Prologue  [ 2/72 ]




「これで完成、かな」

カタカタとキーボードを叩き、最後にエンターキーを押す。

モニターに表示された"完了"の文字に、ほっと胸をなでおろした。

パソコンとケーブルで繋がれているのは、手のひらに乗るサイズの小さな黒匣。

(これで少しでも、私に居場所をくれたあの人に恩返しができる)

それを大事そうに一撫でしてケーブルから外すと、セレナ・ロザ・バクーは立ち上がった。


Prologue 私の選択


「お父様……いえ、社長」

今セレナの目の前にいるのは大柄な男。

一見して高級なものと分かる赤と黒を基調としたダブルのスーツとコートに身を包んでいるその人。
彼こそ、セレナの養父でエレンピオス一の大企業クランスピア社の社長、ビズリー・カルシ・バクーである。

「"タルボシュの月"の調整が終わりました。ついてはテスト運用を行いたいのですが……」

セレナは目の前の養父から発せられる威圧感に言葉尻が小さくなりそうになるのを必死に堪え、手に持った小さな黒匣を差し出す。

「それがどういうことか分かって言っているのだろうな?」

ビズリーは顔色ひとつ変えずにセレナの差し出したそれをつまみ上げた。

「……はい」

「お前が"一族の定め"に積極的に関わる必要は無いのだぞ?」

ビズリーはつまみ上げた黒匣を照明に透かして見ている。
丸い形をした半透明のそれは、ただ白い照明の光を通すだけで変化は無い。

「それでも、これが少しでも役に立てるならと思うのです」

言いながら、セレナは両手にぐっと力を込めた。

養父は一瞬だけセレナに視線をやると、手にした黒匣を彼女に返した。

「……そうか。ならば、証明して見せろ」

そう言ってから一呼吸置き、ビズリーは娘の目を見る。
射抜くような蒼い瞳に負けじと、セレナは手をきつく握って養父を見つめ返した。

「お前には"時の運"があるようだな。ちょうど"鍵"が手に入ったところだ。
……能力者以外をあそこへ連れて行くのは鍵の能力がないと不可能だからな」
「私が、直接侵入できるのですか!?」

セレナが興奮気味に返す。

それは予想外どころか、夢のまた夢だったことだから。

ビズリーはセレナの様子を気に止めず続ける。

「ヴェル君から連絡が行くようにする。そうしたらここに来なさい」

それだけ告げるとビズリーは、これ以上話すことは無いと言う雰囲気で自分のデスクにつき、読みかけだった資料に目を通しはじめた。

「ありがとうございます!」

そうしてセレナは深く頭を下げてから傍らにいたビズリーの秘書であるヴェルにも一礼し、社長室を出て行った。

「……よろしかったのですか」

セレナが出て行った部屋で、ヴェルが小さく問いかける。

「エージェントになったのもあんなものを作っているのも、全てアレが自分で選んだ道だ。
役に立たなければやめさせるだけだ」

ビズリーは相変わらず顔色ひとつ変えず、そう返す。

「……このタイミングも、何かの縁だろう」

彼女の"選択"が、世界の命運に少しでも波紋を残すことになるのであろうか。


その結末は、誰も知らない。



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"タルボシュ"とは、ハンガリー語で「クルスニク」のことです。



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