルドガーを見てからエルに視線を移した。

「私、飛び級してて。今19歳」
「へぇー、あったま良いんだねー!」
「トビキューってなに?」

レイアが驚くのと同時に、エルは眉間に皺を寄せて腕組みした。

「成績が飛び抜けて優秀な人が、決まっている年数より早く卒業することだよ」

ジュードがエルにそう説明すると、エルはぽんと手を叩いた。

「じゃあセレナはシャチョーレージョーなのにすっごく強くて、頭もいいってこと?
ルドガーよりチョーすごいね!!」

幼い少女の言葉は時に鋭く刺さる。

セレナはぱちぱちと瞬きし、ジュードたちは苦笑いし、ルドガーは項垂れた。


そうしているうちに一同は地下訓練所に到着した。

「地下がこんな風になっていたなんて……」
「景気が良さそうで、羨ましいよ」

レイアとアルヴィンが辺りを見渡しながら話している。

すると数部屋進んだ先でビズリーが待っていた。

「来たか。時間が惜しい、早速だが実践で覚えてもらうぞ」

そう言うと早々に、ビズリーの合図で魔物が数匹現れる。

ジュード達が構えようとするとビズリーがそれを制し、ルドガーに前に出るよう促した。

「手出しは無用。さあルドガー、骸殻化を」

ルドガーはくっと奥歯を噛み締め、辺りを睨みつけた。
しかし魔物がいつ襲ってくるかも分からないため、ポケットにしまってある時計に手を触れる。

その瞬間、ルドガーの姿は異形の者へ変わった。

そしてその手には槍が現れ、ルドガーはそれを握りしめて魔物へと向かって行った。

「今だ、槍を横に振れ!」

ビズリーがルドガーに指示を出して行く。

するとルドガーは光の柱を出現させ、魔物はそれに貫かれて消えて行った。

「これが、骸殻……」

その姿を見ていたセレナが小さく呟いた。

すると、それが耳に届いたビズリーがセレナを一瞥して言う。

「そうだ。これこそが我が一族にかけられた呪い、骸殻能力だ。
しかと目に焼き付けておきなさい」

セレナは未だに数匹の魔物相手に槍を振るうルドガーから目が離せず、ただ頷くことしかできなかった。


しばらくして全ての魔物が消え去ると、ルドガーの骸殻化は解けた。


「使い方によっては人間に残された最後の武器にもなる。それを覚えておくように」


息を整えているルドガーにビズリーはそう告げ、去って行った。

一同もその後に続き、地下訓練所を後にする。

「ルドガー、大丈夫だった?」

地上階に向かうエレベーターでセレナはルドガーの顔色を心配そうに伺った。

「ああ、なんとか……」

しかしルドガーはその言葉とは裏腹に、ノヴァから借金取り立ての電話が来たこともあってげんなりとしていた。

「ごめんなさい……お父様、強硬な人だから」

セレナはポケットからハンカチを出し、ルドガーの額に光る汗を拭いてやる。

「そう言えば、他のエージェントも最初はみんな似た感じでね。
新人には木刀が渡されて、みんなそれがボコボコになるまで先輩達と鍛錬するの。
分史対策エージェントは社長直々の鍛錬なんだね」

「クラン社って、すっごく体育会系なんだね……」
「なんか想像してたのと違うんだな……」

セレナが苦笑いしながら続けると、ジュードとアルヴィンも苦い顔をした。

「とにかく、またお金返さないとだね」

エルは一同に続き、ルルを抱き上げながらエレベーターを降りる。

「そう言えば、借金背負わされちゃったんだってね……?」
「ああ……」

セレナの言葉に、ルドガーは今日何度目かわからない溜息をついた。

セレナはあらかじめ有る程度ルドガー達についての情報をヴェルから貰っていた。
詳しい事情は知らないが、本人の責ではない何か訳があってルドガーが高額債務者になってしまったらしいということは事実らしい。
リドウが絡んでいるらしいという以上は、教えてもらえなかったが。

セレナは少し考え込み、GHSを取り出した。

「連れて行ってもらうお礼と言ったら何だけど、少しだけお手伝いさせて?」

そしてGHSを操作すると、ルドガーの番号を教えるように促す。

その後しばらくしてルドガーのGHSがメールの着信を知らせた。
メールの内容を確認したルドガーは、驚きを隠せずにセレナの顔を見る。

「少しだけでごめんね……私も、新人だからまだ働きはじめたばっかりで」
「いや!こんな、悪いって!」

他の一同が何があったのかと問えば、セレナがルドガーの口座にお金を振り込んだらしい。

すぐにノヴァから電話がかかってきて、口座に突然大金が振り込まれたが何事かと問われたのであった。
聞けば、移動制限解除が3箇所分ほどまかなえるくらいの金額だと言う。

ルドガーが電話をしながらセレナを見ると、声には出さず「どうぞ」と口だけ動かして伝えてきた。

ノヴァからの電話を適当に切ると、ルドガーは返済金を振り込む手続きを行った。
アルヴィンがセレナに問いかける。

「おいおい、さすがに良かったのか?」
「連れて行ってもらうのに、何も無しでは対等じゃないですから。
もともとお礼はするつもりだったので。
それに私、使うところも特に無いですし」
「さすがシャチョーレージョーは言うことが違うね!」

エルがぱちぱちと両手を叩きながら言うと、セレナはにこりと笑ったのであった。

「後はヴェルさんからの連絡待ちですね。それでは皆さん、また」

そう言ってセレナはクラン社の出口で一同に手を振って見送り、自分はまだ仕事があるからと言って社内に戻って行った。

「イイヒトそうで良かったね、ルドガー」
「養子とは言えあの社長の娘とは思えない子だったな」
「開発中の装置って何だったんだろう。今度会ったら聞いてみよう」
「ジュードはほんと、そう言う話題好きだねー」

エル、アルヴィン、ジュード、レイアがそれぞれ感想を述べながら歩く。

ルドガーは一度だけクランスピア社の本社ビルを振り返る。

見慣れた景色であったそびえ立つそれを見遣り、先程の嬉しそうに笑うセレナの笑顔を思い出していた。



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初めの内はまだ説明ばかりですね。



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